32.手先の器用さが欲しいです

 魔法を発動することも、魔道具を開発することもまだ出来ない俺だが、魔法陣の構築なら可能だ。円を描いて均等に分割した直線を引いて幾何学模様を描き、要求する現象に沿って必要な表意文字を配置していく。

 言語翻訳に必要な発動語は、先日見せてもらった資料から書き写してきたからわかっている。脳神経付与とか、すごい指定語だな、とは思うが。この指定を受けて俺はちゃんと言語の脳内翻訳ができているのだから、起動実績のある言葉の組み合わせになっているのは間違いない。


 そこで、まずは紙に翻訳機能だけを抜粋して組み立てた魔法陣を書いた。それを上下に分けて別々の魔石に貼り付けて、上から彫り付ける。彫りつけた魔石をくっつけてまとめて縛り上げ、クルッと捻って魔法陣を完成させられれば、出来上がりだ。理論上は。

 外れないように魔石を細工するのはひとまず後回し。商品化するときにでもプロに任せたいところだ。


 で、魔石を彫るわけだが。


 正直、超ムズい。

 手先の器用さが欲しいよ。切実に。

 小さい鑿を買ってはきたものの、彫りたい分をはみ出して彫りすぎてしまう。失敗したら魔石を削ってやり直せば良いんだが、なかなかうまくいかないのだ。

 うーん。固定できる虫眼鏡と錐か千枚通しかあたりが欲しいかも。


 週末いっぱいかけてもひとつも上手くいかなくて、結局放り出して不貞寝するハメになりましたとさ。


 てな話を週明けの教室で友人たちに話したら、大笑いされた。


「リツくんって不器用なんだぁ。意外ー」


 ヘリーは意外と遠慮がない。エリアスも、笑っちゃダメだとか言いながら自分も笑ってるし、エイダもドイトもうずくまってしまっている。

 みんなして酷いもんだ。他人行儀でなくなってる証拠といえばありがたいもんだけどさ。


「でもな。実際、平らに均しているとはいえ、このデコボコしたところに真円だの直線だの彫りつけるのは、正直厳しいってもんだ。職人芸だろ、これ」


 お手本になっているのは、先日買った暗幕の魔道具。自分で手彫りしてみたからわかる。この細かさは素人には出せない。

 自分で彫ってみた失敗作と暗幕の魔道具を並べれば一目瞭然の違いで、エリアスが見比べて首を傾げた。


「これ、もしかして機械で彫られてるんじゃないか?」


「ん? 機械?」


 なるほど、工業機械。

 魔素が動力の基本な世界だから、すっかりその可能性が抜けてた。

 確かに、線の太さも彫り込みの深さも一定だし、人間業じゃないと言われるとしっくりくる。

 といっても。工業機械をその業種に携わっていない一般人が触る機会なんて無いしなぁ。これは、チマチマ頑張るしかないか、やっぱり。


「大学院にないかな? 魔石に魔法陣彫るって、魔道具の基本な気がしない? 専科の実習室とかで持ってるかも」


「まぁ、美術品じゃないんだし、不器用で実習できません、じゃ困るもんな」


「確かにありそうだねぇ」


 さすがは我らが頭脳エリアスさん。解決策出てきますな。助かるよ。

 発想エリアス、同意他全員で、手彫りを頑張るよりも機械に頼ろう、という結論になった。

 失敗した魔石は彫った部分だけ削って均せばいいし、削りかすは集めて収納箱に入れれば魔石代わりに使えるし、魔石というのは有効寿命が長いエネルギー体だ。家に帰ったら失敗作も全て処理しておこう。


 結論が出たところで、そもそも何故そんなことを始めたのか、何を彫っているのか、というそもそも論に話題は移っていく。

 そこで初めて古代語を俺が読めるという大問題を知った彼らは、慌てて俺の口を抑えて、全員揃って口元に人差し指を立てた。そのジェスチャー、日本と同じなのか。


「後でじっくり聞かせて。ここではダメだ」


「なんつー爆弾抱えてんだよ、リツ」


「下手したらどっかの研究所に監禁だぞ」


「うーん。それをされないために作ってるんだけどね、魔道具」


 監禁してまでひとりの能力を使い切るのではなく、魔道具開発して必要とする全員がそれぞれ自由に研究できるようになれば、俺も研究者も幸せになれるというものだよ。

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