第5話
ゲーム02 ラブアイテムゲーム
「今日はねぇ、『ラブアイテムゲーム』で勝負だよ!」
「またカップルゲームかよ」
俺はイヤミのつもりだったが、天の川は「えへへっ!」と笑う。
「昨日、善人くんに勝ったのが嬉しくて、エンジェルボイスのみんなに自慢しまくったの!
そしたら、善人くんはカップルゲームが弱点なんじゃないか、って!
それでカップルゲームの詳しい子に、いろんなゲームを教えてもらったんだ!」
その屈託のない笑顔は、北風の俺にはまぶしすぎた。
そんなことよりラブアイテムゲームだ。
俺はそのゲームをなんとなく知っていたが、天の川は手帳を見ながらルールを説明してくれた。
「えっとねぇ、まずはお互いのカバンを交換して、そのカバンの中から5個アイテムを選びます。
選んだアイテムには被せものをして、相手に見えないようにして、相手に選ばせます。
相手が選んだアイテムを、相手に使わせてもらいます。
相手が使わせることができなかったら、あなたの勝ちです」
相手の持ち物を選んで、相手に使わせてもらって、相手が使わせることができなかったら勝ち。
最高にジーニアスな俺は、それだけですでに勝ちパターンを見いだしていた。
このゲームに勝つためには、相手のカバンの中から、ある条件に当てはまるアイテムを選び出せばいい。
それは相手が『他人には使わせたくない持ち物』だ。
例えば俺なんかはそうだなぁ、まだ組み立ててないプラモデルとかは、相手に使わせたくはないなぁ。
なんてことを考えていると、天の川は「はい、善人くん」と自分のカバンを渡してくる。
それはごく標準的な、ネイビーグレーのスクールバッグだった。
ちょっと緊張しつつも、俺も通学カバンを彼女に渡す。
中にへんなものは入れてないよな……なんて思いつつ。
俺のはリュックサックで、『THE NURSE FACE』という、アメ横で見つけた有名アウトドアメーカーのパチモノ。
これを学校に持っていけば最高にウケると思って買ったのだが、クラスメイトたちは特にノーリアクションだった。
しかし天の川は、このちょっと外したオシャレさが理解できるらしく、「ぷっ」と吹き出している。
不意を突かれて弾けた笑顔は、この俺も認めざるをえないほどに愛らしかった。
「『ナースフェイス』だって、看護婦さんが描いてある。うふふ、かわいい」
ちくしょう、お前のほうがかわいいよ。
「あっ、そういえば男の子のカバンの中を見るのって、わたし初めてだったんだ。
うわぁ、なんだかドキドキするぅ」
天の川はおばけ屋敷に入るときみたいに、肩をすくめながら俺のリュックの中をあさりはじめる。
目が合うと、「あっ、見ないでよね!」と俺のリュックを大事そうにギュッと抱きかかえて隠す。
その仕草で、俺の脈をはさらに乱された。
俺は視線を外すと、膝の上に乗せたスクールバックのジッパーに手をかける。
蓋の口を掴んでガバッと開くと、なんだか彼女の服を脱がしているような、へんに邪な気分になった。
その気持ちが、淫靡なる妄想をさらに膨らませてくる。
……そういえば、ネットでラブアイテムゲームのことを調べたときに、カップル同士でやるときは、エッチなアイテムをカバンの中に入れておくって書いてあったような……。
普段は「使いたい」って言い出せないようなきわどいアイテムも、相手に選ばせることにより、スムーズに……。
い、いや、いくらなんでも天の川が、そんなスーパークソビッチみたいなことをするわけが……!
どどっ、どうしよう、コ○ドームとか入ってたりしたら……!
なんて良からぬことを考えながら取り出した最初のアイテムは、大昔に流行したらしい連射測定器だった。
黄色いボディに、ハチのようなキャラクターが描かれている。
……昭和の子供かよ。そういえば天の川って、ガチゲーマーだったな……。
俺の心は、冷や水を浴びせられたように一気に冷めていく。
おかげで、大切なことを思い出すことができた。
そうだ! これは負けられない戦いだったんだ!
カバンの中を隅々まであさって、天の川が使わせたくないようなアイテムを探さないと!
気付くと天の川は、もう5つのアイテムを選び終えていた。
どこから調達してきたのかは知らないが、ひっくり返したお椀を5つ、机の上に並べている。
天の川は子供のようにワクワクした表情で「はやくはやく!」と急かしてきた。
「あとちょっとで締め切りでーす! チッチッチッチッ」
「ずるいぞ、時間制限なんて言ってなかったじゃないか」
しかし天の川は聞く耳を持ちませんとばかりに、「チッチッチッチッ」と時限爆弾のように時を刻み続ける。
俺は焦ってカバンの中を引っかき回した。
「チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ」
ヤバい、このままじゃ負ける! と思っていたのだが、そのタイムカウントはいつまでも続いている。
「なあ天の川、さっきからずっとチッチッって言ってるけど、それっていつ終わるんだ?」
天の川「いつでしょ~?」と無邪気に笑い、秒針音を繰り返すばかり。
「もしかして、チッチッって言いたかっただけなのか?
