第10話 禁忌の術
「そうさ、受肉だよ、 お前は肉体が欲しくはないのかい? 」
「肉体ですか……? 」
私は魔女リグンジャの言葉に息を呑んだ。
場所は北の小国ル・アドゥフーリカ皇国の田舎町。
既にひと月ほど、潜伏生活を続けていた。
この国のお姫様、カトリーヌ・ルスゼントの真似が出来るほどに観察しろと、毎日後宮の近くの屋敷に通い続けていた。
アジトに戻るとそのお姫様が、隣りの部屋で寝かされている。
リグンジャの一味の仕業である。
これはただの誘拐ではない、そうリグンジャから聞かされて私は心底びっくりした。
私の体に姫の肉体を宿らせ、私が彼女に成り済ますのだと言う。
これを成すには受肉の禁術を使うのだと説明された。
命令なら否応もない。
しかし、どう思うかと聞かれたら、思いを告げるしかない。
「欲しい、です…… 」
人形はもう嫌だ。
何度、辛い思いをしただろうか。
人になりたい。
そう思って何がいけないのだろうか。
「ああそうかい、そりゃそうだろうよ、 お前ならそう言ってくれると思ったよ、 お前に肉体を与えてやるよ、アタシの可愛い娘が増えるんだ、こんな嬉しいことはないよ…… 」
ニンマリと皺くちゃの笑顔を浮かべる魔女リグンジャ。
私が受肉するとして、その結果、お姫様がどうなるかなんて考えが及ばなかった。
すぐに受肉の儀式の準備がはじめられた。
部屋の床と天井には大きな魔法陣の描かれた布地が張られた。
下着姿で寝ているお姫様と私は、アナログ時計の長針と短針のように頭をくっつけた状態で魔法陣の真ん中に寝かされた。
大小幾つかの魔石が魔法陣の所々に置かれていた。
魔女が呪文を唱えはじめる。
それに呼応するかのように、魔法陣がひかりだす。
微かな圧力を体に感じながら、私は意識を失った。
気がついたら、寝かされていた。
近くにいるのはヒュリカだ。
「あ、ひゅ…… 」
自分の声音に違和感を覚える。
「目が覚めたかい、お前の名前は何ていうだい? 」
「ロフレシア…… 」
「へぇ、本当に姫様になっちまったのかい? 」
そう言いながら、ヒュリカは私に手鏡を見せてくれた。
「あ、お姫様…… 」
そこには驚くお姫様の顔があった。
手で顔を触れると、柔らかい。
確かに肉体の感触だった。
私は本当に姫様の肉体を得たらしい。
感動で涙が溢れた。
しかし、それが何を意味するのか、私はまだ知らなかった。
◇◇◇◇◇
「陛下! 陛下! こんな物が! 」
臣下のひとりオーレスタが、慌てて王の居室へと向かっていた。
手には無駄に、派手な飾りのついた包みを持っている。
「なんと、これは…… 」
包みから出てきた小箱には姫殿下が、いつも身に着けていた指輪がひとつと、パピルスに書かれた文が、一枚。
国王宛ての文面は魔女リグンジャからと記されていた。
"お姫様は、預かっている。
呪いをかけ人形に変えてしまう事も出来るが、前に国の要職に迎える用意を整えるのであれば、考えを変えるかもしれない"
と言う、あやふやなものだった。
一人娘を人形に変えると言う荒唐無稽な、脅しに信憑性はない。
本人は殺しておいて、さも人形が姫だと、とぼける三文芝居が目に浮かぶようだ。
「この魔女と名乗る者をすぐ見つけ出せ、 姫を早く取り戻すのだ 」
苦々しく顔を歪める王はそう吐き捨てた。
臣下は駆け足で居室を出て行った。
この包みを持ってきた者の後をつけるよう部下には指示してある。
足取りを辿るのは容易と思われたが。
「なに? 影に沈んで消えただと? 寝ぼけたことを言うな! もう一度、探して来い! 」
この時代、魔法を使う者はそれなりにいた。
しかし、魔法はまだ、市民権を得ていない。
危険なもの、若しくはただのまやかしと、片付ける者も少なくない。
魔女リグンジャのように地下に潜り、好き勝手する者にとっては、都合の良い時代と言えた。
「お、おしっこ…… 」
この日何度目かのトイレに籠もる。
何かを大量に飲んだらしく、今日はやたらとトイレが、近かった。
私は、排泄する面倒に肉体の不便さを噛み締めていた。
田舎道を進む、ボロボロの荷馬車。
荷台には幌がかけられ、積み荷は見えないようになっていた。
「ちょっと、こら、暴れんな! 」
グネグネと動く布袋を小突く男。
格好を見れば農夫だが、農夫が剣や槍を積み荷に忍ばせているのは、だいぶおかしい。
とある家の敷地に吸い込まれる荷馬車。
納屋で荷物は降ろされた。
「ひっ! 」
手枷足枷を嵌められた人形が袋から出てきた。
顔の前に抜き身の短剣を突きつけられ、人形は固まった。
「お前の名前を言ってみろ 」
「カトリーヌ・ルスゼント…… 」
「よし、お姫さん、俺たちは悪い魔女からお前さんを助け出したところだ。 しかし、残念なことにな…… 」
農夫から説明を聞いたカトリーヌは、ショックで震えはじめた。
自分の手を見て息を呑む。
自分の体が、考えもしないものに変わっていた。
木製の人形に変わっているなんて、受け入れられなかった。
「気絶した、のか? 」
「まあ、姫さまなんて、こんなもんでしょ? 」
ひっくり返ってグッタリする人形を前に溜め息をつく農夫たち。
これから、この人形にひと仕事させないといけないのだから、気が滅入る。
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