第4話 短剣と金貨


「大賢者アルプロウス様では、ありませんか? 」


 女性が目を覚ましたのは翌日の昼過ぎ。

 賢者様が様子を見に来た際に、ふいに目を覚ました。


「目を覚ましたか? いかにも、儂がアルプロウスじゃ…… 」


「まあ、 これはこれは、大賢者様の前で、このような無様な姿を晒してしまい…… 」


「よい、よい、楽にするが良かろう、それより怪我の跡はどうじゃな? 」


 賢者様の問診が終わると、女性がとてもお喋りなのが分かった。

 安心したのか、男は口数が少い。

 間もなく子供も、目を覚ました。

 3人は家族、見た通り、男と女性では身分が違う。

 道ならぬ恋の結果、駆け落ちして森に逃れた。

 そんなありきたりな事情を抱えた3人。

 男には教養が、ない。

 知らない物には恐れ怯える。

 教養のある女性は好奇心を刺激され、私を見る目が違った。


「ロフレシアと言うの、宜しくね、素敵な人形さん 」


「はい、こちらこそ 」


 子供はトミーと言うそう。

 トミーもまた私に懐いた。

 怪我が治れば元気な男の子だった。

 男だけが、私に背を向ける。

 触るな、近寄るな、あっち行け、と余計な形容詞をつけないだけ、気を遣っているのかもしれない。

 

 3人を保護して3日めの朝、街まで送るよう言いつかったのが私だった。

 3人が居た街はダレスの街ではなく、西隣りのホログスの街だとか。

 森に身を潜めながら、ダレスの街へ向かう予定だったらしい。

 男の剣は折れてしまっていたので、屋敷の納屋に、転がっていた剣を代わりに与えた。

 槍は私が回収してある。

 唯一の戦力である、男の装備は回復した。

 女性の服は私が繕った。

 女性は裁縫が苦手らしく、男の服もと頼んで来たが、男が断ったので出来ず終いとなった。

 

 馬車が通る道は、それなりに幅もあって歩きにくさはそれほどでもない。

 しかし、子供の足で進むには、ちょっと無理がある。

 私は女性に断って、子供を背負う事にした。

 背中で喜ぶ男の子。

 対して先を進む男は苦い顔をした。

 

 運良く、森を抜けるまで魔物は出会わなかった。

 草原の先に街並みが見える。

 この世界に来て初めて見る街は、思ったほど大きくなかった。

 文明レベルから考えれば、妥当な規模だと考えを改める。

 朝食後、すぐに屋敷を出発したのに、既に日は真上より少し傾きかけている。

 3時前と言ったところだろうか。

 背中で男の子はぐっすり眠っていた。


 街に近づき過ぎない辺りで、男の子を女性に返して、私は彼らと別れた。

 丁寧なお辞儀をする私に、女性は別れを惜しむ言葉をかけてくれた。

 男は無言だった。


 彼らが無事街に入る所まで見届けず、踵を返して私は、屋敷へ戻る道を歩きはじめる。

 と、そこにセンチャンさんがいた。


「え、あの、何か……? 」


「私の影に入りなさい 」


 有無を言わさぬ口調でセンチャンはそう言う。

 街へ向かう道すがら、センチャンは事情を話してくれた。

 魔道具 "血塗れの短剣" が失くなったそうだ。

 一緒にあった血吸の金貨と共に。

 恐らくあの3人の仕業だとセンチャンは言う。

 黒猫のミシャルナが、保管庫の近くにあの男がいるのを、見かけたそうだ。

 盗む現場を見た訳ではないが、華美な装飾の施してある短剣は、おいそれと拝める品物ではない。

 荷物を改めさせて貰う程度はしないでは帰れないと、センチャンは告げた。

 私には、もしもの時の護衛をするようにとのこと。

 妻と子の怪我を治して貰った屋敷で盗みを働くとは思いもしなかった。

 私は息を呑み、言葉を何も紡げなかった。

 そんな悪人が存在するとさえ、思いもせず。

 この世に善意の人々しか居ないなんて、夢物語のようなことは言わない。

 けれど、善意に悪意でこたえる男の存在が信じられなかった。

 妻も子も居るのに、なぜ?


 街の入り口には門番が立つ。

 一応武装した2人の男が見慣れないドワーフの行く手を遮る。


「待て、見慣れない奴だな…… 」


 何が記されているのか分からない、黒服の内ポケットから何か出すと、センチャンは、それを掲げた。


「大賢者様の遣いだ? 」


 身なりの良いドワーフが掲げるそれを奪い取ると、表裏を確認する門番の男。

 やや、難しい顔をするも、ケチのつけようがないらしく、それをドワーフへ返す。


「新入りか? 」


 センチャンの言葉に目が険しくなる。


「何だ、貴様、何が言いたい? 」


「レヴォーレ隊長に宜しくと言っておいてくれるか? くれぐれも部下の教育に手を抜くなと…… 」


「あ? 」


 唖然とする門番を尻目にセンチャンは街へと入るのだった。

  ダレス騎士団、隊長レヴォーレと言えば、街で知らぬ者はいない。

 騎士道の求道者とも呼ばれる、自己研鑽に一切の妥協なき猛者である。

 団内では部下から鬼教官と呼び声が高い。

 まさか、その知り合いかと勘繰る門番は、けれど、もし本当に大賢者の遣いてあったなら、知り合い、出会ってもなんの不思議はないと、逡巡し固まってしまうのだった。

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