7.なんともザルな身体です

 体内魔素の現状が分かったところで、キャレ先生は少し真面目な表情になって俺に向き直った。


「体内魔素量がゼロという特異な状態が分かったところで提案だ。リツシ君の体内に他者の体内魔素が流れた時にどう反応するか、テストしてみないか? 具体的には、その怪我の治療に治癒術を受けてみてはどうだろうかということになる」


「さっき、頭痛や吐き気って聞かれてましたね」


「そうだね。他者の体内魔素に酔いやすい体質の人もいて、これには個人差があるから、どう反応するかは一度試してみないことには分からない。なので、試しに少し流してみて様子を確認する必要がある」


「起きていられないくらいの症状になる可能性もあるんですか?」


「ないとは言い切れない。ただ、命にかかわるほどにはならないだろう。そんなことになるなら平素から魔素の充満するこの世界で生きられない」


 つまり、今後命の危機に直面するかもしれない可能性の有無を確認することにもなる、と。大袈裟に言うなら、キャレ先生に命を預けられるか、ってことにもらしいなるが。

 後々のトラブル予防には良い機会なんだろうな。


「お願いします」


「うん。じゃあ、まずはその手首の擦り傷から試そうか。痛くなかったの? 今見つけてビックリしたんだけど」


 言われて、指さされたところ、腕を捻らないと俺の視界に入らない右手首の小指側をひっくり返して見てみた。確かに、転んだ時に擦ったと思われる擦り傷から血が滲んでいた。

 打ち身が痛くてこんな軽傷には気づかなかったよ。


 キャレ先生の差し出した手に右手を預ける。少し捻るよと声をかけられて、本当に少しだけ捻られるのに合わせて自分でも動かして固定して。

 治癒術をかけるのに、患部を目視する必要があるのかな。いや、それじゃ身体の内側に対処できないか。治癒結果の確認のためかな。


「じゃあ、魔力を流すね」


 声がかけられて、手首を中心にゾワッとした何かが入ってくるのを感じる。ただ、入ってきたものはそのままそこに留まった後でスッと消えていった。


「うん。治ったね。治癒術が効かないということは無さそうだ。気分はどうかな?」


「体調には変わり無いですね。入ってきたゾワッとしたものももう消えました」


「ゾワ? 何だろう、今の魔力を感じ取ったのかな」


 後から体調が悪くなる可能性もあるからしばらく安静にして様子見だそうだ。

 なので、その暇な時間はまた先生と雑談で潰すことにする。


「先生、質問です」


「うん、何かな?」


「さっきここに入ってきたゾワッとしたものを魔力って言ってましたけど、魔素じゃないんですか?」


「あぁ、言葉の違いだね。未使用の燃料状態のものは魔素と呼ぶんだが、魔術を介して効果を含んだものは魔力という。力を得た魔素やその力のことを指しているよ」


「変換前が素で、変換後が力、と」


 聞いてみれば理解可能な呼び分けだった。ひとつこの世界の言葉を学んだ。


「その魔力は、使った後はどうなるんです?」


「力を使い終わったら魔素に戻るそうだよ。私には体外魔素を感知できないので、聞いた話だが」


 ってことは、俺の中に入ってきた魔力は魔素に戻って体内に巡りだした可能性もあるのか。


「今俺の体内魔素量を測ったら1くらいになってませんかね」


「ふふ、面白いことを考えたね。確かに、ゼロがイチになったら分かりやすいかもしれない。調べてみる?」


 はい、と渡されたのはさっきも使った測定器。ふーっと息を吹き入れる。


「……ゼロだね」


「身体の外に抜けちゃったってことですかね」


「不思議だなぁ」


 残念な結果に終わりました。うーん、俺の身体には魔素を引っ掛ける要素もないということか、手首から呼気までまだ届いていないだけなのか。

 前者なら、なんともザルな身体ということだ。酒も抜けやすいし、毒素の濾過機能が優秀と思っておけばポジティブかねぇ。

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