番外編

番外編1.異世界のお兄ちゃんとお友だちになりました

コレクションでまとめてあった別作品扱いだった短編をこちらに移動しました。

リツがまだ地球にいた頃のお話です。

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 あれは小学校の1年生の頃だ。

 まだ遊びの延長だった祖父の道場での稽古の合間で、稽古場が暑かったから日陰になっている裏手に回って涼んでいた。そこに現れたのが、彼だった。

 何もない庭の真ん中に突然足から生えてきて、ビックリしたのを覚えている。ビックリしすぎて大慌てで祖父を呼んだものだ。


 彼は、簡素な服にローブを身につけ、グニグニの瘤に宝石を嵌め込んだ杖を持った、俺が思う典型的な魔法使いだった。ビックリしている俺を見つけて、嬉しそうに破顔したその顔が印象的だった。


 俺に呼ばれて駆けつけてきた祖父に誰何された彼は、杖を背後に隠し反対の手を胸に当てて会釈した。


「はじめてお目にかかります。私は名をリョーテエイデルアンデリアと申します。エンカルド皇国ライナ辺境地に居を構えます魔法師でございます。言葉はあなた様方の思考にお邪魔して翻訳しておりますが、伝わっておりましょうか」


 長いカタカナの名前も耳慣れない国の名前も、俺や祖父にはさっぱりわからないことだらけだった。だが、その丁寧な物腰から彼を受け入れる判断をした祖父は、そんな彼に部屋をひとつ貸して滞在の許可を与えた。

 その日から、彼は俺の遊び相手を帰還するその日まで務めてくれた。


 正直、とても楽しい日々だった。

 彼にもこの世界は目新しいものだらけだったようで、毎日楽しそうにあれこれ見て回っては仕組みを勉強していたと思う。

 彼の世界は、大きくなった今なら典型的なと評価を下せる、典型的なファンタジー世界だそうだ。トイレはまだ汲み取り式だったり、毎日お風呂に入る習慣がなかったり。上下水道の仕組みに感心していたし、馬がいらない車に感動していたし、車道と歩道が分離している道路事情に関心を寄せていたし。

 それに、魔物のいないこの世界を心底羨ましがっていた。文明の成長の妨げになっているのだと、寂しそうにしていたものだ。


 剣道場に居候していた関係もあって、この流派の剣術も学んでいた。魔物がいて頻繁に命の危機に晒される世界なのに、体系だった武術流派が全くないのだそうだ。合理的だと常々評していた。


 夏休みにもなれば俺も道場に入り浸りになって、彼と一緒に色々調べ回った。多分邪魔をしていただろうと思うのだが、彼は実に面倒見が良かった。

 その頃には俺は彼をリョー兄ちゃんと呼んで懐いていたから、夏の間はふたりがセット扱いだった。

 ちなみに、この年の夏休みの自由研究は地面の下の仕組みについて調べたことをまとめたレポートで、クラス最低評価の成績だった。工作ものの方が評価が高い先生だったらしい。今考えても、中学生でも通用する立派な研究レポートだったと思うんだけどな。


 この世界について満足するまで調査を終えたリョー兄ちゃんは、その後俺に魔法陣魔法を教えてくれた。魔素のないこの世界では発動しないただの模様だ。けど、手持ちの貴重な魔石を削って魔素の代わりにして見せてくれた、発動した魔法陣には感動したものだ。


「何でこの世界には魔素がないんだろう」


 そう、兄ちゃんに聞いてみたことがある。彼は少し考えて、ふわっと笑った。


「必要ないから、じゃないかな。リツくんはこの世界、危険だと思う?」


「うぅん。全然」


「だよねぇ。僕はこの安全な世界が羨ましいよ」


 まぁ、この国が特に安全すぎるってことみたいだけど、と苦笑いを挟んで。作業していた手を休めて、ぼんやり空を見上げていた。


「僕らの世界は、魔物がそこら中に跋扈した危険な世界だ。魔素というのはその魔物が他者から命を奪われて身体が崩れる時に空気中に吐き出されるものだといわれてる。魔物自身からもらった魔物に抗うためのエネルギー。それが魔素なんだ」


「じゃあ、魔物がいないから魔素がないの?」


「そういうことかもしれないね」


 おそらく、真相は神のみぞ知る領域なのだろう。彼の説明はその場で考えた答えで、でも俺には納得できたから全く間違いではないのだろうなと思う。


 彼は俺に魔法陣魔法を教えながら、この世界で得たインフラ知識を魔法陣で再現する方法を模索しながら日々を過ごしていた。

 そんな彼が自分の世界に帰っていったのは、俺の夏休みが終わる日だった。もしかしなくても、懐いた俺の休暇に付き合うつもりで滞在を伸ばしてくれていたのだと思う。

 当時は、帰るという兄ちゃんに泣いてすがりついて引き止めたものだ。


「ねぇ、リツくん。僕は帰ってしまうけど、次はリツくんが僕の世界に来てみない?」


「ふぇ、い、いいの?」


「うん。きっと招待するよ。でも、それは今ではない。教えた通り、僕の世界は危険だからね。リツくんが大きくなって、この道場でお稽古を頑張って魔物を倒せるくらい強くなったら。迎えに来よう」


「おっきくなって強くなったら?」


「そう。だから、お稽古はすごく頑張らなくちゃいけないよ。できるかな?」


「んっ! できる! ボク、強くなるよ! おっきくなって兄ちゃんを守ってあげる!!」


「ふふ。それはうれしいね」


 じゃあこれは約束の証だ、と腕に填められたのは、この世界ではふたつとない魔石を散りばめたブレスレット。ブカブカでずり落ちるから、中学生になるくらいまでアンクレットになっていたんだけどな。

 プレゼントに嬉しくなってはしゃいでいるうちに帰還の準備を終えていたらしい。砕いた魔石で描かれた魔法陣の上に立って、そこにしゃがんで俺に目線を合わせたリョー兄ちゃんが、最後にニコッと笑った。


「じゃあ、もう行くよ。リツくん、約束だよ」


「うん! 約束!」


「では、師範。お世話になりました」


「あぁ。またおいで」


 そうして、リョー兄ちゃんは元の世界に帰っていった。


 時は流れ高校2年生になった現在。俺はまだ地球にいる。

 異世界転移する未来がかなり現実的な立場なので、色々なパターンを想定するべく転生転移系ライトノベルを読み漁りつつ、剣術修行に邁進する日々だ。地球に帰ってこられないパターンの話が多いため、最悪を想定したりもするが、同じ読書傾向に嵌まった祖父はあっけらかんと笑うくらい。


「まぁ、帰ってこられなくなることも想定して、今のうちにしっかり親孝行しておくことじゃ。なに、後のことは儂に任せておけ」


 いや、頼もしいしありがたいけど、笑い事じゃないんだよ、爺さんや。

 それでもやっぱり、その時がきたら俺はリョー兄ちゃんに会いに行くんだろうな。そう思う。

 剣と魔法のファンタジー。楽しみだ。

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