第8話 別離



  屋敷では、賢者様が手掛けていた男の人形が仕上げに入りつつある。

 私が仰せつかった街への御使いは、その為の材料や薬品を買い集めるものだったと、納得した。

 しかし、魂の入ってない人形は明らかに面白味のない物でしかなかった。

 当初の私に賢者様が絶望した意味がやっと分かった。

 明日、いよいよ、男の人形に魂を込める術を行うとか。

 更に大幅にと改良するらしく。

 私は、その為の買い物へと、街へ向かった。

 魔水の素となる魔石の欠片を大量に、買う為に。


「ここんにちは 」


 街で一番の商人の店に入った。

 周りの客の視線が、一斉に私に向かう。


「ようこそいらっしゃいました、本日はどのようなお品向きで? 」


 定期的に屋敷に来る商人は、ここの者だ。

 大賢者様が森の屋敷に住むと言う事実は公にされてない。

 変り者が住んでいるらしい位の話だった筈だ。

 しかし、今となっては、賢者か魔女が住む屋敷なのではと言われて有名だ。

 その遣いの人形が私であると、証拠扱いされている始末だ。

 魔水を作る素となる魔石の欠片が大量に欲しいとオーダーすると、夕方までかかると言われてしまった。

 もちろん、私は待つことにした。

 店の奥の人目につかない部屋へと通され、そこで待つ。

 日も傾き、とうとう日没となった頃、ようやくオーダーした品が揃ったと知らされた。

 急遽、隣街から取り寄せたそうだ。

 荷物は持参した "空間魔法" のかかった魔法の鞄に入れる。

 これがあれば、幾ら荷物があったとしても持ち運べる。

 私の腰まであった屑魔石の山が全て入ってしまった。

 支払いを済ませ、店を出る。

 急いで屋敷に帰ろう。

 私はいつものように足元の闇に身を沈めた。

 


◇◇◇◇◇



「上手いこといったよ、 こりゃ、ご褒美もんさ 」


 バサリと黒い布地を引き揚げた女が言う。

 結構な面積のある布地を丸めて紐で縛る。

 ひょいと、それを肩に担ぐと女は闇に沈んだ。



◇◇◇◇◇



 ずっと闇の中に居た。

 どれほどの時が過ぎただろう。

 こんなことは初めてだ。

 闇伝いに街の外へ出ようとしていたら、誰か、闇の中に居る気配があった。

 それっきり、ずっとその気配と共に闇に閉じ込められていた。

 急に闇から出られなくなった。

 闇に閉じ込められたままで過ごすしかなかった。

 やっと出られたと思ったら、唖然とした。

 そこは、四方から光をあてられ、影は薄く、飛び込む事も叶わない。

 しかも周りは黒尽くめの人達が囲んでいた。

 手に手に剣や槍を持ち、今にも攻撃せんとこちらを見据えている。

 どうやら私は捕まったらしい。


「変な事を考えるのはおよし、考えられるならの話だけどさ…… 」


 女らしき人が前に出てそう言った。

 私は鞄を片手に立ち尽くしたまま、動かない。

 逃げる隙を伺っているのだけど、そんなの、はじめから無かった。

 鞄を取り上げられ、手枷、足枷を嵌められる。

 そのまま布袋に入れられる。

 何処へ運ばれたのかは、分からない。

 袋から出された部屋には見知らぬ老婆がいた。


 私は、椅子に座らされる。

 手も足も椅子に固定された。

 その様子を老婆は、ずっと、見ていた。


「主人の名は? 」


「アルプロウス…… 」


「知らないねぇ…… 何処かのモグリだろうねぇ…… 」


「これから、お前の主人はアタシだ。さっさと、儀式をはじめちまおうかね…… 」


 その後、私のは床に魔法陣の描かれた布地の上に運ばれた。頭の上で老婆がずっと呪文を唱えている。

 おもむろに持っていた短剣で指をつついて血をポタリと垂らす。

 血は私の髪に染み込んで消える。


「さあ、どうだい? どんな気分だい? 」


 ええと、たいそうな儀式の割に私はなんともない。

 きっと意思を持たない人形に行う儀式とかなのだろう。

 私は至って普通のまま。


「落ち着いてます 」


「そうかい、そりゃいいね、 お前、名前はあるのかい? 」


「ロフレシアです 」


「へぇ、まともな名前じゃないか…… 男の相手でもさせられてたのかい? 」


「いえ、一度も…… 」


 根掘り葉掘り色々聞かれたが、老婆は私を疑ってなかった。

 老婆はリグンジャと名乗った。

 私は、黒尽くめの集団に加えられ仕事をするのだと教えられた。

 近々、大きな山(仕事)あるらしい。

 その山に、私は欠かせないと言う。

 それまで仕事をこなして、少しでも稼げと命じられた。



「へぇ〜、よく出来てんじゃん…… 」


 私が預けられた女性は、珍しそうに私に触ってきた。

 

「脱ぎな、全部だよ 」


 ここは個室。

 彼女は幹部か何からしい。

 とは言ってもベッドと机と椅子があるだけの簡素な部屋だけれど。

 シャツのボタンを外しスカート脱ぐ。

 ガーターベルトを外し靴下を脱いだ。


「全部だよ 」


 下着を残していたら、そう言われた。

 同性だし仕方ない。

 上も下も脱いだ。

 人の前で服を全て脱ぐのは初めてだ。


「柔らかくはないのかい…… 残念だねぇ…… 」


 胸と下半身に手を伸ばして女はそうこぼした。

 裸になると、私は人形でしかない。

 かなりの部分を服で隠して誤魔化していたが、それもしないと、動くマネキンと変わりない。

 頬に手を添えられる。

 額や唇を指が這い回った。

 

「何処か触られて気持ちよくなるとかは? 」


「いえ、どこにも…… 」


「なんだい、つまんないねぇ…… 」 


 お尻を軽く叩かれる。

 ビクリと身を固くすると、"フフフ" と女は笑った。

 私にも黒い服が支給された。

 上下繋がって見えたが、そうではなかった。

 影に潜れる事は知られている。

 仕事するには便利だと重宝がられた。

 他にも同じような能力を持つ者はいたが、数が限られていたから。

 暗殺、誘拐、盗み、

 この集団の仕事とは、その殆どが犯罪で占められていた。

 ただ、相手は金持ちなど裕福な暮らしをした者ばかり。

 忍び込む屋敷はどれも、たいそう大きなものが多かった。

 

 仕事をしていて、気がついたことがある。

 ここは私がかつていたエデールガル王国ではなさそう。

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