第三十二話 友人1とその主

 ゼノは、2年生Sクラスになって初めての実技授業の為、クラスメイト兼初めての学友となったアルトゥスと一緒に男子更衣室に向かっている。


「なぁなぁ、ゼノ~」


 アルトゥスがゼノの肩に手をまわし、しゃべりかける。ゼノの表情は顰めっ面でうざそうにしている。とはいえ、相手はSランクセカンド。つまりは学年で五指に入るということ。それも、6位以下とは断然ある差をつけた上位五名である。

 それが最下位の落ちこぼれたるゼノの比べれば雲泥の差、などという言葉ですら足らない。


 Sランクという彼に友達だ、と口では言った者の、やはり気まずさと接しにくさというのはある為、ゼノは 先ほどから何とも抜けた声で読んでくるため無視していたのだが、これではいつまでもこのイラつく声を聞かされそうである。


「・・・・・・なんだ?」

「どうやって、あの姫さんを口説き落したんだ?」


 ゼノはアルトゥスの顔を見る。何とも嫌な顔である。どこかニヤニヤした腑抜けた表情でありながらも、その眼はいたって真面目だった。


 しかし、口説き落としただって?冗談はよしてくれ。


「口説いていない。ペアを組んだのは、まぁ・・・・・・成行きだよ」

「なんだよ成行きってよぉ。詳しく教えてくれよぉ~」

「・・・・・・そういうお前は、クラルスにペアの申し込みはしなかったのか? Sランクじゃないか」


―― ゼノがそう質問すると、アルトゥスの目の奥の色が少し変わり黙り込む。


 少して、苦笑を浮かべながら口を開いた。


「いやぁ、まぁ・・・・・・な?」

「なんだよ」


 明らかにアルトゥスのテンションが下がり、歯切れの悪い返事をする。


「まぁ・・・・・・俺には無理だと一目でわかったよ。俺は自分より強い人間を守ろうなんて思う程、今の自分に自惚れちゃぁいねぇさ。・・・・・・上には上がいるもんだ。あの人を見て思ったんだ。身の程をわきまえるって言葉の意味を」


――あれは化け物さ。


 アルトゥスは遠い目をする。

 ゼノが旧教会で見たクラルスの戦闘能力は確かに一介の学生の、それもお嬢様のものではなかった。


 だが、その実力の裏付けとして生きる伝説の騎士であるラザスの弟子であり、武芸の才をもって生まれているのであれば頷けるものだ。だが、ゼノもまた、彼女を化け物であると、そう表現した。


「おっと、ゼノのことをわきまえてねぇ奴って言いたいわけじゃないんだ。だって、あの姫さんは数々の誘いを断ってきた中で、ゼノを選んだんだ。きっとお前には必要とされる何かがあるってことさ」


 アルトゥスはサムズアップしてゼノにそう言った。

 

