まつろわぬ世界に

井ノ中蛙

第一章 王様と人形

第1話 目覚め


ーーーわわわわっ!


 人形の目が開いてクリクリと動いた。


ーーーどどど、どこ? どこ、ここ? どうなってんの? 


 周囲を見回そうとするも、首はおろか手足さえ動かない。

 

「んっ、 気がついたか? どうじゃ、わしがわかるか? 」


 覗き込む老人。

 白髪の皺だらけの顔は、笑っているのか睨んでいるのかさえ分からない。

 その顔が近づいてくると、鼻息で視界が歪んだ。

 とやら私は水中に横たえられているらしい。

 えっと、それじゃ息できないじゃないか?

 慌てて顔を水面に持ち上げようと体に力を入れるも、やはり、ピクとも動かなかった。

 動くのは目だけらしい。

 

「ロフレシアよ、貴様に心は宿ったのか? 」


 あ、おじいちゃん、鼻毛が沢山伸びてるよ。

 教えてあげたいが、喋れないから何も伝えられない。


「何が見える? 何がしたい? 何か心に思う事はあるか? 」


 いや、だからね、おじいちゃん。

 身だしなみがね、かなり油断してると思うのだけどね。


「まあ、良かろう…… 首から上だけは自由にしてやるがな、下手な気を起こすでないぞ? 獣の魂でも宿っとったら、大変じゃからな…… 」


 老人が視界から消えると何やら作業でもしていたらしい。

 水面が下がってきて、ついには完全に水から体は出た。

 音もハッキリと聞こえる。

 オマケにちょっと臭い。

 カビのような湿った臭いがする。


「どうじゃ? 何か言ってみよ…… 」


 再び老人が顔を出してそう言った。


「あ……、 あ、喋れる! 」


 か細い女性の声だった。

 

「む、 言葉を話せるのか? 貴様は誰だ? 名を申してみよ 」


「ロフレシアぁ? 」


 いや、さっきおじいちゃん、そう呼んだよね? 

 

「儂は誰か分かるか? 」


 "分からない" と首を振った。

 と言うか首、動くようになってる事の方が驚きなんだけど。

 前髪が視界にかかる。

 白に近い灰色みたいな不思議な色の髪。

 頭を振って髪をよける。


「今までの記憶はあるか? 何か覚えておることは無いか? 」


 "う〜ん" と考え込むが、記憶らしいものはないような。

 いや、ある。

 あるよ、ある。

 あるから慌てているのだけれど。

 そもそも、私はなんでこんな所に寝てるの?

 いや、だって、私…… 死んだのかな?


 一気に脳裏に過去の映像が浮かんできた。

 小林基和こばやしもとかずが私の名前だ。

 確か生まれつき心臓に病気があって、何回目かの手術を受けていたはずなのだけど。

 17歳になる人生の半分以上は病院で過ごして来た。

 執刀は女医さんのはずだけど、このおじいちゃんは、見るからに不衛生な身なりだし、頭のハゲ具合からして、病院のお偉いさんかと思うぐらい。


 首が動くので頭を少し持ち上げて、体を見ると、そこには心当たりのない2つの膨らみがあった。

 ええと、これは、一体なんだろう…… 


「まあ、良い、まあ、良い…… 」


「体を自由にしてやるでな、暴れるでないぞ…… 」


 また視界から老人は消える。

すぐに、手足が動くようになるのが分かった。

 ただ、恐ろしく重い。

 手首、足首には、黒い輪っかが付けられていて、きっとそれが重りなのだと思う。

 身を起こした。

 う〜む、困った。

 私の体が、見える。

 私の体、ちょっと普通ではない。

 手術は失敗したのだろうか。

 どう見てもこの体、生身じゃない。

 木と石膏と、関節は黒い何かで、出来てるように見える。

 いわば、人形のような。


 "うんしょ" と力を込めれば立てる。

 私は石の棺のようなものに寝かされていたらしい。

 棺から出る。

 着ていた膝上までの白のワンピースは水を吸ってベチョベチョだ。

 水滴が、絶えず滴る。


「どうじゃ? 体は自由に動かせるか? 」


「これ、重くて…… 」


 手首を掲げて抗議するも、それはじきに外してやると老人は言うだけ。


 重い手足をブラブラさせながら、私は椅子に座っていた。

 "賢者アルプロウス" がおじいちゃんの名前だ。

 私は彼の護衛として作られた人形ロフレシア。

 賢者様のお戯れで、人形に心を宿す実験をしていたとか。

 結果、私の心は人形に乗り移った。

 人の心を有した人形、それが私だ。

 何とも罪深い実験をしてくれたものだと思う。

 本当に私は死んだのかな。

 そこがハッキリ分からないから、ひょっとして、これは夢の中なのかもと思ったり。

 いや、何処までもそう思い続ける気は満々だ。

 だって、賢者様は、魔法を使うし、私の体も魔道具が仕込まれていて、デタラメな事が平気で出来てしまったりするから。

 人形は私の他にも居ると思ったら、それは人だった。

 黒服を着た背の低い、頭が大きめのおじさん、センちゃんだ。

 さしずめ執事のような役目を担っているらしい。

 あと、黒猫のミシャルナも賢者様のペットらしい。

 ただのペットでないのは、すぐに分かった。

 人の言葉を話すし、妖艶な女の人に化けたりするから。

 

 そう、ここは、現実であるような夢の世界でもある。

 確かなのは、私は確実に存在していると言うこと。

 なぜとか、どうしてと言い続けていたら、何も出来ないし、何も進まない。

 一度、全てを受け入れてしまえば、楽になる。

 そう、全てを。

 私は人形だし、黒猫は喋れるし、執事はドワーフだし。

 ここは、エデールガル王国、北の街ダレスから更に森の奥に立つ屋敷に住む賢者様はアルプロウスだ。

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