番外編2.見てる方がもどかしいです

 管理森林エリアの魔物分布が元に戻ったとして立ち入り制限が解除されたのは、大山脈が雪を被るようになって1ヵ月も経った晩秋のことだった。

 延期されていた2年生後期から始まる戦闘訓練の実習も来週から開始されるということで、俺たちはその前の週末である今日から管理森林エリアでの狩りに戻ってきた。交通費の節約は狩り場を選ぶ大事な判断要素なのだ。


 管理森林エリアでの狩りを再開する初日の今日。学生パーティー『隠し爪』は特別ゲストをお迎えしていた。


「急に頼んでしまってすまないね。今日はよろしく」


 金髪碧眼高身長の美青年、学園のアイドル、中学院学生会長。ニコルさんである。

 聞くところによると、ここ1年ほどは学生会の仕事で忙しくてご無沙汰だそうだが、もともと『隠し爪』の臨時メンバーで、パーティー名の命名もニコルさんだそうだ。任期満了で少し暇が出来たので肩慣らしに参加表明となったらしい。なぜ学年が違うのにこちらに参加するのかといえば、まぁ、エイダの伝手だよね。


「さて、ニコルさんをお迎えするに当たって、解決すべき問題があります」


「配置、だよね? リツくんと役割が同じ」


 そう、そこ。問題提起のエリアスが神妙な様子で重々しく頷いた。ポーズだけどな。そんな深刻な問題ではない。


「俺の位置にニコルさん入ってもらって、俺は後ろ行こうか」


「魔法の練習?」


「書き置き魔法陣のテストだねぇ」


 最近、あらかじめ特殊なインクでノートに書き込んでおいた魔法陣を起動する方法で魔石を使って魔法陣魔法が使えないか研究中なのだ。体内魔素がない俺が魔法を使う工夫ってヤツ。

 岩絵の具の要領で魔石を使ったインクを作ってみたんだよね。日本にいた頃、高校の美術の授業で実際に作ってみる機会があったんだけど、あの授業は貴重な機会だった。超役に立ってる。


 位置が変わっても俺にはそれが無駄にならないと理解してくれたニコルさんが納得したので、その並び順で奥に進むことになった。

 なお、俺はこれが2回目の管理森林行きだ。この先の森が無くなるよりずっと上の標高までなら行ったけどな。一番後ろから着いていくこの並び順は地理に疎い俺には助かる配置です。


 前回、熊が出てきた辺りを何事もなく通過し、しばらく進む。と、今まではなかった獣道があったりちらほらと灌木が見えたりと、自然な植栽環境にいつの間にか変わった。管理森林エリアを抜けたということかな。


「右にボア大小5、左はディア種3、前方ちょっと遠いけど狼いるな。どうする?」


「ボア行こう。リツ、鹿頼めるか?」


「了解」


 突進力強い方に全力注いで、攻撃したら逃げそうな方にダメ元を割り振ったらしい。

 ま、逃がす気は無い。鹿肉は癖も少なくて旨いから、ジビエとして好きな種類だ。


 書きためておいた魔法陣ノートから目的の魔法陣を探し出して、起動魔法陣シートを挟んで魔石ブレスレットを当てる。パシッと空気の層を叩く音が出た。同時に別の獲物を近場で狙うなら、区域分けた方が良いだろうから。見えないが、壁を立ててみた。視覚は通るが、殺気やら魔法やらは通さない壁だ。


「行ってくる」


 足元に背負っていたエアスケボーを落として、すいっと空に浮いた。仲間たちに補助魔術をかけ終えたヘリーがヒラヒラと手を振ってくれた。


 木々の影に隠れて、50メートルほど向こうに鹿の群れがいた。エイダの見立て通り、3頭。

 インベントリから投網魔道具を取り出して、中央にいる一番大きな1頭に向けて投げる。と同時に右のもう1頭に突っ込んだ。左のやつは途中の木が邪魔だったんだよ。

 驚いてもがいた中央の鹿に網が絡む。突っ込んだ勢いで首をハネた1頭が膝を折って倒れ込み、左のやつには跳ねるように逃げられた。まぁ、3頭一度に仕留めるのは無理だよな。