まあいいや、こっちも選び終わったぞ」
俺は天の川から受け取ったお椀で、選んだアイテムを伏せて机に置く。
机の上には10個のお椀が並んでいて、なんだか奇妙な光景だった。
「ファースト・セットアップはこれで完了ってわけか」
「うん! それじゃあいよいよゲーム開始だよ! 先攻後攻じゃんけんぽん!」
いきなりジャンケンが始まったが、リアライズな俺は遅れることなく手を出し、しかも勝利した。
「くっ……! さすがは善人くん、ジャンケンも強いだなんて……。
じゃあ善人くんの先攻ね。わたしの所からお椀を選んで」
俺は迷うことなく、俺から向かっていちばん左にあるお椀を指さす。
初手はあれこれ悩むよりもスピードを重視するほうが、ゲームのペースを掴めるんだ。
俺はあくまで沈着だったが、天の川は子供のようにはしゃいでいる。
「これだね! なにがでるかな? なにがでるかな? ……じゃじゃーんっ!」
もったいつけるような歌の後、パッとお椀が持ち上げられる。
そこには、黒いシャーペンがぽつんとあった。
「なんだ、思った以上に無難というか、たいしたことのないチョイスだな。
末端価格で1億はくだらないブツとか、名前を書かれると死ぬノートとかを選ぶかと思ったのに」
「1億のブツ? そんなの入ってなかったよ? なんかクラスメイトの子たちの名前が書いたノートみたいなのは入ってたけど……」
え、マジ? 家に置いてきたはずなのに。
俺が人知れず背中に汗をかいていると、天の川はシャーペンを手に取って立ち上がる。
そして俺のところまでやってきて、何を思ったのか俺の膝の上にちょこんと座った。
プリーツの入ったチェックのスカートごしの、柔らかな感触。
緩やかにウェーブのかかったロングヘアが、俺の目の前でふんわりと揺れている。
かつて俺を狂わせたリンスの香りがいっぱいに広がり、俺は「ファッ!?」とへんな声をあげていた。
「なっ、なにを……!?」
「なにをって、善人くんが選んだアイテムを使わせてもらうんだよ。
ほら、わたしの手をとって、わたしにシャーペンを使わせて」
つ……使わせるって、そういう意味なの!?
俺、女の手に触れるのって初めてなんですけど!? っていうか、ネコ以外に膝に乗られたのも初めてなんですけど!?
「使わせられなかったら善人くんの負けだよ。ほらほら、早く早く」
膝に乗ったまま、挑発的にお尻をフリフリする天の川。
その揺れの何倍も、俺の心はゆさぶられていた。
よ……余裕かましやがって! こんのぉぉぉ~~~!
普段からこんなビッチな遊びをしてるヤツに、負けてたまるか!
俺は自分で自分を奮い立たせると、シャーペンを持っている天の川の手を、上から包み込むように握りしめる。
彼女の手は細くて小さいのに、やわらかくてとてもすべすべ。
触れた瞬間、天の川は肩をピクンと震わせ、太ももをピッタリと閉じる。
そのナチュラルな反応を、俺は見逃さなかった。
なんか余裕ぶってたけど、もしかして天の川も初めてなのか……?
天の川は後れ毛を揺らし、チラと俺を見る。
「えへへ、善人くんの手って、おおきくてあったかいんだね……」
そのはにかみ笑顔は、俺の心臓にマグナム弾を撃ち込んだような衝撃を与えていた。
俺はストッピング・パワーを殺しきれず、バランスを崩して椅子ごと後ろに倒れ込んでしまう。
膝の上にいた天の川も巻き込まれ、「きゃあっ!?」とよろめく。
俺はとっさに、天の川だけはケガさせてなるものかと、彼女の腰を抱き寄せてかばった。
ズダアンと大きな音が、ふたりっきりの教室に響き渡る。
窓から抉るように差し込む夕日、四角く切り取られたオレンジの光のなかに、俺たちは倒れていた。
「だ……大丈夫!? 善人くん!?」
俺のワイシャツの胸のあたりをギュッと握り閉めたまま、心配そうな顔で覗き込んでくる天の川。
なんだかデジャヴのような光景だったが、その距離は昨日よりだいぶ近いような気がする。
でもその時の俺は、のしかかる柔らかさに気付く余裕もなく、すっかり目を回していた。
「ま……まいり……まし……た……」
善井善人 0勝 2敗
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