第13話 元人形の嫁入り
「姫様、国境が見えて参りました 」
馬車の脇を歩く騎士がそう声をあげた。
幾度となく、先のことを報告する役目らしく、町が見えた、〇〇が近いと、逐一報告してくれていた。
ル・アドゥフーリカ皇国とカラフセィカ軍国の国境には川が流れていた。
穏やかな流れをたたえている。
周囲の畑に水が行き渡り、豊かな土壌は実り多き恵みをもたらした。
両国共、この一帯で事を構えるのは控えている。
双方共、この地を荒らした後の痛みを恐ているからだ。
ある意味、弱みを共有している共同体とも言えた。
それ故、王族同士の血縁の意味するところは大きい。
橋を渡る。
同時に検問所の役割りを果たしている橋だ。
「ル・アドゥフーリカ皇国の気高き姫、カトリーヌ・ルスゼント様をお迎えする、良きに日に…… 」
カラフセィカ軍国側より、迎えの兵が待ち構えていた。
長ったらしい歓迎の式典が催される。
これより、ル・アドゥフーリカ皇国の騎士の周りを更にカラフセィカ軍国の兵が護る事となる。
首都ラライセィカの王宮に送り届けるまでが仕事だ。
途中、幾つかの町を経て、いよいよ明日には、首都入りとなる夜を迎えた。
「あ…… 」
王族待遇の私の寝室のベッドの上に見慣れないパピルスがあった。
三日月に杖のマーク、魔女リグンジャの紋章に違いない。
ヌッと、ベッドの影から人が立ち上がる。
影を伝って部屋に入り込める者だ。
「ロフレシア、リグンジャ様から最後の指令よ 」
そう言う顔は、確かリグンジャが特別贔屓にしていた隊の隊長だ。
いわば幹部と言える地位にいるはず。
"最後の" と言う言葉が引っ掛かる。
最後の後はない。
放免されるとは、考えにくい。
自爆覚悟で仕事を完遂せよとの意味だろう。
「カラフセィカの王子、ゼルマーク、ジュゲンズの2人を殺せ、その後は遠くに逃げて身をくらませろ 」
「そのあとは? 」
「さあ? リグンジャ様は何も…… 」
これでは、リグンジャ一味を捕まえるなんて事は無理だ。
姫と言う地位があるから、可能だったものを、逃げて身をくらませては、みすみすその地位を捨てる事になる。
ただ、その後の指示が何も無いと言うのも気になった。
秘密を知る者を放っておくとは考えにくい。
必ず追い掛けて処分しに来るに、違いない。
言わば捨て駒にされた訳だ。
殺されず、捨て駒にもされないような身の振り方を考えなければならない。
「分かりました…… 」
指令は確かに伝えたと、念をおして、女は影に消えた。
これからが、私の本当の戦いのはじまりだ。
「はい、初代国王様より順に仰って下さい 」
「アーサー、オリバー、マーク、レクセル…… 」
首都に着くギリギリまでお姫様教育は行われた。
身代わりであるとバレるのを気にしているらしい。
たとえ本人であっても、それ程の教養が身についていたか怪しいところではある。
昼間は馬車の中で座学。夜は個室でテーブルマナーやダンスのお稽古。
さすがにお姫様と言う地位も楽ではないと痛感させられた。
時にはベッドの上で、最低限の性知識のお勉強も行われた。
避妊の魔法陣は未婚の娘の嫁入り準備として欠かせないのだとか。
行為を楽しむ気満々なのが、なんとも滑稽に感じられる。
カラフセィカ軍国の歴史や風習、作法なども、失礼の無いよう叩き込まれる。
実際はさらっと、口頭で伝えられ、疑問があれび、その都度聞いて覚える程度。
時間が無いのだから、仕方がない。
「ル・アドゥフーリカ皇国王姫カトリーヌ・ルスゼント様のおつきであーる! 」
仰々しい宣言は、この国独特のもの。
開けておけばいいものを、王宮の門扉はわざと閉められていた。
高らかに鳴るラッパの音と共に門扉を開ける儀式がはじまった。
馬車の中にいる私には見える訳でもないから、とうでもいいと言うのが本音だ。
列の先頭だけで何かやってるだけなのだから。
王宮に入るまで、更に儀式が幾つかあった。
王宮の地に私が足をつく事も重要な事のようにラッパが鳴り響く。
迎えの王族はいない。
こちらから出向くのがセオリーらしい。
全て準備は整っているとは聞いている。
新しい側使いが、部屋で頭を垂れて待っていた。
「ル・アドゥフーリカ皇国カトリーヌ・ルスゼント姫様におかれましては…… 」
いちいち長い。
側使いで、これだ。
これから、何人の挨拶を聞かねばならないのだろう。
うんざりする気持ちと裏腹に、ニッコリ笑顔でいられるのは最早職人技の域と呼べる。
王族、恐るべし、である。
「姫様、どうぞお幸せに…… 」
逆にル・アドゥフーリカ皇国から着いてきた側使い達がお暇の挨拶に来た。
専属教師として知識を叩き込んでくれた女性とも短い付き合いだった。
「皆も祖国で幸せに、暮らすのですよ、 今までありがとう…… 」
カーテシーを決めニッコリ微笑むと、すすり泣く声が聞こえる。
本物の姫様と信じて着いてきた者が殆どだと聞いている。
騎士達も直立不動で剣を胸に掲げる儀礼のポーズで、こたえていた。
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