79.ゲームもやってたんですね

『既にあるぞ』


 インベントリが欲しいと相談したドラさんの回答が、その一言だった。


 日が暮れたことも手伝ったか、スタンピードは夕食を終えた頃に治まった。緊急時なので手軽に食べられるサンドイッチメインのお弁当だったが、王城の厨房で作られた食事という付加価値もあって、大変美味だった。

 細かく崩してしまった魔石は、それでも使い道はしっかりあるので、一粒残らず回収されていった。片付けには俺たちも手伝って人海戦術だ。箒とチリトリが欲しかった。


 そんな感じで遅い時間まで活動していたため、塔に帰ってきたのも相応に遅かった。ドラさんは帰宅の遅い俺を心配してくれていて、塔の玄関前に陣取って待ち構えていたものだから、いつものように雑談しに出てきた俺はビックリしたものだ。

 遅くなった理由でもあるので今日の事件を一通り説明したところ、航空観測調査の協力に快く応じてくれた。もうひとつの俺の拠点が脅かされているなら、否やはない、だそうだ。可愛がってくれているのがよくわかるからちょっとくすぐったい。


 今日の出来事といえば、スタンピードともうひとつ、朝から考えていたインベントリの製作がある。俺の関心はこちらの方が比重が重い。

 今日のように突発的に事件があるなら、武装一式をしまっておける小さな物入れを常時携帯できたら良いと思う。普段から魔石を連ねたブレスレットをしているのだから、この一部をインベントリにできたら超便利だ。


 で、エリアスに勧められた通り、圧縮袋の原理をドラさんに教えてもらおうと思ったわけだ。


『その圧縮袋とやらは、おそらくガレルが再現できずに劣化品として作ったものではないかの。いんべんとりはやたらと高機能で難しいそうだ』


 なんでも、空間の狭間に固有空間を切り取ってこちらの物体をその形のまま移動し、複数入れれば自動で整頓して内容をリスト化し、取り出したいものを間違いなく取り出す、という大まかに3つの機能をまとめて1つの魔道具に組み込んだものだそうで、魔石の中に立体にした魔法陣を彫り込むという作り方がされているらしい。

 いや、魔法陣を立体化って。しかも魔石の内側に彫るって。どうやったんだ、リョー兄ちゃん。もしかして同じくやたら高機能な携帯端末もその手法だろうか。


『そもそもリョーのやつは片付けというものが大の苦手での。放り込んでおけば勝手に整理してくれるなんて夢の道具箱だよ、などと浮かれておったわ。ニホンで見つけた術であるらしい』


「日本で?」


 いやいや。何をおっしゃるか。地球にはそんな便利道具はないぞ。質量保存の法則が破られたなんて聞いたことがない。つか、そんな発明があったら大騒ぎだ。

 けどな。言葉が通じてるんだよな、インベントリって。


「まさか、ゲームの機能を再現?」


『向こうでは非現実なのであろう? こちらならば可能であると、むしろ己が技術を駆使し可能にしてみせると息巻いておってな。作り上げたその晩はひとりで大宴会よ。それほどまでに大騒ぎしておるリョーを見たはあれきりよな』


 よっぽど嬉しかったんだな。それがよくわかるエピソードだ。そして、片付け下手エピソードはさらに続く。


『塔の全室に口が設置されておるはず。全ての部屋から同じ倉庫へ格納し別口より取り出せるとなれば移動も楽になろう。あれで片付けなさが酷くなりおって、部屋がいくつあろうと足りぬだろうと申せば、狭くなったら邪魔なものを倉庫に放り込むから良い、などと抜かしおる。果てはせっかく全室に付けた口すら使わず身に着けた魔石で代用しおってな。成果物もガラクタも狩った獲物も倉庫の中よ。今どれだけの物が入ったままであるのかのぉ』


「塔の中が全部使われてたのって、片付け下手なせいだったのか」


 そして、使われた形跡はあるのに工具とメモ紙以外残っていなかったのは、ガレ氏が持っていったわけではなく、倉庫に放り込んであるからだったらしい。


『おお、それで思い出した。ガレルがリョーを弔うてくれた折、遺品であると預かったのだ』


 少し待っていろと言って巣に戻ったドラさんが爪先に引っ掛けて持ってきたのは、青い魔石が1つついたブレスレットだった。魔石の中を覗くと、確かに内側に円筒形のものが埋まっているみたいにビッシリと立体的な図形が刻まれている。

 これが、ガレ氏もお手上げだったという立体化した魔法陣であるらしい。つか、3Dモデルだな、これ。


『それも塔と同じくそなたが受け継ぐべき遺産である。持って行くが良い』


 中の構造をじっくり見ている俺にドラさんが俺の手に乗せていたブレスレットから自分の爪を外した。器用に動くことに感心したのは一瞬で、手から滑り落ちそうになってパシッと反対の手で捕まえる。

 ずり落ちた魔石が俺の赤いブレスレットにカチンと当たった音がした。


 フワッと手元の魔素が動いたのが肉眼で見えたのは、それが物質化して半透明のプレート状に変化したせいだった。VRゲームモノの小説の挿し絵で見かけたような、近未来的というかファンタジーというかな、タッチパネルに酷似していた。

 表示されていたのは、インベントリの収納物一覧で、しかもいくつかの種類にタブ分けされて見やすくなっている。

 その中には、《リツくん用》と書かれたタブもあって。


 あぁ、リョー兄ちゃんはちゃんと俺を待っててくれたんだな、って。改めて実感してしまったんだ。

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