第三十話 Sクラス
校門から校舎まで、さらには校舎内の廊下も生徒があふれかえっている。
ペアとクラス発表のこともあるが、新しいパートナーにクラスメイト。前のクラスメイトとの交流に、友人との結果報告など――。
そのおかげか、クラルスとゼノの二人組も注目の的である。だが、意外にも、というべきなのだろうか。注目の視線を集めていたのは、ゼノだった。
「よかったじゃないか。好機な目で見られているぞ? モテモテだな」
ニヤリッとクラルスが口元に笑みを浮かべる。どうやら、この状況を楽しんでいるようだった。
ゼノが注目を集めるようになったのは、彼の本名が明かされたからだ。
――ゼノ・バレリア・ヴァルフェル。
バレリア・ヴァルフェルの名を持つ男は、この世に今まで一人しかいなかったのだ。それが、突然――その男の子供が現れたと言うではないか。
注目を集めないわけがない。ゼノ自身も、親と主の七光り、後光も差している為の注目である為、素直に喜んではいない。というよりも、もともと目立つのが嫌いな性格である。
ペア決めの期間中は、その気配を消し、さらには表に顔を出さないことで他の生徒たちに覚えられないように努めてさえいた。何故か一人だけ、そんな彼にアプローチをしてきたファーストの生徒が居たが、今頃、彼女も違うペアと組んでいるだろう。
「そんなモテモテのワタクシめをペアにした貴方様はお目が高い」
「当然だな」
ゼノ達は校舎内を、学校パンフレットの地図をみながら歩いていく。
学年も変わればクラスも、そして教室の位置も変わるのだ。
アルビオン聖騎士学校は世界一と言われるほどの騎士学校であるが、その大きさも施設の充実さも、おそらく世界でトップクラスに入る――いや、実際に世界一である。
学生数も多い為に教室も多い。となると、教室が変わるというだけでも移動も大変なのだ。
一年過ごしてきたゼノやクラルスでさえ、行ったことがない場所だってある程。
歩くこと十分ほど。ようやく、ゼノ達の目標場所へとたどり着く。
新しいクラス。新しい教室。そこには、Sクラスと名札がかかれた教室があった。
「さてさて、Sクラスにはどんな化け物達がいるのやら」
ゼノは少し自嘲気味に言う。
クラルス以外のSランクの生徒については、ちらほらと周りが噂をしているのを聞いたり、校内でちらほらと見たことがあるだけだった。
Sランク。
このゼノのペアであるクラルスもSランクだが。Sランクの何がすごいというのか・・・・・・。
それは――全てにおいて。
彼等は、セカンドもファーストの両方が、各国にとって、いや、世界にとっても、人種という中でも極めて重要な価値がある人間。
セカンドであれば、どこの国でも喉から手が出そうなほどほしい人材だろう。ファーストであれば、小国の王族に匹敵するか、それ以上の力を持つ家、大国の王族である者ばかり。
そんな風に考えて体を少し強張らせているゼノを見てクラルスが、ふんっ、と鼻で笑う。
「お前にとって敬うべき者はこの私のみ。それにこのクラスで一番優秀であり権威を持つのもこの私。何も心配することはない」
と、クラルスが胸を張る。普段着痩せしているのか、胸を少し張ったとき胸元の服が膨らむ。おいおい、ボタンが飛ぶぞ。
これはなかなかな大きさだ。おそらく、DよりのCカッ・・・・・・。
ドスッ。
「ぅぐ・・・な、なぜ」
「お前が変なところを見ているからだ」
やはり女というのは視線に敏感らしい。男にはあまりない感覚だ。あると言えばあるが、それは自意識過剰と言われたら終わりだ。
男とは、なんとも弱く理不尽の中に生きているものだと、ゼノはお腹の痛みとともにしみじみと感じるのだった。
「――で、真剣な話。Sクラスってどんな奴らがいるんだ?資料からじゃぁわかんねぇし。セカンドに関してはからっきしだしよ。お前、去年は同じクラスだったんだろう?」
「・・・・・・そうだな。だが、私が知っているのは同じファーストだけだ。セカンドの者達については資料以上の情報は知らない」
「それもそうか」
確かにクラルスはファーストのクラスであり、ファーストとセカンドがクラスで混ざるのは今年からであるから、セカンドは知らなくて当然だろう。
一応、ペア決めの時に資料が配られているはずだが、おそらく彼女は興味がなく、それに目を通したことはないのだろうと思う。
というよりも、普通の学校生活を過ごしていれば、多かれ少なかれ同じセカンドの情報は最低限持っているものだが、彼がいかにだらしなく、他人に興味をもたずに灰色の学校生活を送ってきたかがわかる。
クラルスは話をしながら思わずゼノに呆れ顔である。
ガラッ。
クラルスは躊躇なく教室のドアを開ける。
そしてそのまま教室へと入ってしまう。その後ろにゼノも着いていく。
――ゾワッ。これは、明らかな敵意
教室に入った瞬間にゼノの体に鳥肌が立つ。
「・・・・・・余り、雰囲気が宜しくないようだが?」
「いつものことだ。じきに慣れる」