 もがけばもがくほど絡まるのが網というもので、複雑に伸びた角と細い足に網目が絡まっていく。角を掴んで身体を抑え込んでみたが、俺の力負けでどうにもならず。

 頭蓋骨貫通できるほど俺の刀もどきは強くないので、インベントリからリョー兄ちゃんが遺してくれていた大太刀を出して、額から突き刺した。さすがオリハルコン。硬い頭蓋骨もスルッと通って首裏に貫通した。

 ビクッと痙攣した鹿はそのまま息を引き取った。


 絡まりまくった網を外していると、境界にしていた壁の魔法が時間切れで解けたようで、向こうの音が聞こえるようになった。暴れ猪5頭はなかなか厳しいのか、まだバタバタ戦闘中だ。


 壁が解けたことで前方にいると言われていた狼にも気づかれたようで、向こうから複数の足音と息遣いが近づいてきていた。


「狼が来るぞ!」


 とりあえず鹿はここに放置して、放り出してあったエアスケボーに飛び乗り向かう。が、狼の方が速いか?


「『壁』っ!」


 エリアスがとっさに立てた透明な壁に狼が次々突っ込んで弾き返される。が、向こうは野生の狼、身軽なのだ。すぐに体勢を立て直してしまう。

 弾き返してくれたおかげで俺も追いついたけど。


「ドイトはそのままボアを押さえて! エイダ! 狼頼んだ!」


「おう!」


 襲ってきた狼は10頭以上いるように見える。エイダの機械弩が放つボルトが次々刺さるが、魔物相手だと致命傷には程遠く。俺も、大太刀じゃ重すぎて振り回せないから、刀もどきに入れ替えだ。こっちなら軽い。軽いから叩き潰す力は無いんだけどな。


「もういっちょ『壁』っ! リツ、どいて!!」


「あいよっ」


 エリアスの指示を受けて、刀を大薙ぎに振って上空に宙返りする。エリアスの張った壁が接敵していた狼を跳ね返す。味方のいなくなった狼の群れに、エリアスの大技が炸裂した。


「『雷嵐』!!」


 バチバチッと大きな音を立てて空気中に無数の雷が走る。範囲内の狼たちが何度も雷に打たれて空気中に弾き上げられ身体を痺れさせた。

 その範囲外に外れていたのか、狼の群れの後ろから脇を抜けてくる灰色の弾丸があった。


「ヤバッ」

「はずした!?」


「ヘラっ!!」


 宙返りから体勢が戻っていない俺と魔法行使直後でとっさに動けないエリアスの声に、聞き慣れない声が被った。


 後衛の位置として最後尾にいて杖を構えていたヘリーに、金髪の男の身体が覆い被さる。ってか、守らないで弾いてくれ、ニコルさん。


 ニコルさんの突き出した二の腕に噛み付いた狼が頭を振って咬み千切ろうとするのを、追いついた俺の刀が叩き斬った。

 着地する俺の足音以外の音が消えた。


 どうと倒れる狼につられてニコルさんも膝をつき、呻き声があがる。

 覆い被さられたヘリーも一緒にそこに座り込んでしまって、すぐそばの呻き声にはっと顔を上げた。


「うそっ! ニコ!?」


「う、いや、大丈夫。咬まれただけだ」


「ばい菌入るから早く手当てしてくれなー。獲物の回収して休憩ー」


 パンパンとエリアスが手を叩いた。パニクるヘリーと負傷者のニコルさんはエリアスの判断では放置らしい。まぁ、戦闘終了しているし、命にかかわる怪我ではなさそうだし、ヘリーの治療魔術なら傷痕も残さず治るだろうしな。リーダーの判断に任せよう。


