第三十三話 傷が語りしもの

 ゼノはアルトゥスと一緒に、男子更衣室へと入る。

 更衣室は少し広く、壁際にはロッカーが中心の通路を挟んで両側にいくつも並べらている。


 重厚な鉄、金属で作られた頑丈なもので、その重厚さと最低限の装飾は、武骨でありながらも高級感があふれている。その高級感を演出するのには、ロッカーの前にある着替える際、または休憩の際に座る簡易的な背もたれのない立派な樫の木?茶色い木材を使って作られているベンチも理由だ。


 更衣室に入ってすぐ左側のロッカーの列の奥に広いスペースがあることがうかがえる。そこはソファーや水飲み場があり、ちょっとしたラウンジ・休憩スペースがある。


 無駄な高級感、設備。ゼノなど一般庶民が多いセカンドにとってはそう感じられるが、同時にこうした投資が行われている学校に所属している、という誇りが自然と彼らの精神、心に安定をもたらし、そして向上心と誇りをもたらしている。


 ゼノは軽くロッカーを確認しつつ、アルトゥスが立ち止まり開けたロッカーの通路を挟んで向かい側のロッカーを選ぶ。特に指定の場所などはないので、先に誰かが使っていなければ何処を使ってもよい。 


 ロッカーを開ければ各種サイズのアーマーと呼ばれる実技授業用の動きやすい服が入れられている。他にも実技の授業で使う道具は一通り入っており、これらを使う。授業が終われば着替え、ロッカーに借りていた備品を返せば、次の授業までに新しいモノに入れ替えられている。


「・・・でよ、さっきのシレオのことなんだが」


 アルトゥスが着替えながら背中越しにゼノに話しかける。


 シレオと言うと、男子更衣室に入る際にすれ違った白髪の男子生徒のことだろう。

 ゼノとしては彼に興味はないが、アルトゥスと二人っきりということもあり、話を聞くことにする。


「ああ」

「名前はシレオ・オクリースっていうんだ。いつも無口で、よくわからない奴なんだけどよ」

「・・・わからないんじゃねぇか」


 ゼノがそういうとアルトゥスが苦笑いする。


「まぁ聞けよ。シレオは、無口だから冷たい奴に見えるし態度もいつもあんな感じだからさ、感じ悪いと感じるとは思うんだけどよ。実はいいやつだったりするんだよ」

「はぁ?」

「同じクラスだ。絡むことはあるだろうから話す機会もあるだろう。その時、あんまり第一印象だけにとらわれないで話をしてやってくれ」


 要は、その男子生徒は不愛想な印象ではあるが、根はいい奴なので友達になってやってほしい、といったところだろうか。


 ゼノは何とも、自分も正直そういうタイプであるのは間違いないので難しいと思いつつも頷く。


「ああ、わかったわかった。できるだけ努力してみるよ」

「おう、ありがとうな!お前ならきっと気が合うよ」


     ◆


 アルトゥスは今日、新たな出会い・・・・・・友人であるゼノとの会話を楽しんでいた。ゼノには嫌味にしか聞こえないだろうが、アルトゥスは率直にゼノのことを尊敬していた。


――理由は、ゼノの境遇を自分ならば耐えられないからだ。


 栄光あるアルビオン聖騎士学校に入るのは苦難だ。

 周りを蹴落とし、勝ち上がり、ようやく世界に注目される騎士の舞台袖まで上がれる。


 さらにそこから蹴落とし、勝ち上がらなければ舞台には上がれない。

 そして、舞台に上がったとしても、更にその中から一握りの人間にならなくては、と。


 選ばれし者がたどり着くのは、更なる厳選を求める厳しい世界と人間の終わりのない欲望。


 アルトゥスは、そんな中で自分が背負う名に負けぬように振る舞い、そして成績を維持・・・・・いや、更なる高みを目指してきた。


だが、だがそれでも、それでも追いつけない高みが幾つもあったのだ。その内のいくつかはファーストの生徒達にも見受けられた。


 特に、この騎士の聖地たるアルビオンの王女、クラルス・アル・フィーリオ。彼女は別格だった。

 アルトゥスも彼女に興味を持ち、話だけでもしようかと近づこうとしたが・・・・・一目見て、無理だと悟ったのだ。彼女を守るなんて言葉を、嘘でも口にすることができない。どうして自分より強い人間を守るなどと言えようか。