一般の教室と比べるとSクラスの教室は小さく、もとからSクラスに選ばれる生徒が少ないことを考慮してのことなのだろう。
定員は三十名ぐらいだろうか。そのところどころに生徒が座っており、どの生徒も二人組みのペアで座っている。
Sクラスはゼノとクラルスを入れて全員でファーストが六名、セカンドが六名の計十二名である。
ゼノが数えたところ、どうやら自分達が最後に到着したようだった。
教室の席には空席がところどころあり、点々とペアごとにクラスメイトが座っている形だ。
一番最前列には金髪の偉そうな女子生徒と屈強そうな大柄の男子生徒。
その後ろ、一列飛ばして、こちらに笑顔を向ける女子生徒と無表情の女子生徒。顔がそっくりである為、「双子?」とゼノは思う。
その隣の一列飛ばして、車椅子に座った目を瞑っている女子生徒と、白髪の男子生徒。目を瞑っているのは、開けられない理由があるということで、おそらく盲目なのだろう。
また隣に一列飛ばして、偉そうな男子生徒が二人。珍しく男同士のペアのようだ。
白髪の男子生徒ペアの後ろ、二列飛ばして爽やかそうなイケメンな女子生徒とイケメンな男子生徒。これは、爽やかイケメンコンビだな、とゼノは名前を付けておく。
全員が尋常ではない気配を持っている。強者。それは武というだけではない。意志の強さ、揺るがぬ信念を持つ気配。惹きつけられる存在感。
そんなものをもつ人間は、ゼノにとって一番身近であればラザスがあげられる。彼は剣の腕という実力もさることながら、最強の騎士としての自負、数多の戦場を駆け抜けた自身は精神だけに及ばず、その肉体にも、また周りにも影響を与える。
ただ、その場に居るだけで周りの人間に影響を与えてしまう存在。
――カリスマ。未来の英雄。王の器。歴史に名を残す者。
彼らは、それらを持っている者達だ。そう感じさせる。つまり、少なからず誰もがカリスマを備えているのだ。惹きつけられる。それがこうも十人近くもそろうとなると恐ろしいと感じるのは、自分の器の小ささなのだろうか、と自嘲気味になるゼノだった。
――どう考えても、余りにも、余りにもこの場所は、
こうして数を整理した場合。
ゼノが入らなかったらセカンドが一人足りなくて、Sランクではファーストが一人落ちてしまう形になっていたようだ。つまり、クラルスが。
ある意味、ゼノがクラルスと組んだのは良かったのかもしれない、と思う反面、本来であればAランクの上位セカンドが上がってくるのが普通なのだろう。
クラルスは誰も座っていない窓際の隅の席、爽やかイケメンペアの横一列飛ばして隣の座席に座る。
クラルスが自分の隣に空いているスペースを指差し、ゼノに横に座れと指示をする。
他のペアも隣同士で座っていたので、そういうものか、とゼノは彼女の横に大人しく座る。
ゼノは席に着くと他の生徒を確認する。一番後ろなので観察するにはうってつけの席だ。見て思い出したが、名前ははっきりと覚えていないものの、どの生徒もこの一年で校内でよく騒がれていた生徒ばかりのようだ。あまり周りと交流がないうえに、あまり他人に興味がないゼノの耳にさえ入る噂なのだから、相当なものだ。
セカンドは特に、生徒とは思えない者達ばかりであり、ファーストもカリスマとも言うべき平民にはない違い、輝きとも言うべきものを持っており、どの生徒も大物であろう。
その中でもクラルスが頭ひとつ抜けているわけだが。俺の主、マジ化け物。
と、思っているゼノだが。実は彼の立ち位置も家柄としてはかなり上位にあたる。ラザス・バレリア・ヴァルフェルは聖剣に選ばれし聖騎士にして、人柄や行いが立派な人物として各国にも名が売れている。命を助けられた者も多いだろう。王家からの信頼も高い。特にこのアルビオン聖騎士学校においての立場は王族の次に並ぶ権威といってもよい。その最強の騎士ラザス・バレリア・ヴァルフェルの養子。周りからすれば息子として見られているわけなのだから。
更に、彼は子供好きで有名である。彼が自身の子供に注ぐ愛情はさぞ深いものであろうと推測できる。ならばその息子に手を出すことは、本人の怒りを買う可能性が高い。誰も、かの騎士を敵に回すような真似はしないだろう。
そう、だからこそ普段から彼に罵声を浴びせるような生徒たちは表立ってクラルスの傍に立つ彼に文句や怒鳴ることがなかった。
しばらく、ゼノは他のクラスメイトの顔を覚えるように努める。
コイツらには関わってはいけない人間だと、しっかり覚えるために。
すると、一組のペアが近づいてきた。一番前の座席に座っていた金髪の偉そうな女子生徒と屈強そうな大柄の男子生徒だ。
女子生徒の方が明らかにクラルスに敵意剥き出しだった。
おいおい、新学期始まって早々敵対行動かよ。勘弁してくれよ・・・・・・。
思わずゼノは頭を抱えるのだった。
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