第三十一話 初めての学友

「あら、これはこれはお姫様・・・・・・ご機嫌よう」


 そうクラルスにしゃべりかけてきたのは、クラルスと同じファースト。

 キングの装飾の制服を着た女子生徒だった。


 ゼノ達が教室に入ってきた時、一番前の列の席に座っていた女子生徒だ。


 身長は百六十センチ程。

 腰まで伸びた金色の髪で、髪の全体には綺麗に波のような曲線がかかっており、頭の右に出ている団子が可愛らしい。どうなってんだ。


制服を少し触っているようで、派手なフリルが付いているものの下品ではなく、見るからにお嬢様、というのが色濃くながらも高潔さが出ているデザインであった。


スタイルはクラルスに負けず劣らず。 ゼノのパッと見の印象では可愛らしい女の子ではあるが、 顔があまりに整いすぎて美人、いや人形のように感じる。


 容姿、話し方、仕草。そして何よりもSランクということからもかなりの高位の貴族で間違いない。

 そして、その後ろに佇む ナイトの装飾の制服を着ている男子生徒がこの金髪娘のペアのセカンドなのだろう。


――黒い、巨人


 その迫力・・・・・・存在感にゼノの目が鋭くなってしまう。


 教室に入るときに横目に彼を見て、座っていても大きいと感じたが・・・・・・立ち姿を見れば更に大きいと感じる。身長は、二メートルはあるだろう。おそらく超えている。髪の毛は黒髪で、肩までのびた男にしては珍しいセミロング。ややくせ毛か天然なのか、少し髪先がくねくねといろんな方向に向いている。


 男にしては髪が長めで、後ろ髪は肩まで伸び、前髪も伸びまくっているが目にはかからないよう分けられている。


 おそらく本人は伸ばしているわけではなく、余り気にしていないのだろう。ゼノ自身もそうであり、そう感じ取った。

 鍛え抜かれた肉体は制服越しにでも感じ取れる。肌はすこし日焼けしているのか、黒みがかっている。


 おそらく、南部諸国の出身なのだろう。アルビオン国は国土が浮島であるため太陽に近いが、海の上もあって涼しく、なぜか日焼けもさほどしない。それに比べて南部諸国は日差しが強いため、暑く、日焼けしやすいため、南部諸国の人々は皆、肌が黒に近いほどに日焼けしているのが特徴だ。


 南部諸国は歴史上、争いを繰り返しているためか、男も女も屈強な戦士として育てられると聞いたことがある。もはや、風習であり文化だ。


 彼らはほんとど裸に近い姿で日夜、外で一日中鍛えているらしい。野蛮人バーバリアンと呼ばれ蔑まれたりする者、蔑む者もいるが、その血は紛うことなき地上最強の戦士の種族であると本で読んだことがある。それに野蛮人と呼ばれるが、生真面目であり、人を裏切ることは少ないという。


 セカンドのみが許される帯刀された学校支給の剣の柄と鞘は使い込まれた証拠だろう、無数の傷がついてる。

 毎日しっかり手入れをしてあるのか、汚れが目立たない。努力の証。そして誠実さ。まさに、この者の強さと性格を表しているようだった。ゼノは自分とは真逆の人種であると感じた。


 金髪女子生徒の言葉に対し、クラルスは無視をしていた。

 金髪娘はそれを気にもせず、横目でゼノを見つつ言葉を続ける。


「何でも、Fランクの落ちこぼれをペアにしたと耳にしましたの・・・・・・」


 そして、顔をゼノに向けると。

 ふっ、と鼻で笑う。


 ゼノは一応礼儀として頭を少しだけ下げておく。


 金髪の女子生徒はゼノの例に対して再び鼻で笑うとクラルスに視線を戻す。後ろの男子生徒がゼノへの返事のつもりか目を閉じて少しだけ頭を下げる。いい奴だ。


「どうやら、噂は本当の様ですわね。――残念ですわ。今年も、貴女と学年トップの座をかけて競えるよきライバルともであれると、そう思っていたのですが・・・・・・ペアが、Fなんて。それも学年最低の落ちこぼれとは・・・・・・ねえ? はぁ、貴女の評価も仕方なく落ちてしまうでしょうね。非常に、残念で仕方がないですわ」


