第二章 アルビオン校編―友と、試練―

第二十九話 色づき始めた世界に

 空に浮かぶ島に、白い巨塔が並んでいる。

 騎士の聖地、アルビオン国の王城とその傍に建てられた、世界一と呼ばれる騎士学校、アルビオン聖騎士学校だ。


 白を主基調とした国、学校――そのアルビオン聖騎士学校の正門を幾人もの制服を纏った、学校の生徒たちが通っていく。その中に一人、猫背であるく男子生徒が居る。


 丸まった姿勢ではあるが、身長は、平均的な176cm。ボサボサに伸びた長めの髪。

前髪に至っては目元を殆ど覆い隠してしまっており、表情がハッキリとわからないが、髪の向こうに見える瞳は薄い黒の瞳は、やる気を感じられない。体つきも、姿勢も相まってヒョロい、という言葉が当てはまるだろう。


――ゼノ・バレリア・ヴァルフェル。


アビオン聖騎士学校校長、騎士団団長。生きる伝説。世界が認める最強のケルサスの騎士、ラザス・バレリア・ヴァルフェルの。そして、


――選ばれし者にしか抜けぬ聖剣アルグムを扱いし者


 他の生徒が姿勢正しく歩く中、一人猫背である彼は余りにも目立つ・・・・・・はずだが、周りの誰も彼のその姿勢について気にをするものも居なければ、彼を視界に入れる者もいない。

 

――そこに居るのに、そこに居ない。


     ◆


 ゼノとクラルスが主従関係になってから何の問題もなく一ヶ月が過ぎ、いよいよペアとクラス発表が行われることとなった。


 ペアを組むと決めた者は期間中に担当の教官にペアを組む二人で会いに行き、組むことを決めたことを事前に報告しておかなくてはならないのだが、そこは校長であるラザスの権限で省かれ、ゼノとクラルスの二人は行ってはいなかった。


 ゼノ達二人が言ったところで教官や教師達にすぐに認められるわけがない。一悶着あるのは間違いなかった。校長であるラザスが手を打ってくれたわけで、もはや二人のぺアが確定していることは分かり切っている。


 ペアとクラス発表は学校の入り口の大きな掲示板に掲載されているようで、学校に登校してすぐに目に入ってくる。掲示板前には既に多くの生徒が集まり、騒がしい。

 掲示板に近づいていくと、自然と周りの生徒がゼノを見ては道を開けていく。あっという間に掲示板前にたどり着き、腕を組み仁王立ちをしている女子生徒が居た。


 女子生徒にしては、身長は高く、167cm。光を反射しているかのような艶のある黒髪で、後ろ髪は腰まで伸びている。凛々しい顔つきに、力強い黒い瞳。制服であるスカートから伸びる作り物の様に美しい脚は細いが、人体、筋肉、を多少なりとも知る者が見れば、それは無駄のない脚。

 身長が高く、長く美しい脚も相まって、スタイルがいい、というのはまさに彼女を指すのだろう。

 

 ゼノの主、クラルス・フィーリオだ。

 教会で契約をした後から、彼女は既に鞘を帯びていない。鞘姫の由来である鞘の対である剣が見つかり、その鞘に収まったことで、本来の姿である聖剣アルグムへと戻ったため、今ではアルビオン国の王城にて保管されている。


 鞘姫の所以たる鞘が返上された今、彼女は只の姫になったわけだ。

 なぜ鞘を携帯しないようになったのかについては、様々な憶測が飛び交ったが、時期が時期な為、ペアである生徒、つまりは彼女の騎士が見つかったのではないかと言われている。


 剣がないのだから、剣を探していたということは、それつまり、剣とは騎士を指す――というのを想像するのは何とも女性達の乙女な妄想・・・・・・と吐き捨てることができないのがゼノとしては何処かむず痒いモノであった。

 

 まぁ、勘が鋭い奴はすぐさまその前後からクラルスとよく行動を共にしているゼノを疑うわけだが、普通に考えればFランクのセカンドが相手にされているとは思っておらず、付き人程度にしか考えられていなかったようだ。


「・・・・・ぉはよ」

「遅いな。いいか?これからは私より早く起きなくてはならないのだ。しっかりと寮では休息をとれ。私生活の調整も騎士たるもの、できて当たり前だ」

「はぁ?」


 何を言っているんだコイツは、とゼノは首をかしげる。


「お前は私の騎士になったのだ。これから毎朝、女子寮前まで私を迎えに来い。他のペアもしている。私の騎士がで来なくてどうする」

「え、めんどく・・・・・・あ、ハイ。ワカリマシタ」


 めんどくさいとゼノが言い切る前に、クラルスが目で『殺すぞ』と言わんばかりの鋭い目つきで睨んだので、ゼノは渋々承諾することにした。


「・・・・・・いいな?」

「・・・あい」


 ゼノはクラルスが見ている先、掲示板に目を向ける。


「ま、当然だな」

「・・・・・・俺からすればだけどな。いや、その異常自身である俺がいう台詞じゃないか」


 ゼノ達は互いに掲示板をみて呟く。

 ペアは基本的には同じランクのものと組むのが最善であるが、当然何千人といる生徒の中で違うランクの者とペアを組むものがいるのは仕方がない、というよりそっちのほうが多いだろう。


 だとした場合、クラスを分ける基準としてはどっちのランクにあわせるべきなのか?


