66.稀代の魔法師は教師としても優秀です

 午後は塔内の家捜しに費やした。生活空間の把握とリョー兄ちゃんのメイン研究室の構成チェックと、結界の魔法陣があるという地下室探しと。

 地下室の入り口はキッチンの隣に設定された納戸の中にあった。ついでに定温倉庫としても使っていたみたいだ。あれだ、ワインセラー的な。


 本当にワインセラーとしても活用していたようで、何百年も前のワインなんていうブツを見つけてしまって、これはどうしたものか、一頻り悩む羽目になったけど。

 劣化阻止の魔法効果の中とはいえ、生き物の生育を阻害することもないし、リョー兄ちゃんの病気も進行したわけで、有機物の劣化までは阻止できていないんだと思うんだよね。だから、食べ物類はとっくに腐って風化済みのようで、キッチンや納戸には干からびたミイラか汚れの影ばかり残っていたし。

 まぁ、良いや。まだ二十歳になるまで4年あるし。ひとまず放置で。


 ドラさん曰わくのリョー兄ちゃん最高傑作は、確かにこの高機能にしてはシンプルな構造だった。といっても、条件分岐1つが俺の処理能力の限界なので、3重構造の魔法陣なんて追いきれないわけですが。

 改めて勉強し直しだな。小学生の記憶ベースでここまで理解してきた自分が偉い、と誉めておこう。

 例外登録は接続線で繋がった別の魔法陣が担っているらしく、そちらの小さな魔法陣の近くに例外設定の方法を床に直書きで記してあった。気配りのきいた親切な師匠である。

 もちろん、今回の同行者は全員まとめて登録しました。


 塔のあちこちに分散した使いかけの研究室にはメモ書きが散乱しているのだが、きちんと整理されている研究室が2つだけあった。それは、2階と3階の真ん中の広い部屋が割り当てられている。

 2階は窓のない締め切りの部屋なので研究成果の保管室だろう。他者の著作や手作業で綴じられた研究レポートが詰まっていた。その中には、日本から持ち帰ったのだろう、日本語の科学読本なんかも混じっている。ガレ氏が書き残した、カラフルな読めない文字の書かれた資料、とはこれのことだろうな。

 3階は大きな作業テーブルと事務机、壁際ぎっしりの本棚という構成の研究室で、多分ここがリョー兄ちゃんのメインの研究室なんだろうと思う。

 その壁際の本棚の一角に、張り紙があった。リツくん専用、だそうだ。そこに納められているのは、全てリョー兄ちゃん手書きの資料たち。背表紙には、それが何の資料なのかが分かる題名が記されていて、入門書以外の全ての本が書きかけだった。もっと長生きしていれば、さらにページが埋まっていたのだろうな。


 その入門書を手に取って、俺はいったん部屋を出た。この部屋はそのうち制覇してやろう。休暇期間中じゃ足りなさそうだけど。


 他のみんなはどうしているのかと探してみたら、なんと、手分けして部屋の掃除中だった。せっかくタダで住める部屋があるのだから、宿を引き払ってここを拠点にするのだそうだ。

 3階までの外周は細かく区切られた居室になっていて、それぞれにベッドの木枠だけ置かれていたらしい。使うあてもないが広いから作っておいた客間、といったところかな。布団はどうするのかと聞いたら、ひとまず寝袋で良い、んだってさ。ちゃんと布団用意しなよ。

 布団が残っていた部屋は2階の南向きに2部屋あって、片方はリョー兄ちゃんの部屋のようで私物がたくさん置かれていたから手を着けず、もうひとつの部屋はすぐ使えそうだよ、とのこと。家主である俺がそこを使うようにと、満場一致で押しつけられた。

 この布団はガレ氏の置き土産かね。


 南を山脈で塞がれた土地なので、日が暮れ始めれば暗くなるのも早い。時計が示す時刻は夕刻といってもまだ早い時間だけれど、明るいうちに宿のある街へ戻ることになった。

 庭に出てきたまま昼寝に興じていたドラさんに見送られて、今度は正門側からサントラ村跡地へ戻る。こちらからだと車で入ってこられるそうで、確かに地面がなだらかだった。

 ちなみに、車の動力源である魔石も結界の例外設定が必要だそうだ。確かに、魔道具だから魔素駆動だしね。これも魔物除けの対象というわけだ。明日やっておこう。


 来た時と同じ時間かけて戻った宿の部屋で、俺が持ち帰ってきた魔法の入門書を、ベッドの上に胡座をかいて開いたところ。

 まず正面に座ったエリアスが反対向きなのも気にせず覗き見を始め、横にレイン教授がやってきて覗きこみ、反対隣にヘリーが座って読み始め、エリアスの隣にエイダがやってきて、ドイトは俺に覆い被さって上から見始めた。

 エリアスとレイン教授以外は翻訳魔道具を持っていないのだから読めていないと思うのだけど、図示もされているから少しは伝わっているのだろうか。

 いや、一人用のベッドが6人乗られて重そうにギシギシいってるんだけど。

 つか、ドイトさん重いよ。


「はぁ。現代の常識を根底から覆す基礎知識の数々だな」


「もう、これ、魔法学入門の教科書として出版してほしいですけど」


 そりゃ、小1のガキンチョが教わって今まで使える知識に植え付けたほどの先生が編纂した、俺専用の教科書だからね。優秀なのは当然でしょう。

 でも、一般に使う教科書に提供するのはちょっとイヤかな。リョー兄ちゃんの直筆は独り占めしたいです。

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