第3話 人形たるもの
武器は何も剣だけではない。
体に備わる魔道具により、魔法も放てる。
魔法の矢、魔法の槍、魔法の盾も使えた。
足については、高速移動を可能とする魔道具が備えてある。
しかも、私は影に飛び込む事が出来た。
賢者様の影に潜んで、護衛として何時でも飛び出せる。
もう、魔法で出来ない事などなさそうな気持ちになる。
私の動力は魔力。
魔法は、魔力によって
魔力とは空気中にも漂う魔素が素となっている。
私の体は、魔素を体内に取り込む仕組みを備えているそう。
なので、一度に大量に魔力を使うような真似さえしない限り、私はいつまでも動き続けることが可能だとか。
とは言え、体を構成する部品や素材の劣化により、いずれ動けなくなると思う。
魔力が切れても時間を置けば勝手に魔素を取り込んで復活する。
夢のような仕様のこの体。
さすが賢者様にしか成し得ない機能がてんこ盛りだ。
開発当初は、性能に満足していた賢者様も、命令無しでは何もしない出来損ないと落胆していたらしい。
それが、今ではまるで生きている普通の女性のように振る舞うのだから、ご満悦らしい。
近々、2号を作ろうかと酒の席でこぼしていたとか、いないとか。
賢者様ことアルプロウス様は今年、226歳と聞く。
エルフと魔族のハーフだとか、その辺りの詳しい話は聞いてないの分からない。
その賢者様に対する国の扱いは、少々、雑ではないかと、執事のセンチャンさんは言います。
本来なら国の要職に就かれてもおかしくないはずだと。
それを賢者様が固辞しているのではと邪推して、やみません。
その話をする度に最後にはいつも、お年を召した賢者様には田舎暮らしの方が宜しいのではないと、納得して終わるのです。
弟子や後継者を育てる気は全く無さそうなので、森の中での暮らしが気楽でいいのかもしれませんね。
そんなある日のことです。
前触れもなく訪問者が現れました。
ゴン、ゴンと門扉を叩き、声を張る男。
「おーい! 誰かいないか? 誰かー! 」
私が対応しようと玄関の扉へ向かうと、センチャンに止められました。
「私が行こう、君では驚かせてしまう…… 」
「はい……」
少し離れて見れば分からない程度ではありますが、私の見た目は、やはり人とは違うのです。
表情の無い顔は目玉だけが動いて、違和感が拭えません。
喋るときも口は開かないし動きません。
手首や肘は服で隠せても、首などは明らかに人とは違う関節が丸見えです。
やはり人形は人形なのだと言われたら、返す言葉はありません。
驚かせてしまう。
最もな意見ですね。
私は、窓越しにセンチャンさんと訪問者のやり取りを観ていた。
そう、驚かせないように。
少しの押し問答の末、センチャンさんが戻って来た。
賢者様に判断を仰ぐ必要があるのだとか。
不安げな、または苛立つようにも見える男の顔を私は盗み見ていた。
ほどなくして、センチャンさんが戻って来る。
すれ違う際に、私に付いて来るようと言いつけて。
「どうだ? 手を貸してくれるのか? どうなんだ?」
少し空いた門扉の隙間から見える男が火が着いたように、問い詰める。
「お館様からの、お許しがでました。ささやかながらお力になりましょう 」
男の姿を間近で見て気がついた。
この者、怪我をしている。
服の所々は破れ、黒いシミは出血の跡ではないか。
片足を引摺り気味に歩いているのは、怪我のせいだとすぐ気がついた。
私はセンチャンさんに言われて裏の納屋から、荷車を引いてきた。
片足を引摺る男に案内され、私達は森の奥へと足を踏み入れる。
屋敷から街へと繋がる道は一応ある。
屋敷から森の奥へと続く道は、下草が刈られ人の手が加えられているので、すぐにそれと分かる。
その道から脇へ逸れるとすぐに、それはあった。
横たわる女性とその脇で、木によりかかるように腰を下ろす子供がいた。