「まぁ、ポジティブに受け止めておくよ」

「うんうん。今のゼノはFランクだが、セカンドのおおよその評価ってのは実技レベルだ。実技の授業でいい成績を出せばいいだけ。そんなのは正直努力で何とかなるもんさ」

「一年間、ろくな成績を残せなかったから落ちこぼれなんだけど」

「そういやそんなあだ名付けられてたな!アッハハハハ」


 お腹を抱えてアルトゥスは笑っている。それもかなり本気で笑っていやがる。目の端から涙まで見える。


 ゼノがムスッとしていると、アルトゥスが「あー笑った」といいながらゼノ肩を叩く。


「今日の実技は新学年で初めてだし、一時限目の授業自体はおそらく軽いもんになる。そこで、一度俺と軽く一回組手でもどうよ」


 アルトゥスの思わぬ提案に、ゼノは少し間を開けて頷いた。


「Sランクセカンド直々のご指導をいただけるのであれば幸いです」

「うむうむ。先生が見てやろう。ッアハハハハ!」


 アルトゥスがゼノの右肩にのせていた左腕の肘で彼の頬を突く。


「ま、化け物を口説いたお前は、もっと化け物だってことだな・・・・・・いや、この場合は勇者と呼ぶべきなのか?」

「あん?勇者?・・・・・・・そもそも別に口説いたわけじゃないって言ってるだろ。それで? そういうお前のペアはどんな奴なんだ?」


 アルトゥスの目が打って変って輝きだす。な、なんだ?なんだか聞いちゃいけないことを聞いてしまったような気がするゼノ。


 ガシッ。

 ゼノの両肩をアルトゥスが掴む。


「おう、よくぞ聞いてくれた!」


 アルトゥスが嬉しそうに笑う。これは、聞かないほうがよかった。


「俺の場合は口説き落したんじゃなく、こっちが一目惚れだったけどな」

「いや、だから俺は口説き落してねぇよ」

「まぁまぁ。でな、一目で、この人の騎士になりてぇって思ってな。申し込んだら了解してもらえたんだよ! カァーッ運命の出会いって奴だ!」

「ふぅん。よかったじゃないか」


 ふふん。とアルトゥスは嬉しそうだ。気持ち悪。


 しかし、自分のペアが人に誇れるっていうの言うはいいことだ。それが顔がにやけるほどであるならば。


 騎士を目指す者としては充実していると言えるだろう。


「まぁな。うちの主は綺麗だぞぉ。美人で男の俺から見てもイケメンだ」

「へぇー」


 張り合うのもおかしいかもしれないが、クラルスも美人だと一応ゼノも心の中で呟いておく。


 だが、アルトゥスはなかなかのイケメンだ。そんな彼には廊下を歩いている今でも女子生徒からの熱い視線が集まる。

 一年生の頃もアルトゥスが女子生徒達にキャーキャーと騒がれているのをよく遠巻きに何度か見たことがある。


 そんな彼がイケメン美人と評価する彼のペアは、確かにイケメンであったと思う。

 教室で確認した時に見たが、どんな女子生徒かはっきりとは覚えていないが、ブラウンの長髪で、後ろで纏めていた・・・・・・そう、顔つきはまさに男勝りな美女、美人だったと思う。


 クラルスに突っかかってきた金髪王女様も綺麗ではあったが、彼女は言わば美少女である。それに対し、ゼノがアルトゥスの隣に居た女子生徒を見た時の印象で一番残っているのは、まさに美人、という言葉が似合う。


 クラルスも美しい黒髪の長髪に年頃の女性らしく今身長とすらっとした体つきはまさに美人だ。

 だが、クラルスの美人は、どちらかと言えば孤高。冷たさ。高嶺の花と言った尖った美しさを思わせる。そう、花で例えるなら氷でできたバラ。


 対して、アルトゥスの主である女性は確か・・・・・力強さ。強かさ。頼れそう――そんな、普通は男が女に抱くような感情ではなかった。大らか、とは少し違うかもしれないが―――アルトゥスの様に、何処か拒めない、いつの間に自分の傍に居る暖かい風。


 ズキッ。

 ゼノは突然の頭痛に頭を押さえる。


「どうした?頭痛か?大丈夫か?」


――何言ってんだ俺は。


 アルトゥスの心配そうな声に、小さくうなずきながら前を睨む。


「すまん。ちょっとした持病みたいなもんだ・・・・・・酷い偏頭痛ってやつさ」

「そうか・・・・・。まぁ、余りにも酷いなら声かけろよ。医務室まで行こう」

「助かる」


 ゼノは片手で頭を押さえながら歩く。

 先ほどより遅くなったゼノの歩行速度に合わせて、アルトゥスも彼の横を心配そうに歩く。


 そうこうしているうちに、男子更衣室についていた。


     ◆


 ガチャッ。

 アルトゥスが更衣室のドアを開けようとしたら、ドアが勝手に開いた。


「・・・・・・」


 反対側からドアを開けたのは白髪の男子生徒だった。肌は人形の様に白く、銀の様な色をした澄んだ瞳をしている。一目見た印象は「静」という一文字が当てはまるかのように、落ち着いた、物静かな印象だ。

 身長は百八十センチ以上は裕にあるだろうか。アルトゥスよりも少し高い。


 白髪はドアをあけようとしていたアルトゥスと目が合う。


「よお、シレオ」

「・・・ああ」


 シレオと呼ばれた白髪はアルトゥスの呼びかけに軽く頷くとドア閉めて闘技場の方へ歩いていく。


「誰だあいつ?」

「お前、本当に人の顔覚えないんだなぁ。シレオは俺たちと同じクラスだぞ」

「それは分かってるよ。ま、とにかく早く着替えよう」


 アルトゥスは少し残念そうな顔をしつつも、あまり他人に興味を持とうとしないゼノの様子に肩を少しだけすくませて返事をする。


「まぁ、また紹介してやるよ。さっ、着替えよう着替えよう!楽しい、じ・つ・ぎ・のじゅぎょ~!」

「何をはしゃいでんだか」


 二人は男子更衣室へと入っていく。




*************

この世界の人種平均身長


計測平均年齢20代

男性 182cm

女性 168cm


なお、国によっては大きく上回る場合もあり、また人種によっては大きく下回る場合もある。



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