57.フラグ建設してごめんなさい
翌朝。ロープウエーの第1便に乗ってたどり着いた谷底は、ロープウエー出口からまさに秘境だった。道が舗装されているので移動に困ることはないが、人の背丈ほどに生い茂った草原と転々と生えた木々が見渡す限り続いている。
別便で崖を吊されて降りてくる車を下から見上げて待ち、再び車中の人になるまで1時間弱。辺境の国でありながら、荷便は順番待ちになるほど盛況であるらしい。車自体よりもコンテナの行き来が多い印象だ。
まぁ、国の出入りが可能な場所がここと国を横断した向こう側の2ヶ所しかないそうだから、物流の多さは仕方のないことなのだろう。
何度も足を運んでいるレイン教授が助手席でナビる車の本日の運転手は、俺だ。最初はおっかなびっくり走り始めたものの、車とはこういうものなのか、この世界水準だからなのか、非常に運転しやすくて早々に慣れた。昨日担当だったヘリーは最後まで緊張したままだったから、運動神経にもよるのかもしれない。
おっと、失礼。別にヘリーが鈍いわけでは無いぞ。俺は戦闘職だから他人より動ける、という方だ。
時速が手元のメーターで大体50キロ平均で夕方まで走って、着いたのは少し大きな街だった。
なんでも、山脈に一番近い人の集落なんだそうで、魔物を狩って素材を売って生活する、つまり俺たちのような冒険者が集まって大きくなった街だそうだ。そのため、冒険者ギルドのこの国での支局が置かれている。
今夜泊まるのも、冒険者相手に経営している宿屋だ。つい先日までゼミ生たちと共にレイン教授が滞在していた宿で、常宿なんだとか。
ファンタジー作品だとよくあるのが、呑み屋の上階が宿という形態だが、この宿は宿泊客用の食堂はあるが一般客は入れていない宿屋専業であるそうで、そのため出入り口もちゃんとした玄関だ。日本の安いビジネスホテルに近い形態だな。
玄関を入ってすぐのカウンターでベルを鳴らすと、奥から女性の声で返事があった。
「まぁまぁ、先生。いらっしゃいませ。つい先日お帰りになったと思ったらまたいらしてくださったんですね」
「お世話になります。大部屋と個室ひとつずつ、空いてますか?」
「はい、ございますよ。何泊なさいますか?」
「とりあえず1週間で頼みます。朝飯付きで」
その言葉で、この宿がこの国での活動拠点となるのだと理解できた。目的の住所も近いのだろう。
前払いだそうなので、レイン教授に請求された金額をみんなで出し合う。自分の宿代は自分の懐から。旅の約束事なのだが、多分レイン教授が多めに出してるんじゃないかなと思う。毎度、宿ってこんなに安いのか、と驚く程度に低料金なのだ。
で、俺たちが財布を開いている間に、レイン教授は女将さんらしき女性と雑談に興じていた。
「そうだわ。先生に謝らないといけないことがあるんですよ」
「はい、何でしょう?」
そういえば、レイン教授の敬語が普通だ。彼の中でこの女将さんはそんなに砕けた関係ではない存在であるらしい。
いや、いきなり何の話だ。謝る?
「先日まで先生と生徒さんたちが調べてらした遺跡なんですけどね。一昨日から政府筋の調査団が来てて立ち入り禁止になってるんです。先生は冒険者さんですもの、論文を出すまで政府になんて申告なさらないでしょ? それで不思議に思ってうちの子飼いに密告したおバカさんを探させたら、まさかのうちのスタッフでねぇ。当然即刻クビにしましたよ。信用商売ですもの、お客様の情報は守秘が原則ですからね。でも、うちが情報源になってしまったことは取り返しがつかないわ。本当に、申し訳ない」
「あー」
レイン教授の反応、母音一文字だった。何と答えたら良いか、言葉が出ない様子。
問題は本人よりゼミ生だろうな。その調査結果が彼らの大学院の卒業論文のネタになるのだから。数ヶ月かけた調査を水の泡にされたと思うと、他人事ながら気の毒になる。
そういや、帰ってきたレイン教授の楽観的だった説明に、本当に大丈夫かね、って内心でツッコミを入れた覚えがあるな。
これ、悲観的な未来予測を立てた俺がフラグ立ててただろうか。
「ま、大丈夫だろ。対策はしてあるし、後で確認しときますよ」
「本当にごめんなさいね。生徒さんたちもまた来られるなら謝りたいところですけど」
「再来月の休暇明けにまた連れてきますからその時にでも。ひとまず事態は回収しときます。教えてくれてありがとう」
事態、回収できるんだ。そこにビックリだ。国に横取りされた状態じゃ対抗のしようがないと俺なんかは思うんだけど。政府の立ち位置が特殊なこの国ならではな何かがあるんだろうか。
心配する俺たちの視線集中を受けて苦笑いしたレイン教授は、代表してすぐ近くにあった俺の頭をクシャクシャにした。宥める意図は分かるが勘弁しろ。
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