第9話 小国の姫


 ダレスの街なんて言っても、"そりゃ何処だ?" と聞かれた。

 逃げるにしても、ここが何処か分からないのは痛い。

 影に潜んでも、それを捕まえる魔道具の存在も大きい。

 支配されていると騙し続けるには簡単に逃げる訳には行かなかった。


「ロフレシアは、そこの影で待ってな 」


 ヒュリカがそう指示する。

 私と組む女はそう名乗った。

 影伝いに屋敷の中の様子を見たりして、情報を集めるようにしている。


「だって、ここは魔国シャルテェンガなのよ?」


「けど、そう言っても…… 」


「何処かの田舎暮らしのあんたにゃ、分からなくていいの! 誰が首都シャルテーヌで牛を飼うって言うのよ? 寝ぼけた事は言わないで! 」


「は、はい、ごめんなさい……」


 メイド同士の会話は、とても参考になった。 ここは魔国シャルテェンガの首都シャルテーヌらしい。

 魔国なんて知らなかったから、何処にあるかなんてのも全く分からない。

 しかし、分からないながらも名前が分かったのは大きい。

 ヒュリカが戻って来る前に元の影に移動しよう。

 

 夜中になるのを待って、その屋敷の金を運び出すのが仕事だった。

 私から取り上げた魔法の鞄が使われた。

 5個もある金貨で満たされた木箱も魔法の鞄があれば楽々運べてしまう。

 私が加わったことで、リグンジャは、かなり潤うようになったらしい。

 機嫌が良いリグンジャは、度々、乱痴気騒ぎをして祝った。

 本人は酒を飲んですぐ引っ込んでしまうが、買われてきた男も女も一味の慰み者にされる一夜を過ごした。

 ヒュリカは趣味がちょっと変わってて、男は少年まで、女なら人形でもOKと言う裾野の広さを誇った。

 私までベッドに呼ばれ、彼女を気持ちよくする道具として扱われた。

 もっぱら手だけしか使わないから、それほど嫌と言うほどではなかったが。

 相手が男だったら、逃げ出すところだったが、女性相手なら大丈夫らしい。

 男を交える場合でも少年だったので、何とか我慢できた。

 

 他の男達も、私には手を出さなかった。

 とうやらリグンジャから手を出さないよう釘を刺されているらしい。


 そんなとある日、私はリグンジャに呼び出された。

 いよいよ、私が主役の仕事がはじまると告げられた。



◇◇◇◇◇



 大陸の北西には小国が幾つかより集まっている。

 大国が攻め入るには手間の割に得られる資源に乏しく、魅力的とは決して言えない土地柄が功を奏しているとも言えた。

 比較的大きなル・アドゥフーリカ皇国。

 最も自然の険しい領土を持つクォルティーガ教国。

 元遊牧民のカラフセィカ軍国。

 この3国の関係は危ういガラス細工のように繊細だ。

 カラフセィカはクォルティーガを欲しがっている。

 自然厳しい領土ながら、名馬の産地として有名だからだ。

 元遊牧民の血が名馬を欲っしたとしても不思議はない。

 クォルティーガはル・アドゥフーリカの領土の一部に執着していた。

 教国と名乗りながら、女神降臨の聖地は他国の領土内にあったからだ。

 是が非でも手に入れる必要がある土地は他国にあるのだ。

 ル・アドゥフーリカはカラフセィカに大きな借りかあった。

 現国王は病に冒された過去がある。

 病から生還したから今があるのだが、国王を治療したのはカラフセィカから遣わされた治癒士だった。

 謝意の印として当時小さかった娘をカラフセィカへ、嫁に出す約束がとり交わされた。

 国のトップ同士が血縁関係となる平和を予感させる出来事だ。

 しかし、である。

 国王の子はその娘しか恵まれず、一人娘は大切に育てられた。

 嫁に出してしまうと国の後継者が居なくなってしまう事態となった。

 娘には婿をとって貰い、国を継いで貰うしかない。

 しかし、既に17歳となった姫は、カラフセィカの王子を酷く嫌っていた。

 小太りで粗暴な性格の王子から逃げるように、婚礼の話は、先延ばしに先延ばしを重ね、ついには限界を迎えていたのである。

 

 

◇◇◇◇◇



「姫さま、早くお部屋にお戻り下さい! 」


「あら、いいじゃない、もう少し、ここに居たいわ 」


 ル・アドゥフーリカ皇国の姫カトリーヌ・ルスゼントと側使いのルクリアのいつものやり取りである。

 王城を出て後宮の近くに隠れ家を作り、姫殿下はそこで過ごす事が多くなった。

 異母姉妹が近くにいる、ここが気に入っているようだった。

 不思議と王には男の子に恵まれなかった。

 後宮に暮らす女達の子もまた女ばかりだ。

 男の子が一人でも生まれれば、全ては上手く行くと言うのに。


「湯浴みの後は早く髪を乾かしませんと…… 」


「そう、 ルクリアはオタマで、髪を梳かしてくれるの? 」


 側使いのルクリアは、仕事熱心ではあるものの、おっちょこちょいが玉にキズだ。

 櫛とオタマを間違えて持ってきてしまった。

 姫の笑い声にルクリアの駆ける足音が屋敷に響いた。

 窓の外に広がる闇。

 そこに潜む者の視線には、誰も気づかなかった。


「きゃあああああ!!!!」


 翌朝、側使いの悲鳴が朝の空気を切り裂いた。


「ひ!ひ!姫様が! 姫様が!! 」


 顔色を失くしたルクリアが寝室から出てきた、ベッドに寝ているはずの姫殿下の姿はなかった。

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