「こっち障壁で囲っちゃって。鹿に網絡まってて時間かかる」


「了解ー。えーと、こうだっけ。『障壁』」


 俺がさっき魔石で起動したのと同じ魔法陣でエリアスが透明な壁を作る。体内魔素のない俺は素通りだ。


 それにしても。ニコルさんとヘリーってどういう関係なんだろう。他のみんなとは違う略名で呼び合うとか、特別感満載なんだが。ヘリーが片想いしているのは聞いていたけど、成就したとは聞いてなかったし。週末はいつも狩りに同行していたヘリーの行動は彼氏がいるものとは思えなかった。

 そのうちわかると言われたお相手だけは、今分かったけど。あれが片想いなら、両片想いだろ。さっさとくっついちゃえ。


 ようやく網を外して、鹿の死骸を狙って現れた狐だかハイエナだかも始末して獲物に追加して、いったんインベントリにしまって戻ると、回収した獲物の解体が始まっていた。

 エリアスの障壁は俺より優秀で、エリアスが解除するまで設置したままでおけるし、臭いまで遮断する優れものなのだ。だから、森の中でのんきに解体していても他の魔物を呼び寄せたりしない。

 そこに俺が回収してきた鹿とイヌ科の魔物を追加して、みんなで手分けしての解体大会になった。

 魔術を時折かけて血を除去してくれるヘリーは、とりあえずニコルさんのそばから少し離れてくれないかな。どう見ても出来立てカップルなふたりの甘い空気が目に余る。


「信じられるか? あれで付き合ってないんだぞ」


「え。今ちょうどキッカケあったじゃん」


「な。あれで進展しないとか、どうすりゃ良いんだ」


 やれやれと疲れたため息のエイダとドイト。本人たちより気を揉んでいるようだ。エリアスを見習って放置で良い気がするけど。


「身分の問題は?」


「ヘリーも血筋は良いんだぜ。あれで王族の血が入ってる」


「羊農家の娘だった気が」


「農家なんてどこかしらで貴族の血が入ってるぜ。じゃなきゃ、広大な農地が守れないからな」


 なるほど。魔物が蔓延るこの世界ならではの事情だった。ここでは農家は権力者が護衛を抱えて営む商売であるらしい。爵位を継げない次男以降が平民落ちする身分制度だから、血筋を辿ると貴族にたどり着く平民なんて案外珍しくない、という事情もあるか。


「ヘリーの場合、曾祖母が王家の姫様で、その三男が実家の伯爵家から支援をもらって羊農家始めたってところだから、ニコルより血筋は良いかも。ソノアーラ侯爵家はここしばらく王家との婚姻関係がない」


 それでも平民ではあるため、結婚するのであれば爵家の養子に入る必要があるそうだが、主家筋の伯爵家でも断らないだろうとのことで。

 身分の障害はない、ってことだな。ならばなおさら。


「くっついちゃえば良いのに」


「だろ?」

「だよな」


 うんうん、とエイダとドイトが頷いた。ヘリー改造計画にあんなに乗り気だった裏事情が、こういうことだったようだ。


 売れる素材と売れないゴミに分けて、売れない方を燃やして燃え滓を土に埋めると、しばらく休憩。身体をはる仕事だから、休めるときにはしっかり休まないとな。

 その休憩ついでにちょっと早い昼食なのだが。隣同士に座ったヘリーとニコルさんは、それぞれの弁当の中身を交換しあったり見つめ合ったりとふたりの世界に行きっぱなしだった。

 ほんと、もう、なんでこれで付き合ってないの。婚約者だって言われても違和感ないよ。


「お互い初恋らしいからねぇ。初々しいのは仕方ないんじゃない?」


「初々しいどころか熟年夫婦だろ、あれ」


 完全他人事なエリアス評に、思わずつっこんだ俺でした。

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