65.引っ越しすることにしました

 昼食の準備が出来たと呼ばれたため、ドラさんとの会話を切り上げることにした。ちなみにさすが神様なドラさんは、食事不要なんだそうだ。どうやって行動エネルギーを確保しているのかは、核融合が近いんじゃないか、なんて言われたが。

 生き物だよね、ドラさん。


 今日の昼食として街で調達してあった食料たちは、温め直されて美味しさ復活していた。サンドイッチまで表面を炙ってくれている。ヘリーとドイトに感謝。


「はぁ。それはまた衝撃の事実だな」


 食事中、ドラさんから聞いたばかりの魔物と魔素の出所を説明すると、聞いているうちに食事の手が止まったレイン教授が深くため息を吐いた。

 他のみんなも手が止まっているようだ。魔素が当たり前にある世界で生まれ育ったからこその、衝撃だったのだろうな。俺だって、酸素が他の世界から投棄された異物だなんて言われたら同じ反応をすると思う。


 ちょうど食べていたものも魔物肉を使った料理なので、さらにしみじみ実感したのか、手元を見つめていたヘリーが口を開いた。


「産まれてくる家畜の子が魔物化してないか必ず判定機にかけるんだけど、それが理由だったんだね」


 そういえば、ヘリーの実家では体毛目的で羊がメインの酪農家出身だと聞いた覚えがあった。牧羊犬も複数頭飼われていて、大層賑やかなのだそうだ。


「草食動物でも肉食うんだな、ってことでもあるよな」


「そうか。魔物化してない野生動物がいないことを考えたら、そういうことだな」


「スライムでも食べちゃったんじゃない?」


「食うのか、スライム」


 むしろ水と間違えて飲んじゃうのかもね。スライムなんで、身体の大部分が水だし。


 みんなの食事の手が止まったままなので、せっかく温めたのに冷めるぞと促して、この話題はいったん置いておかれる。

 そのかわりに、エリアスが別の話題を振ってきた。


「それで、リツはこの後どうしたい?」


 元の世界に帰る方法を失ったからには、この世界で生きていくことを真剣に考える必要がある。これからゆっくり考える、と答えても良いんだろうけどね。


「まずは、リョー兄ちゃんが遺してくれたこの膨大な遺産の全体把握から、かな。長期休暇期間中だけじゃ終わらないだろうし、転移魔法陣を探していつでもここに来れるようにしたいな。むしろこっちに住みたいくらい」


 いや、本当にそうしようかな。今住んでいる寮に転移魔法陣を設置すれば、移動時間は一瞬で済む遠距離通学だ。

 そうと決まれば、転移魔法陣の発掘は最優先事項で決定。リョー兄ちゃんが分かりやすく遺してくれていると嬉しいけど、さて、どうかな。

 俺の方針はひとまずそれとして。


「みんなはどうする?」


「僕は魔法陣魔法の発動訓練したい」


 はい、と手を挙げてそう主張したのはエリアスだ。ここになら古代の叡智が手近にあるし、環境が良いとの判断だろう。エリアスが魔法の訓練をしているなんて初耳だったエイダたちはびっくりしてるけど。

 エリアスに続いて行動方針を提示したのはレイン教授だった。


「俺は先日まで発掘調査していた遺跡の確保だな。こっちは、この結界があれば国家機関に接収される可能性も低いし、遺産継承を許諾する遺言書もあるリツの個人資産だから、焦って公的手続きをする必要もなさそうだ」


 手が空くなら手伝ってほしい、と声をかけられて、エイダたちは喜んで頷いた。


「この塔はすぐにでも住めそうだが、今日から泊まりこむかい?」


「食材調達しにいったん街まで行きたいです」


 つまり、今日は宿に帰って買い出しして、明日から泊まりこむ気満々ということで。

 それでいい、と了承してくれたので、送り迎えはしてくれるようだ。ありがたい。


「こっちがある程度片付いたら、レイン先生が発掘してる遺跡の蔵書も読みたいですけど。可能ですか?」


「所蔵品の移動はできないからな。コピーを取ったものは今年の卒業論文の執筆が済めば図書館の蔵書になる予定だから、それからなら自由に読める。後は、こちらの予定を急いで済ませて、手伝いに合流するか、だな」


「合流の方向で頑張ります」


「いや、ここに置き去りは勘弁して、リツ」


「置き去られないように頑張れ!」


 なんてね。

 エリアスの魔導師化計画は俺が言い出しっぺなんだし、放置なんて無責任なことはしないよ。今は言わないでおくけどな。

 エリアスのこんな渋い顔なんて、超絶レアだしな。

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