 どうやらこの金髪娘はクラルスのことをライバル視しているのだろう。当のクラルスは何とも思っていないようだが。


「あぁ、そうそう。紹介が遅れましたわね。こちらが私のペア、Sランクセカンド。ゾリダス・アイオドスですわ」


 と、金髪娘が自慢そうに口にする。

 すると後ろで控えていたゾリダス・アイオドスは右手をお腹の前に持っていき、ゆっくり頭を下げる。


 頭を上げるが何も言わない。しゃべる気はなく、寡黙な男であるようだ。

 この男の礼にはすかさずクラルスは微笑みを返す。


「アイオドス殿。貴殿の武勇は聞き及んでおります。我が国の騎士学校を選んで下さったこと、また同じ世代、学友であることを誇りに思います」

「勿体なきお言葉。有難うございます」

「ッ! ・・・・・・では、また後で。お姫様。行くわよゾリダス!」


 金髪娘は優雅に手を振りながらゾリダスを従えて席へと戻っていく。 去り際にゾリダスがゼノとクラルスに向かい静かに目を瞑って小さく、すまないな、とでもいうように頭を下げた。


 見た目は厳ついが、中身は紳士の様で、主には似つかない優しい男だとゼノは感じたのだった。


「・・・・・・仲がよろしいことで」


 と、ゼノは明らかな嫌味でクラルスに話しかける。

 彼がそういうと、一気にクラルスの眉がより、見るからに不機嫌さが増す。


「冗談はよせ。ああいう五月蝿いが、私は嫌いだ。さらには視界でチラチラとチラつく派手で目障りときた」

 

 さっきのクラルスの態度を見ればわかりきったことだ。

 結局、金髪娘がしゃべりかけてきてから去っていくまで彼女に対して一度も口を開かなかったのだから。挨拶を交わしたのは彼女のペアであるゾリダス・アイオドスだけ。


 ゼノはまだ持っていたファーストのリストを鞄から取り出しページをめくる。

 探していた人物はすぐに見つかった。クラルスの次のページに載っていた。つまりは、二年のファーストに落ちてナンバーツーの成績を誇る優秀者である。


 名前はエクティラ・メトス・オル・ディーテ

 クラスはSクラス。一年の成績はクラルスに次いで優秀の2位。つまり、この学年で2番目の重要人物、ファースト生徒ということである。


 家柄をみてゼノは顔をしかめる。クラルスのことを『お姫様』と強調して読んでいたが、彼女も立派な王族だったのだ。


 ウィディーテ国王家序列六番、と高い?と思う。残念ながらゼノは疎いが、このご時世、王族は世継ぎが多いと聞く。その中でも一桁に入っているのであれば十分高いのではないか、と。


 だが、あまり彼女のことで校内、また学年が色めきだったり騒いだような記憶がない。おそらく、クラルスの方が注目されていたためだと思うのだが。


 理由として考えられるのは、彼女の国だろう。


 ウィディーテ国。

 栄華の国と言われ、世界を牛耳る大国の一つ。

 自国の文化や歴史に誇りを持っており、そして、それに見合うだけの歴史があり、また技術や文化というものがある。それが『栄華』と呼ばれる由縁、もっとも栄えている国なのだ。


 だからだろうか、彼らは自国への誇りが高すぎるがゆえに世界の中心は自分達だと思っている。だから、ウィディーテ国の人間は他国を見下し、他国の民を見下し、馬鹿にする傾向にある。


 また、そういった側面から、国家間の政治観においてもきな臭い国でもある。誰かを見下すということは、それは敵だけではなく自然と味方、身内にも向けられるものだ。ウィディーテ国の王族は他国でもそうだが、特に王位継承権争いがであるという。それも、鮮烈に。


 栄華を誇る国と言われながら、その裏に潜む闇はどれだけのものか・・・・・・目に見える以上の力を持つ存在。皆が自然と距離を置きたがるのも無理はない。


 プライドが高いウィディーテ国の王族。それこそまさに、栄華を体現せし者。そんな彼女がクラルスの光に隠れてしまった存在だとしたら、自分よりも下に見ている小さい島国の王女風情に自分が劣っているかのような評価にもしかすると、それが彼女がクラルスを目の敵にしている理由なのかもしれない。


