第12話 潜伏中



 ヒュリカと共に国境近くの町に潜んでいるが、連絡は何もない。

 既に受肉してひと月。

 いつになったら、カトリーヌとして城に乗り込むのか、不安になってきた。

 魔女の思惑は、私を傀儡として国を乗っ取るつもりらしいが、私が寝返ったとして、魔女一味を全て捕らえられるだろうか。

 今、私は、町娘の格好をして、ヒュリカの妹として、宿屋に身を寄せている。

 お姉さん役のヒュリカは持ち前の剣の腕前を使い、傭兵として魔物退治をしたりして、なんとか姉妹仲良く暮らしている風を装っていた。

 剣の稽古は、姉の相手を妹が頑張ってこなしている風である。

 おかげでこの体にも、慣れた。

 月のものは、避妊の魔法陣を体に刻む事で無くなった。

 いつ来るか分からない登城の指示を待っている状態である。

 それまでは "妹のカティ" でいなくては、ならないのだから。



◇◇◇◇◇



 ル・アドゥフーリカ皇国、国内に不穏な噂が流れていた。

 姫君のカトリーヌ・ルスゼントが、悪い魔女の呪によって人形に変えられてしまったとか、殺されたと言う者もいる。

 隣国カラフセィカ軍国との婚礼の約束はどうするのだろうと要らぬ心配を口にする者もいた。

 

 王城にも市中の民の噂は、届いていた。

 全て極秘裏に進めてきたことだ。

 容易に民に知られるはずかない。

 城から漏れたと見るより、魔女側が広めたと考える方が自然だ。

 しかも、運の悪い事に、隣国から姫君に悪い噂が立つ前に婚礼を進めべきと、催促の文を携えた使者が、来ていた。


 万事休すとはこのことか。

 王様は、天を仰いだ。

 余りのショックに、妻は床に臥せってしまった。

 娘は、人形に変えられてしまいましたと、打ち明ける訳にもいかず、秘密裏に身代わりとなる娘を立てる策がとられた。

 運良く、国境沿いの町で適任の娘が、見つかったらしい。

 捨てる神あれば拾う神在りである。

 臣下の進言に、縋るように事が運ばれた。

 いっそ、カラフセィカへ、くれてやれば丸く収まるのではと、言った臣下の方が驚いていた。 

 王はそれが良いと、頷いたからだ。

 これで忌まわしき因縁を断てると思ったのか、王は、使者に国に戻る際、娘も連れて行くよう提案した。

 どうせ身代わりの娘だ、好きにさせて惜しくもない。

 それより、人形に変えられた娘を元に戻すよう、魔女を捕まえるほうが重要に思えた。



◇◇◇◇◇



「ちょっと、ありゃなんだい? 」


 慌てたのは魔女リグンジャである。

 城から出る幾つもの豪華な馬車の列が見える。

 城に潜ませている者からは、身代わりの娘をカラフセィカへ嫁がせる列だと聞いた。

 

「何で嫁に出しちまうんだい? とうとう頭にきちまったのかい? 馬鹿王は…… 」


 これでは温めていた計画が水泡に帰す。

 既に作戦には綻びも出始めていた。

 惜しい部下を何人か失ったのだ。

 相手もさるもの、腕の立つ騎士を抱えているらしい。

 しかし、こちらには魔法がある。

 腐っても魔女だ。

 ル・アドゥフーリカ皇国の王族には返しても返しきれない恨みがある。

 カラフセィカ軍国と仲違いさせ、争わせるのも悪くない。

 人形の姫を戻してやると、餌で釣る事も幾らでも出来る。

 どう転んでもこっちの、腹は痛まない。

 魔女リグンジャの目は、怪しい光を宿していた。



◇◇◇◇◇



「その馬車止まれー! 」


 総勢20人ほどの集団が襲いかかる。

 迎え撃つは国の騎士団の精鋭達、その数50人にのぼる。


「姫様を御守りしろー! 」


 "応" と騎士たちの士気は高い。

 鎧と盾で守りを固めた騎士は強い。

 元より守りを固めた布陣で移動している。

 いくら奇襲と言えども、正面から当たって食い破るのは、至難の業と言えた。

 身のこなし軽く、変幻自在の剣技に長けた集団であっても、分の悪さは、否めない。

 夜中の寝込みを襲うなど、基本的に虚を突く戦法を得意としていた集団だ。

 守りを固めた相手とあっては、いつもの技の冴えも見られない。

 数人は金で雇われた者も含まれていた。

 盾を持たせ、的となり、注意を惹く役を任せておいたが、相手が悪過ぎた。

 剣戟がはじまる。

 火矢が放たれた。

 馬がわななく。

 怒号と破壊音が入り混じる中、一度二度と、悲鳴も混じる。


 ことごとく、討ち取られた。

 馬車に、近寄る事すら、叶わなかった。

 魔法を放つ魔道具で1部、二物を積んだ馬車は破壊できたが、数名の騎士を道連れに、奇襲は失敗に終わった。

 逃げおおせたのは者は僅か1名。

 闇魔法使いの影に潜れる女だけだった。

 

 魔女リグンジャの手の者は退けた。

 報告を受けた王城でも一矢報いたと安堵の空気に包まれた。


「ふん、 お前たちも半分になっちまったかい…… 」


 生き残りの部下から報告を受けた魔女リグンジャも顔色は優れない。

 手下は半分に減ってしまったが、これで、今後も進みやすくなると、負け惜しみのような台詞を吐いていた。

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