第2話 奇妙なお屋敷



「お前には、似合わなくないかい? 」


 賢者様が私に着るよう命じた服はメイド服だった。

 執事がいるのだから、メイドが居てもおかしくはない、と言う理屈は分かる。

 しかし黒猫のミシャルナは気に入らないらしい。

 神経質そうに尻尾を揺らし、イライラか伝わってくるよう。


「うむ、似合っておる…… 可愛く振る舞ってみよ 」


「ありがとう、ございます 」


 スカートの裾を摘んで小首をかしげる。

 少し腰を落としてカーテシーを決めると、賢者様は満足そうに頷いた。

 黒猫は、終始ご機嫌ななめ。

 "ぷい" と何処かへ行ってしまった。


 お茶を淹れるのを教わり、洗濯と掃除と執事のセンちゃんから一通りメイドの仕事を教わった。

 黒くて柔らかい陶器のような手は、水仕事の時以外は、白い手袋をするようにしている。

 靴は黒のローファー。

 膝上まである靴下は、ガーターベルトで吊っている。

 スカートが膝上までしかないのは賢者様の趣味なのかも。

 人形ながら、下着をつけるよう指示されて、初めは面食らったが、今では面倒とも思わなくなっていた。

 

「なんだい? 片目でも外れそうなのかい?」


 鏡を見てると黒猫がちょっかいを入れてくる。

 長い髪が乱れてないか、確認してるだけなのに、"人形のくせに" と私を馬鹿にする。

 "色気づくには、百年早いよ" と露骨に嫌がらせを言ってくることもある。

 私は、賢者様の護衛として、剣にも盾にもなる。

 愛玩動物とは根本的に任されている使命が違うのだから、気にもならない。

 けど、"アタシは何時でもお相手して差し上げられるからねぇ" と不謹慎な発言に、心がざわつかないわけでもない。

 いや、私だって、見た目で言ったら全然イケてると思うのだけど。

 美醜感覚がズレていなければの前提は忘れてはいけないが。


 あの歳のおじいちゃんのお相手が出来るとか出来ないとか、どうでもいい話なのは御愛嬌。

 相変わらず鼻毛は伸び放題。

 最近、耳毛も発見した。

 頭はハゲ放題。

 護衛が介護に早変わりなんて、なきにしもあらずなので、ちょっと怖い。


 と言いつつ、賢者様はお達者なので、"うんしょ" とか "よっこいしょ" の掛け声はあるものの、足腰も至ってお元気なご様子。

 ヨレヨレの下着も替えるよう進言すると、市中で今、流行りの下着とも知らず穿いたりもする。

 鎧に身を固めた護衛を連れて商人が屋敷に訪ねてくるのは、一週おきだろうか。

 でなければ、屋敷の誰かが、遥々街まで買いに行かないといけなくなる。

 肉に野菜にパピルスの束、インク、魔石、蝋燭、布地に食器、洗剤に、フルーツと、ありとあらゆる物を馬車に積んで商人は来る。

 そして、毎度、結構な量を買うのだから、商人が苦労を顧みず来るのも頷けると言うものだ。

 主にセンちゃんが相手をするのだけれど、私も一緒に立ち合うようになった。

 センちゃん曰く、仕事を覚える一環と言うことらしい。

 それでなくても、お屋敷の掃除や食事の用意に忙しいのに、これ以上は無理だと、思っていたら、ご褒美に何かひとつ買っていいと言われてびっくりした。

 センちゃんは優しい。

 私は白い布地を少しだけ買った。

 料理の際に頭に被る布が、そろそろくたびれてきたから、新しい物にしたいと思っていたから。

 屋敷には針も糸もある。

 湯浴み場の掃除も終えて、1日が終わると、私は、台所のテーブルに買った布地を広げて、縫い物をはじめた。

 縁を折り返して縫い留めておけば、ほつれることもない。

 私の目は便利だ。

 暗闇でも物が見える。

 護衛として暗闇の中でも動けなければ役に立たないから。

 勿論、縫い物だって普通に出来る。

 蝋燭を使う必要がないから、点けないだけ。

 そんな暗闇の中、誰かの声がした。


「あら、人形さん、こんな時間にどうしたの? 」


 黒猫のミシャルナもまた、暗闇でも平気なのを忘れていた。


「縫い物よ…… 」


「粗相した下着でも繕ってるんじゃないの? 」


「粗相なんて、しないわよ 」


 "誰かじゃないから" と言おうとしてやめた。

 ミシャルナはこの前、賢者様の机の上にあったインク瓶を倒して怒られたばかりだ。

 その八つ当たりをしに来ているなと、ピンときた。


「あ、そっ。 あんたの方がやらかしそうなんだからね…… 気をつけなさいよ 」


 やらかした人に言われる筋合いはないと、言いたいけど黙っておこう。


 賢者様は、言葉遣いにちょっとうるさい。

 丁寧な女言葉を使うよう言いつけられてしまってから、私が乱暴な言葉を使おうものなら、たちまち黒猫に、言いつけられてしまう。

 なので私はずっとこんな調子で喋っている。

 声音もか細い女性のそれだから、極めて自然なのだけど。


 ある日、重要な事に気がついた。

 執事のセンちゃんのこと。

 自然と "ちゃん" 付けで皆が呼ぶから、てっきり名前が "セン" で "ちゃん" を付けて呼んでると思ったら、名前が "センチャン" らしい事に気がついた。

 正式には、センチャンさん、と呼ぶべきだった。

 

「ごめんなさい…… 」


 今更と言うか、センチャンさんはポカンした顔で、私の謝罪を聞いていた。


「呼び方は、人それぞれで別に気にする必要はありません…… 」


 毛量の多い茶色い頭髪と長い髭に隠れて目と鼻しか見えない顔で、私を見上げるセンチャンさん。


「ありがとうございます…… 」


「あなたは、繊細なのかも知れませんね…… 」


 そうですね、何処かの黒猫よりは繊細だと思いますよ。

 名前を勘違いして、はや5年ほどが過ぎていました。

 人形と呼ばれるのにもいい加減慣れました。

 体の各部に仕込んである武器や魔道具の扱い方も学びました。

 意識を持つ前は、命令しないと何も出来なかったと聞いている。

 自分で考え行動する姿を、温かい目で見ているのは賢者様だ。

 左右の手は瞬時に剣に変わる。

 指の代わりに剣が生えるような感じだ。

 振り方は、体が覚えていた。

 二刀流だとカッコつけてる余裕はない。

 私は、血もなき殺戮兵器だからだ。

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