どちらも怪我をしている。
苦しそうに胸を上下しているので息はあるようだ。
「助かったぞ、近くに屋敷があった、 そこで手当てしてくれるそうだ 」
"もう少しだ、頑張れ" と女性に、子供に声をかける男。
子供は、されるがままに荷車に乗せられた。
女性はと言うと、動かすのを躊躇われるような怪我を負っていた。
腹が血まみれだ。
よく見ると腹が破けていた。
内臓が顔をのぞかせるている。
センチャンさんが、持参した布地を腹に当て、私と男で女性の体を持ち上げて荷車にのせた。
「う、なんだお前…… 」
私の顔を見て男が引いている。
それが今、重要ならこたえもしたけど、女性は死の瀬戸際だ。
些細なことだと、無視した。
周辺には散乱する荷物も見られたが、女性の命を救うのが一番と、急いで屋敷へと荷車を引いてもどった。
賢者様が治療を施してくれたそうで、女も子供も、助かったそうだ。
私はひとり、引き返して、男の荷物を集めて持ち帰った際にそう聞いた。
折れた剣、槍が深々と刺さった犬の魔物の死骸も数頭あった事を報告して私の仕事は終わる。
次にベッドに横たわる女性と子供の看病が言いつけられた。
食事の用意はセンチャンさんがしてくれるそうだ。
「お前、人じゃないだろ? 」
部屋には男もいた。
ベッドの脇の椅子に腰掛け、女性の手を握っている。
子供の髪についた、血の塊を濡れタオルで拭いている最中にそう言われる。
「それがなにか? 」
私は振り向かず、背中越しにこたえた。
「触んな、気味悪いな…… 」
「いえ、世話するよう言いつかりましたので…… 」
「人の言う事が聞こえないのか? 」
私は向き直り男の顔を見る。
「それが人に助けられた者の言葉ですか? 世話になるのが嫌なら屋敷から出て行けば宜しいのでは? 」
「生意気な口を利くな! 人形の分際で! 」
「………。」
私はこれ以上の会話は無駄と判断して、男の言葉を全て無視した。
女性の服を脱がせて繕ってあげようとしたら、男に手を払われたので、それはやめた。
それ以上の事をされたら、身を守る最低限の抵抗は躊躇せずにするだろう。
攻撃される謂れが私に無い以上、不当な暴力は排除されなければならない。
センチャンさんがワゴンに料理を載せて、部屋に来た。
「この気味悪い人形を何処かやってくれ 」
「この者が何かしましたか? 」
「何もしやしないが、気味悪くて目障りだ、 子供がいるんだぞ、暴れだしたらどうしてくれる? 」
「この者は優秀で、この者に世話をさせるのがこの屋敷での、もてなしですが…… それが、お気に召さない? 」
「お気に召すも何も、人形なんか何処かへやってくれ、 世話なら俺がやる 」
「そうですか…… 分かりました。」
私はセンチャンさんと共に部屋を後にする。
「気にする必要はありませんよ 」
「ありがとうございます…… 」
廊下でそう言われた。
ぎゅっと手を握る。
夜、部屋とも呼べない物置きの隅が私のスペースだ。そこに丸まって横になる。
寝間着代わりの白のワンピース。
与えられたメイド服一式は、壁に自立式の服かけに掛けてある。
この世界にハンガーはない。
服は高価な物とされ、マネキン代わりの木の棒を組み合わせた服かけに、かけて飾るのが保存方法とされている。
人形の中でも私は贅沢な部類にはいるのだと自負している。
一般的な人形が、どんな形をして、どんな生活をしているのか、何も知らない。
そもそも動く人形自体がかなり珍しいのは、昼間の男の反応を見ても分かる。
動くはずのないものが動く=不気味なもの。
この図式は極めて分かり易い。
知識に乏しい者が多い世界では不変と言えるだろう。
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