第2話

いいスポーツ同好会 


 俺は放課後になると、いつもなら終業のチャイムが鳴るなりカバンを手に教室を出る。

 しかし今日だけは、敢えて教室に残った。


 なぜならば、果たし状の仕掛け人どもに「行かないの!?」みたいな驚きを与えるためだ。

 きっとヤツらはこう思っていることだろう、「さすがは北風、思い通りにはならないのか……!?」と。


 実を言うとこのまま帰ってやってもよかったのだが、それはちょっと可哀想すぎる。

 俺は教室でスマホゲーなどを遊んで少しだけ時間を潰したあと、教室を出る。

 そのまま昇降口に行くと見せかけたフェイントなどをかましつつ、真逆の方角へと足を向けた。


 第三準備室は、俺がいまいる本館と呼ばれる校舎から、渡り廊下で繋がった新館にある。

 新館には準備室と呼ばれる、物置と化した教室のほかに、理科室や音楽室、文化系の部室などがあるんだ。


 部活に向かう愚民や、足早に帰宅する愚民どもを横目に廊下を歩く。

 ヤツらが通り過ぎるたび、「さぁ、どんなサプライズを仕掛けてくる……!?」とチラチラと様子を伺ったが、特になにもなかった。


 そしてたどり着いた第三準備室。

 教室の扉には果たし状と同じ筆跡で、『いいスポーツ同好会』と張り紙があった。


 ……いいスポーツってなんだ? もしかして『eスポーツ』のことか? ここで合ってるのか?


 風来坊キャラだった頃は、着替え中の女子更衣室に入ったりして「秘密の花園にも風は吹くのさ」なんて言ったりしていた。

 そのあと両親を呼び出されて死ぬほど怒られたけど、まさかそっち系の罠じゃないよな?


 俺はちょっとだけ悩んだが、せっかくここまで来たのだからと、思いきって扉を開けて教室の中を覗いてみた。


 室内は薄暗く、がらんとしていて、真ん中に机がひとつぽつんとあるのみ。

 オレンジ色の光がうっすらと差し込んでくる窓を背に、ひとりの女生徒が机の前で腕を組んでいた。


「お前は、天の川……?」


 それはまぎれもなく、あのアイドルだった。

 彼女は遠くにいても、暗いところにいてもオーラがあるのでひと目でわかる。


 彼女はわずかに顔を傾け、俺のほうを見ると、


「座って」


 クラスで見せる明るい声とは真逆の、重苦しい声で言った。


 有無を言わせぬその一言。

 俺はこれが、なに系のなんなのかとインテリジェンスを働かせたが、なにも思い当たらなかった。

 仕方なく言われるがままに、彼女の前にあるイスに座る。


 彼女をこんな近くで見るのは初めてのことだった。

 いつもは大勢のファンネルがいて、横を通り過ぎることもできないからな。


 というか、女子とこんなに接近したの、本当に久しぶりだと思う。

 俺のまわりの席には体育会系のガタイのいい男子が配置されているから、なおさら新鮮に感じる。


 ガラにもなく緊張していると、目の前にいる等身大のアイドルが、ゆっくりと口を開く。


「逃げ出さなかったことだけは褒めてあげる、善井よしい善人よしとくん。

 いや、ジャスティス・ファイター……!」


 それは思いも寄らぬ一言だった。

 誰も知らないはずの秘密を知られてしまったように、俺の心がざわりとする。


「どうして俺の、ゲーム用のID名を知ってるんだ?」


 俺はヒマつぶしとしてゲームをよくやるんだが、ゲーム中に付けるID名は統一していて、それが『ジャスティス・ファイター』なんだ。

 由来は言うまでもなく、俺の名前をもじったもの。


 天の川は俺の問いには答えない。

 足元に置いてあったカバンから一冊の手帳を取り出し、俺に突きつけてきた。


 見開きのページのタイトル部分には『ジャスティス・ファイターさんとの対戦記録』とある。

 その下には、かつて俺が遊んでいたゲーム名と、泣いている顔文字のシールがびっしりと張り巡らされていた。


「これは……?」


 顔文字のシールはかわいらしかったが、ここまでおびただしい数があるとさすがに不気味だった。

 人知れず息を飲む俺に、親の仇を見つけたような怖い顔で睨んでくる天の川。


「わからないなんて言わせないよ!