 最後に写真を見るが・・・・・・ふむ、なかなか美しい。ゼノは先ほど直接見ていたが、写真をじっくり見て頷いた。

 整った顔立ちだ。良い物を食べて大切に育てられたのだろう。


 だが、ゼノが見た限り、足捌きは武芸を嗜(たしな)んでいるものであった。重心がしっかりとれた綺麗な歩き方ができるのは、そう躾がなっているそんじょそこらのお嬢様じゃできない。


 おそらく、セカンドでいえばBランクはあるだろう。流石は、Sランクファーストと言ったところだろうか。


(しかし、現状で俺にむやみに罵声を向けるってのは肝が据わっている。知らないだけか?それともアルビオンを見下しているだけなのか)


 そう。ゼノは今、フルネームが知れ渡っている状態。彼女が知らない、ということは低いだろう。だとすれば、彼がかの最強の騎士の息子であると知りながら王女と同時に啖呵を切るのは中々の豪傑であろう。


 ゼノはメトスのページをめくり次のページへ。


 ついでに他のファーストも確認しておこうと思ったのだ。

 

 その後は、担任の先生がやってきて、新Sランククラスとして自己紹介、ということはせずに、最初の一時間目はペアについての説明と今後の授業の方針の説明だった。


 実に退屈なものだ。


 退屈すぎて眠っていたのだが、隣の席の女子生徒が俺に構ってくれて、寝る度に起こしてくれる。

 隣からほら、脇や脚や喉、鳩尾、やたらと急所に激しいスキンシップが襲い掛かる。


「スゥ・・・スゥ・・・ゥグッ!?」

「・・・・・・お前の評価がそのまま私の評価にもなる。気をつけろ」


 ゼノが薄く目を開ければ、

 そこには夢にまで見た美しきオーガのような顔つきをした女子生徒が居た。


「・・・・・・へい」


 ドスッガスッ。


「(申し訳ございませんでした! 以後、気をつけます!)」


 彼の安眠は、クラルスが居る限り訪れない。




 チャイムが鳴り、一時限目が終わると二時限目までの小休憩が挟まれる。


 二時限目はファーストとセカンドがそれぞれに分かれて授業を行う。

 ファーストは教室で座学を、セカンドは実技専用の服であるアーマーと呼ばれる物に着替えて闘技場にて授業を行う。

 

「次の授業はバラバラになってしまうが、私が傍にいないからと腑抜ふぬけるなよ」


 クラルスが次の授業の準備をしながら、まるで母親の様にゼノに釘を刺す。


「俺はいたって真面目な優等生だぞ?」


 どの面下げて、Fランク落ちこぼれが吐く台詞なのか。


 ふんっ、とゼノの返事が適当だったのが気に食わなかったのか、鼻をならして次の授業の予習を始める。


 次の授業まで時間があったのでゼノはクラルスと話して時間をつぶそうかと思ったのだが、さすが学年トップは努力を怠らないようだ。


 邪魔しないようにゼノは退散する。着替えを持って更衣室に向かおうと教室を出ようとした時だ。


 不意に背後から自分に向かって近づいてくる気配を感じ取った。

 

 バシッ。

 ゼノは誰かに肩を叩かれる。


「よう。更衣室に向かうんだろ? 一緒に行こうぜ」


 ゼノは振り返ると、爽やかそうなイケメンがいた。

 ゼノ達の一つ列を飛ばして隣の席に座っている初見で爽やかイケメンペアと名付けた片割れ、セカンドの男子生徒だ。


 身長はゼノよりやや高い百八十程だろう。

 髪は金髪。髪が長いのだろう。男にしては珍しく後ろで長い髪を縛っている。少し前髪のところからピョンっと癖毛のように垂れているのが印象的だ。おそらくこだわりだろうとゼノはピョン毛を観察する。ぴょんぴょん。


 どこかゼノは自分が負けた気がしたが、気のせいであると自分に言い聞かせる。


「ええっと・・・・・・?」


 ゼノがイマイチな反応をしたせいか、少し残念そうな顔をする。


「おいおい、アミキティアだ。さっき自己紹介したところだろう? アルトゥス・アミキティア。気軽にアルトゥス、アルでいい。知らなかったなら、これから宜しくな!同じSクラスセカンド同士、仲良くしようぜ」


