番外編3.教科書を作りました

 この学院は、一度入学さえしてしまえば卒業までエスカレーター式で進級できる。大学院への進級も希望さえすれば無条件だ。

 そのため、中学院3年生が大学受験の為に必死に勉強する、ということがない。ただし、大学院を卒業するためには卒業試験にパスする必要があり、卒業試験で合格できなければ何年大学院で学んでも中学院卒業程度の卒業証書しかもらえない仕組みだ。大学院生活にかけた時間数を無駄にしないために、大学院生は実に真面目に学生生活を送ることになる。


 俺たち『隠し爪』メンバーもまた、大学院へ全員同じように進んでいた。専門学科はそれぞれバラバラなので、教養教科以外では教室で顔を合わせることもないけれど、それぞれ上手くやっているらしい。

 俺は魔道具技師を目指すべく工学科に進んだ。正式に魔道具技師のラス爺さんに弟子入りして、ペンダント型以外にも多様な魔道具を生み出し中である。工学科では町工房では扱わない大型機器や精密機器の勉強をメインにしている。どちらも手を抜けないが、それだけに充実した日々だ。

 正式に国から魔法師と認められたエリアスは魔法学科に進んでいて、現在の歪んだ魔法学を超古代文明時代の水準に戻す取り組みに取りかかっているそうだ。考古学科と協力して、発掘されている古代の文献から引用する形で新しい魔法学の教科書を作りたいんだって。リョー兄ちゃんからもらった教科書を再現するんだとか。俺が提供を拒んだのが原因なのかと聞いたら、リョー兄ちゃんの塔を公共に公開しないなら元ネタが示せないのだから、別の切り口から横槍の入らない方法で新しく作らないと意味がない、のだそうで。

 中学院を卒業したタイミングで正式にパーティーに加入したニコさんとヘリーは、現在婚約者同士の間柄になっている。いい加減にはっきりしろ、とキレたエイダによって引導を渡された形だった。そのエイダとニコさんは行政府職員に就職を見越して政治経済学科へ、ヘリーは医学科に進んだ。こちらは順当な進路なのだろうと思う。

 順当じゃないのはドイトだ。何故考古学科。レイン教授の影響なのは疑う余地がない。


 そんなわけで、図書館の個室を1室借りて、週に1度集まって教科書編纂をしていた。主導はもちろん、言い出しっぺなエリアス。考古学の見地から必要な資料を見繕って引用箇所の洗い出しを担当するのがドイトで、俺は執筆された教科書の文面に校正を入れるのが役目である。

 日々自宅でリョー兄ちゃんの蔵書に目を通している分、今のところまだ俺の方が古代魔法の知識量では先をいっているらしい。時折、そこはちょっと違う、と指摘するところがあるので、多分役に立ててるんじゃないかと思う。


「で、条件分岐を示すのがこの三角矢印……?」


「三角矢印は実行順指定な。条件分岐は階層」


「でも、この矢印は条件分岐を示してない?」


「ないよ。これ、ループ。矢印の向きが上階層行きだろ?」


「るーぷ、とは」


「え。あー、言葉が伝わってない? えーと。繰り返し?」


 魔法の概念から始まった教科書の単元は現在魔法陣の構造説明に進んでいる。

 魔法陣というのは、複数階層の多重円を基本に、同一階層を同面積で示した中央から外へ進む道筋の手続き型プログラムみたいな構造だ。

 中央に属性を、ひとつ外側の層に形状や範囲、数量など、条件によって挙動が異なるならさらに外層を足して指定する。攻撃魔法なら大体二重で済むものだ。


 例えば、炎の矢という魔法陣。中央には炎という属性を指定する。外側には、矢という形状、大きさ、飛ばす方向と距離、速さ発動していられる時間などを指定する。

 自動発動みたいな仕組みを組み込むならさらに外側に層を追加して発動条件を判定する仕組みを組み込む。まぁ、攻撃魔法なら即実行が普通だからここまですることはまずない。


 魔法陣開発はセンスも必要だ。何しろ、円形の中に効率良く配置しないと、起動しなかったり使用魔素量の割に効果がしょぼくなったりする。俺が魔法陣を書けるのは、リョー兄ちゃんによって鍛えられていたセンスによるものだったようで、エリアスでも未だにコツが掴めていない程度には難しいらしい。

 いきなり円形に挑戦しないで、まずは設計書に必要要件を書き出してフローチャートを起こしてみるところから始めたら良いのだけど、この世界にはまだフローチャートの概念が無いんだよなぁ。この魔法陣構築プロセス、俺の卒論にしちゃおうかな。地球からの持ち込みだけど。


「魔法陣構築の教科書そのものが遺跡から出土したりしてくれないかなぁ」


「そんなものあったら、今こうして教科書作る意味も無くね?」


「だよねぇ」


 理解が足りていない分野だからどうやって編集したらいいのかもまとめきれないようで、エリアスが弱音を吐いている。珍しい。

 行き詰まっているエリアスが自分で再起動してくれるまで手が出せないので、俺は文献を探しに行ったドイトを手伝いに古代語書籍書架へ向かうことにした。


 中学院時代に読み漁ったおかげで、どこに何がかかれているかある程度把握してるし。そもそも、ここの書架を書籍分類に分けて整理したのも俺だし。

 司書さん方には古代語書籍のヌシ扱いされている。翻訳魔道具もだいぶ普及してきているし、大学図書館司書には必須アイテムとして確立したはずなんだけどね。


「あ、リツ。良いところに。表意文字の成り立ちが書かれた資料って無かった?」


 何やら探し物らしく書架を舐めるように見回していたドイトが振り返って、そんな風に聞いてくる。この古代語書籍書架のインデックス扱いなんだが。いや、分かるけどね。自室の本棚並みに把握してはいるけどさ。


「えー。んー。いや、ここには無いな。別の国の大学図書館の蔵書だったろ、それ。前の単元のネタだけど、見直し?」


「いや、俺の研究課題にしようと思って。探して複写版取り寄せるか」


「そうしな。どこだっけな、サイルーあたりじゃ無かったかな」


 サイルーティルディア王国、という名前だけ知っている国の国立図書館で古代語書籍の遠隔閲覧という新しい試みがあって、試しに覗いてみたところにあった気がするんだよね、象形文字。端末で見た気がする。

 あぁ、あれか、と思い出したような反応をするドイトが古代語書架を出て行った。図書館に備え付けの端末を見に行くのだろう。代わりに俺がここに居座って、読書という名の暇つぶしだ。エリアスが気を取り直して探しに来るまで、一休みしよう。



  ※



 これは、5年後には古代魔法復興の先駆けと呼ばれることになるエリアスも、そのきっかけとなった教科書編纂には大変な苦労をしていたんだよ、というお話だ。


「いやいや、だから、古代魔法復興の足掛かり第一人者はリツだろ、ってば」


 なんか悪足掻きしてるけど、聞こえない聞こえない。俺はどこにでもいる街の魔道具職人ですよ、っと。

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召喚された異世界は剣と魔法の近現代 樹山浬乃 @rino-kiyama

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