 これは、わたしがあなたと勝負したゲームの記録だよ! ぜんぶで、9841戦!」


 俺は思わず、驚きの声をあげていた。


「そんなに俺と対戦していただなんて、ウソだろ!?」


 エンジェルボイスのメンバーは、みな何がしかのオタクであるのを売りにしてる。

 天の川は『ゲームオタク』と『コスプレオタク』。


 彼女はゲームにとても造詣が深く、俺が生まれる前からあるようなゲームにも詳しい。

 腕前のほうもかなりのものらしく、よくイベントとかでファンと対戦しているそうだ。


 あ、いや、俺はアイドルになんて興味はない。

 この知識は、エンジェルボイスの公式サイトを偶然見かけただけで……。


 ……白状しよう。

 その時の流れで、エンジェルボイスのオンラインイベントに参加したことがある。

 そこで俺は、彼女とあるゲームで対戦した。


 そしてたぶん俺が買ったと思う。いや、たぶんじゃなくて、ハッキリ覚えてる。

 ゲームに自信のあるアイドルに勝ったのが嬉しくて、死体撃ちや屈伸運動をしまくって、めちゃくちゃアオリ倒した記憶がある。


 そのとき彼女は泣きだしてしまって、オンラインイベントはそこで中止となった。

 俺はその時のことを口にする。


「俺と天の川がゲームで対戦したのって、ファンイベントの時の1回だけのはずじゃ……?」


「それは、いちばん最初の勝負でしょう!?

 わたしはあの勝負で負けるまでずっと、いちどもゲームで負けたことが無かったんだから!

 あの時はもう、悔しくて、悔しくて……! 夜も眠れなかったんだよ!」


 天の川はその時の敗北を思いだしたのか、突きつけた手帳のページがシワになるほどに手に力を込めていた。


「それからわたしは、いろんなゲームであなたのIDを探しまわって、練習して、あなたに挑んだ!

 でも、でもっ、一度も勝てなかった! 9841戦しても、1回もっ!

 今日のお昼休みもランキングバトルを挑んだのに、勝てなかった!」


「あ、あれ、お前だったのか」


 そういえば俺は、ゲームだけはそれなりに得意なんだよな。

 というか「あやとりとか、非生産的なことだけはうまいな、のび太かよ」と家族からも言われるほどだった。


 なんにしても、『はたし状』の意味がこれでわかった。

 アイドルを前にプチ緊張していたけど、謎が解けるとだいぶ落ち着いてきたような気がする。


 俺は風が鳴るようにヒュウと口笛を吹いた。


「俺とゲームがしたくて、こんな所まで呼び出したってわけか。

 でも、せっかくここまで吹いてきたんだから、1回くらいは付き合ってやるよ。

 で、なんのゲームをしてほしいんだ? ここにはゲーム機らしきものは無いようだが?」


 指摘すると、天の川は「しまった」みたいな表情をする。

 ポーカーフェイスの俺と違って、彼女は考えていることがすぐ顔に出るようだ。


「あ……あなたとどうやって勝負するかばっかり考えてて、ゲームの準備をすっかり忘れてた……」


 天の川は眉根を寄せて、ムム……と思案顔になる。

 少しして電球が灯ったみたいに顔を明るくすると、足元に置いてあったカバンからあるものを取りだす。


 バッ、と掲げられたそれは、お菓子のポッキーだった。

 彼女は決然と告げる。


「ポッキーゲームで勝負だよ!」

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