 アルトゥス。確かアミキティアと言えば有名な騎士を出してきた家、とクラルスが教えてくれた。


 こいつも化け物みたいに強いに違いない。

 ゼノとは別世界の人間だ。


 ゼノはいつも通り、学校での初対面の人間には腰を低くして接する。


「・・・・・・私はゼノです。よろしく」

「おう。お前のことは知ってるぜ。なんてったって、と有名人だからな――」

 

 アルトゥスの目が少し細められる。

 色々、ねぇ。


 アルトゥスはゼノの右肩に左腕を乗せて右隣を歩く。


「ゼノ」


 アルトゥスが彼の名前を呼ぶ。

 最初から下の名前で呼ぶとはなれなれしい奴だ、ゼノは思ったが、何故か不愉快に感じなかった。

 

「はい?」


 アルトゥスの方を見れば、ステキ笑顔だった。


 おいおい、俺は女の子じゃないぜ?

 そんなにキラキラした笑顔むけられると苦笑いを返すしかないんだが、とゼノは苦笑を返す。

 

「これから宜しくな。だから、そんないいぜ。普通にしゃべってくれればいい」

「それはどういう?」


 そういうとアルトゥスは自身の耳を指さす。


「俺の席ってゼノ達と同じ列で隣じゃん?ちょっと耳が良くてね。姫さんとの会話、聞こえてたんだなぁ」

「・・・・・・なるほど。しかし私は私はFランクです。Sランクの貴方とは、今は同じ学生だとしても、その価値は違う。貴方を敬うのは同じセカンドとして当然のことです」


 ゼノとクラルスの会話を聞いて、彼がもっと砕けた喋り方をする人間だと知っているということだろう。


「気を悪くしたならわるい。謝るよ。ちょっと興味があってね。何せ今この学校で一番噂になっている二人だからね」

 

 てへっ、ついやっちゃった・・・というような感じでアルトゥスは笑う。


 だからそのスマイルは女の子に向けてやってくれ。

 あれか?その素敵なスマイルは素なのか?


「それに、君は僕の尊敬しているかの騎士のご子息様だ。僕も君を羨ましく思うし、尊敬もする」

「Fランクの落ちこぼれの私を?」


 ゼノのその自嘲気味な台詞にアルトゥスは、やや声音を落とす。


「――それでも、君は騎士を諦めなかったじゃないか。だから、まだここに居るんだろう?抗うことを諦めない人って、すげぇなって、素直にそう思う」

「・・・・・・」

「ごめんよ。上から目線な言葉だったね。だけど、何といえばいいのか・・・・・・そう!お互いに尊重しあえるってことはさ、それは友と呼んでもいいんじゃないかな!どう?」


 アプローチをやめないアルトゥスに、かつての友、と呼べる青年を思い出した。目の前の彼ほど軽薄な感じがあったわけではないが、爽やかな笑顔と、人とのコミュニケーションを諦めないその姿勢は、どことなく似ている。


「・・・・・・はぁ、わかった。これでいいんだろ? アルトゥス」

「そう、それでいい。その方がお前らしいよ。これからよろしくな、ゼノ」


 アルトゥスが右手の拳をこっちに向ける。

 なるほど、拳をぶつけろってことか。

 

――だが、悪くない。


「・・・・・・ああ、よろしくな」


 ゼノは自分でもらしくないと思いながらも左手の拳をアルトゥスの拳にぶつける。 


「へへっ、なんだかわかんねぇが。お前とは付き合いが長くなりそうだ」


 アルトゥスがニカッと笑いながらそういう。ゼノも釣られて口に笑みをうかべる。


「ああ、俺もそう思うよ」


 こうして、ゼノの学校での初めて友人ができたのだった。


 これは本当に付き合いが長くなるのかもしれない。十年たっても、こいつとはつるんでいそうだ、そんな気がゼノにはした。


 「でよ、なんでさっきはあんな面白い喋り方してんだよ?気持ち悪かったぜ?」

 「ッチ。うるせぇ奴だな」

 

 ゼノにできた最初の学友は、かなり変わっていて、ムカつく奴で、でもすぐに気を許してしまう人物だった。

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