第3話
ゲーム01 ポッキーゲーム
「ポッキーゲーム……だとっ!?」
……ざわっ!
平静を取り戻しつつあった俺の心が、再び波打った。
ポッキーゲーム。
それは1本のポッキーを咥えあい、交互に両端から食べあって、先に口を離したほうが負けというゲームだ。
どちらも譲らぬ場合は、両者の唇が触れ合うことになる。
別名、カップルゲームと呼ばれるもの……!
リア充とかいう、愚民の筆頭どもがワーキャー言いながらやる、実に下らない頭カラッポのクソゲーだ……!
この俺にとってはこの世でいちばん縁がなく、また穢らわしいと思っているゲームだ。
そうか、わかったぞ……!
天の川は、取り巻きどもから俺がぼっち……じゃなかった、孤高の北風であることを聞いて、これなら勝てると思ったんだ……!
それにリア充グループの天の川なら、ポッキーゲームなんて連れション感覚でやってるに違いない……!
ゲームの準備を忘れてたというのは、カップルゲームを仕掛けるためのフェイク……!
終電を逃したフリをして男の家に転がり込むような、とんだクソビッチだったってわけか……!
くそぉぉぉぉっ……! 男心を弄びやがってぇ! スパチャした金返せ!
だが俺は、渦巻く思いをなにひとつ顔に出さなかった。
俺はこれ以上舐められてたまるものかと、ポッキーゲームガチ勢を装う。
「この俺も、舐められたもんだな……。
だがいいだろう、俺がファースト・セットアップだ」
「なにそれ」と天の川。
「俺が先にポッキーを咥えるって意味だ。さぁ、ポッキーをもらおうか」
「いいよ、はい」
天の川はなんの疑いもなさそうな顔で、パッケージから取り出したポッキーを1本渡してくる。
……かかった……!
彼女はいままで、おままごとのようなポッキーゲームしかやったことが無かったのだろう。
このゲームにおいて、もっとも大事なファースト・セットアップ権を、あっさり譲るとは。
……とんだ見込み違いだったな!
この俺はとっくの昔に、ポッキーゲームなど経験済みよ!
ミーちゃん(飼いネコ)と、スティックジャーキーで何度もやったことがあるんだっ!
すでに俺は、ポッキーゲーム必勝法を編み出していたんだよっ!
見るがいい! そして、怖れおののくがいいっ!
……ズバァァァァァァーーーーーーンッ!!
「そ、それは……!?」
ファースト・セットアップを終えた俺を見た天の川は、面白いようにうろたえていた。
このゲームにおける必勝法、それは……。
ポッキーを深く口に入れ、チョコがコーティングされていない、持つところだけを口から出す……!
これだけ短ければ、初手で唇が触れ合う覚悟をしなければ、反対側を咥えるのは不可能……!
……どうだ……! これが俺の編み出した必殺技『キッス・オア・ルーズ』だ……!
ちなみにこの技をうちのネコにやった時は、ばりくそ顔を引っ掻かれた。
俺はおちょぼ口で、天の川に挑発的な視線を向ける。
天の川は「くっ……!」と歯噛みをしていた。
「ジャスティス・ファイター……! いいえ、善人くん……!
すっかり忘れていたわ……! あなたは勝つためなら、チート以外のどんな卑怯な手も使う人だって……!
どのゲームでも、よくそんな事を思いつくなって技で、ずっと負かされてきた……!」
自分ではまるで意識がないのだが、俺は「絡め手」というやつが得意らしい。
しかしいくら卑怯と言われても、勝てばいいと思っている。
それで思いだしたのだが、天の川はどのゲームにおいても俺の対極をいく、正々堂々としたプレイスタイルだった。
いまも俺は、悪の権化であるかのように唇を歪めている。
正義の天の川は、生きたまま腸を断たれているように顔を歪めている。
彼女はやがて「うんっ」と大きく頷いた。
てっきり「負けました!」と敗北宣言をするのかと思いきや、天の川は机に手をついて身を乗り出し、顔を近づけてくる。
……え? と思う間もなく、アイドルのキス顔が目の前にあった。
間近で見るトップアイドルの顔は、瞬きも忘れるほどに美しかった。
きめ細やかな肌、閉じた瞼は桜貝のようで、長い睫毛が濡れたように光っている。
そしてなによりも俺の呼吸を止めたのは、薄ピンクの唇。
その果実のようにうるるんとしたそれが、吐息を感じるほどに近くにある。
吐息が顔にかかり、前髪が揺れ、リンスのいい香りがあたりに広がった。
それはヤバいくらいいい匂いで、俺は一瞬にして夢見心地になる。
紗がかかったようにぼやけていく俺の視界は、彼女でいっぱいになっていく。
その美しさはもはや万華鏡のようだったが、鼻先にこつんと当たった感触で、これが夢でないことがわった。
「……善人くんっ……!」
そのすがるような甘やかな声に耳をくすぐられ、俺は一気に現実に引き戻される。
椅子に座ったまま「うわあっ!?」と飛び退いてしまい、バランスを崩して後ろにバターンと倒れてしまった。
天の川はびっくりして、俺に駆け寄る。
「だ……大丈夫!? 善人くん!?」
「ま……まいり……まし……た……」
それは俺が、生まれて初めて口にした敗北宣言。
クラスメイトからボコボコにされたときには1億回くらい叫んでたような気もするけど、この1回はそれらよりもずっと重い、心の底から宣言だった。
俺を覗き込む天の川の目はぱちくりしていたけど、やがてその意味がわかったのか、
「やっ……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
両膝を床につき、両の拳をこれでもかと天に掲げる渾身のガッツポーズを見せる。
その様はさながら、ワールドカップの決勝で、優勝のゴールを決めた選手のように感極まっていた。
「勝った勝った、勝っちゃったぁぁぁぁーーーーーーっ!!
は、初めて、初めて善人くんに勝っちゃったぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!
嬉しい嬉しい嬉しい! 嬉しぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
天の川は、俺から初勝利をもぎ取ったのがよほど嬉しかったのだろう。
まるで虹を掴んだかのように身体を抱き、絶叫とともに部屋の床をゴロゴロと転げ回っていた。
善井善人 0勝 1敗
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