 聞くまでもなく、ファーストである。ペアの主に合わせられるのだ。

 

 だから、当然ゼノ達はSクラスになるのだった。ラザスから教官たちには話は通しておくとは聞いていたが、おそらく教官たちは校長からだったから渋々了解したのだろう。


 まさか、Fランク最低成績の自分がSランクになるとは、まったく喜べないゼノだった・・・・・・。


 クラスの書かれた方の貼り出しのSクラスの欄に、後に世に名を残すであろうSランク者たちの名前の欄の一番下の一番最後に「ゼノ・バレリア・ヴァルフェル」と書かれているのだ。


 おそらくFランクの落ちこぼれの成績者がSランクの学年トップとペアを組んだのは、この学校の歴史上初であろう。それも、学校の歴史上最低の評価を受けているFランク生徒が、である。


 他の誰でもなく、ゼノが一番理解している。周りはざわつき、ゼノには殺気にも似たトゲトゲしい視線が集まる。


 何人かがゼノのことを知っているものが周りに行って伝染しているようだ。おそらく、今日中にゼノの名前と彼の顔は同級生の全員に知られることになるだろう。


 今までも有名であったが、彼の家の名前が「ヴァルフェル」であることが初めて公開されたこと。さらには、Sランクファーストのクラルス・フィーリオとペアを組んだことによっいてその悪名はさらに広まることだろう。


―――誰?このゼノとかいうやつ

―――さぁ?知らないけど。どっかで聞いたことあるような

―――でも、名前が校長先生と同じよ!?

―――おい、あのクラルス様のすぐ隣に居るアイツじゃねぇか?

―――ヴァルフェル様に子供がいたのか?

―――どうせ、親類だろう?大したことないさ

―――おい、アイツ俺と同じFクラスに居た奴だぞ!?

―――Fクラスだって?

―――じゃあクラルス様はFクラスの奴をペアにしたっていうの!?

―――あいつ落ちこぼれのゼノじゃ・・・・・・

―――まさか、校長の後ろ盾でも利用したんじゃ


 色々な言葉が飛び交い、注目の的であるというのに、その中をクラルスは涼しい顔で歩いていく。


「おい、呆けてないで早く行くぞ」


 クラルスはゼノにそう言葉をかける。


「おい!俺をこんな敵だらけのところに置いていくな!」


 走ってクラルスの隣に着く。危ない。


 今、ゼノはクラルスから離れれば確実に仕留められるに違いない。アレは殺気である。もはや嫉妬など生ぬるい。対象が居れば対象を消さばいいじゃない、と言わんばかりの殺意だ。


 ゼノは今日、初めて学校が怖いと感じたのだった。


 バシッ。

 クラルスがゼノの胸を手の甲で軽く叩く。


「さっきから一人で何をビクビクとしている。気持ち悪い」

「す、すまん」

「堂々としていればいいのだ。お前は私を選び、私はお前を選んだ。そうだろう」


 その言葉は、彼女なりのゼノに対する気遣い、励みの言葉だったのだろう。

 ゼノはすこし体が軽くなる気がして、むしろ嬉しい気持ちでいっぱいになり、頷く。


「笑顔が気持ちが悪い」


 が、冷たいのはいつものことだ。

 確かに今のゼノは顔の上半分がほぼ前髪で隠れている状態。そのような人間が口だけ笑っていても不気味というものだ。


「髪を切ったほうがいいんじゃないか?」


 クラルスは唐突にそうゼノに提案する。


「うーん。別に髪型にこだわりはないんだけどなぁ」


 ゼノは髪をいじりながら応える。こだわってはいないという割に、彼としては、今の長さぐらいが気に入っていたりする。

 あまり人に顔を見られるのは好きではないのだ。自意識過剰ではあるが、そういったことに敏感であることは重要な才能であった。


 が、この学校という環境において、ある程度の注目を集める存在である、というのは必要ではあるかもしれない。現在のゼノはたいして目立つ生徒ではない。彼の名前だけがひどく低い評価を受けているというだけで、その顔も、存在感も薄く、パッとしない第一印象から人に覚えられることもないだろう。


「ならば、切ったほうがいい。なんなら、私がってやろうか」

「あるじ様。それはちゃんと《はさみ》鋏で切っていただけるんでしょうか」

「――――冗談だ。とりあえず、髪は切れ。私のペアとして身だしなみは整えてもらう」

「一瞬、間があったな!?」


 久々に髪を切るか、とゼノは髪を切ることを決める。


「ああ、そうしろ。――絶対に、その方がいい」


 そういってクラルスはゼノに微笑む。冷たい色の花が、時折見せる、太陽に照らされた暖かい色は、余りにも眩いものだ。彼女が時折見せる豊かな表情は、ゼノにとってその瞬間に世界に色を与えてくれる。




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