 そんな彼女が選んだペアがFランクのセカンドだという。正直に言えばアルトゥスもその話を最初に聞いた時には鼻で笑った。何の冗談だ、と。だけども、直ぐに興味に変わった。


 あの王女が選んだペアはどんな奴なんだろうって。だから、見に行った。


 その男を見た時に、最初にアルトゥスが感じたのは、


――「不気味」。


 見た目の気味の悪さはそうだが、何も感じなかった。それは、強者が持つ存在感を消すなどでもなければ、弱者であるから、などという上からのものでもない。


――儚げ。


 そう。儚げなのだ。


――今にも消えそう。


 誰かが、傍に居なければ彼は今にも消えそうだった。


 可哀そうとか、悲しそうとか、そういう同情とは違う・・・・・と思う。別に放っておいても問題ないんだろうが、何故か掴んで離したくない。そういう存在だった。


 だから、つい声をかけてしまった。きっと自分も、そしてあの王女が惹かれた何かを知りたくて。


 その一つの答えが今、目の前にある。


 アルトゥスはゼノを見て驚愕の表情を浮かべていた。彼の目線の先には、今実技の授業用の服装に着替えている途中のゼノ。全てを脱いでから着替えるのか、ゼノは今下着のみだった。


(何て体してんだ・・・・・・・)


――歴戦の戦士。


 ゼノのほとんど裸のその肉体を見て、アルトゥスが思い浮かべた言葉はそれだった。歴戦の戦士だと。


 鍛え抜かれたからだ、というよりも無駄を削った肉体。最低限の筋肉量。透き通るような女性の様に白い肌には、数十と刻まれた傷跡。


(父上の様だ・・・・・・)


 アルトゥスの父は、国の騎士団を率いている。いまだに彼は、馬に跨り、地上を駆ける父に敵う者はいないと、そう信じている。


 その父は、大きな体に数多の傷を持ち、それを誇りにしていた。

 その父の肉体を、背中を思い出す。


 ゼノが途端に大きく見える。

 この学校に来て幾度も驚いたが、おそらく今日ほど驚いたことはなかっただろう。


 だからだろうか、まともに脳が働いていないのか、言語能力が落ちたのか、思わず「・・・・・・ゼノって、以外に着やせするタイプか?」と聞いてしまった。


「あん?」


 ゼノは、垂れた前髪の隙間から睨みつけるような鋭い目でアルトゥスを見る。


「いや、だってよ。お前、その体・・・・・・」

「・・・・・・まさかお前、そっちの気があるのか?」


――・・・・・・・。


「ッ!ちげぇッ!」


 おそらく、この学校に来て一番叫んだアルトゥスだった。




*************

アルトゥス・アミキティア。


Sクラス、Sランクセカンド。身長は平均的身長の178㎝。金髪に深緑色の瞳。男にしては長い髪を後ろで纏めている。

騎士を目指す者にしては、身体が細く見える。スラリとした体つきは理想的な体つき、と言えるだろう。

Sクラスの中では一番へらへらちゃらちゃらとしている印象強い。

彼の家、アミキティア家は「三盟国ペイシェ」の代々騎士の家系。父はペイシェ国の騎士団長。アルトゥスには幾つか年が離れた兄がおり、兄は国の騎士として父の下で勤めている。


アミキティア家は歴史ある貴族であるが、ペイシェ国の独自の風習により家名などは立派な成人として認められてから名乗ることを許される。


アミキティア家含め、ペイシェ国の騎士達、騎士団は地を最速で駆ける騎士と評され、嵐のごとき速さで戦況を変えていく彼らは暴風ウラカーンの名で恐れられる。




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