閑話
ゼノはFクラスの教室で授業を受けていた。
授業を受けているといっても、考えているのはクラルスとのことだった。
クラルスと契約を結んだことで、クラルスとゼノは主従関係になったわけだが……先が思いやられる。
それと同時にゼノの心は満たされていた。
ようやく約束を叶えることができたという達成感とでもいうのだろうか。
――いや、まだ達成はしていない。これからだ。
クラルスとゼノがペアを組むことが決まったとはいえ、それを知っているのはまだラザスと彼の力の影響により他一部の人間でとどめられている。
これが周りに知れたらどうなることやら……ゾワッと想像しただけでゼノの背筋に冷や汗が伝う。
クラルスという存在はこの前の旧教会の事件が起きるほどに大きく、目立つ存在だ。ペアになりたいというセカンドは山ほどいるし、慕い、敬愛する者もいるのだから。
ペアが決まったとは言え、まだ他の生徒はペアを決める期間中のため、まだ共に行動することはない。別に期間中とはいえ、もうペアを組むことが決まっているならペア行動もしてもいいし、している者もいる。
ある意味、周りの生徒に私達はもうペアになると決めました、と言って回るようなものである。なぜなら、そうしないとセカンドが言い寄ってくるし、またその逆もしかり。
まるで、下手な男のナンパのように聞こえてしまうかもしれないが、色々な意味で多様なものだ。セカンドに関しては下心も対象によってはあるかもしれないが、心の底にあるのはこのままでは退学してしまうという焦りからでもあったりするだろう。
ペアが決まったことをアピールすることで結果的にファーストからすれば鬱陶しいセカンドが近づかなくなるし、セカンドとしても注目を集めることができる。
ペア決めの期間が終われば、正式にペアでの行動となり、クラスもまたファーストに合わされた形で振り分けられる。例えペアを組んだ時にファーストよりセカンドの方がランクが高いとしても、ファーストのランクに合わせられる。
ゼノであればペアを組んだクラルスがSクラスの為、Sクラスになる。といっても、Sクラスになったからといって、ペアで授業を受けることは余りない。ファーストとセカンドとは科目が違う為だ。
だが、授業以外では基本、学校内でのペアでの行動が義務づけられている。今の期間が終われば、いやでもバレてしまうだろう。ゼノがクラルスのペアになったことが……。
ゼノは、落ちこぼれ。クラルスは学年トップ。周りからは不釣合いなペアと思われるのは間違いない。本当に、先のことを考えると思いやられる。
特にゼノのメンタルが……。最近、まだ周りにばれてもいないはずなのに、周りの目線が気になり、胸は常に張り裂けそうな緊張と痛みが走っている程だ。
そんなことを考えていると、授業が終わってしまった。今は期間中とはいえ、さっそくクラルスに午前の授業が終われば来いと言われている。昼休みくらいゆっくり過ごさせてもらいたいものだ。
ゼノは教室を出ると、クラルスの教室へ向かう。教室に向かう途中で男子生徒の群れとすれ違う。どいつもこいつもすれ違いざまにゼノを睨む。
俺の顔に何か?それとも服装か?
途中にトイレにより鏡で確認するが、いつも通りの不衛生感が漂うやる気のない学生の自分が写っている。
「よし。問題なし」
何が問題なしなのか疑問なのだが。彼は旧教会の一件でこの学校で始めて人の前で素顔をさらしたといっても過言ではない。
いつものボサボサの前髪が隠す顔は、中性的な顔つきであり、貴族育ちのような整った美しい顔立ち。おそらくは、クラルスが抱いた通り、女装をすればそこらの女子生徒よりもレベルは高そうなほどに。
実は、それが嫌で顔を隠している面もあったりする。中世的な顔つきで女装が似合う男の過去には重い過去があるのだ。ファッションやオシャレなるものは個人の自由だ。
ゼノは鏡でいつも通りしっかりと顔、主に目が隠れていて、ギリギリ怪しまれない、目立たないように髪と服装をセットして頷く。そこでふと、先程すれ違った際にこちらを見てきた男子生徒たちの顔が頭をよぎる。
そういえば何処かで?・・・・・・・まあいいか。ゼノが教室まで行くと、クラルスはすでに教室の外にいた。
「遅い」
腕を組んで、いかにも待ちました、という様子で待っていた。表情はいつもと変わらず、温かさと冷たさの中間を行く美しい顔つき、程度ので、いつも通りの喜怒哀楽を感じさせないクールな表情。
だけど、ここ数日でそのわずかな表情にも癖があることは気付き始めた。そもそも、小さいときはもっと表情豊かで、天真爛漫のじゃじゃ馬感があったものだ。その過去を知っていると、やはり同じ人間、共通する部分があるので気付けるようになる。
「これでも授業終わって急いで来たんだ。文句があるなら授業を長引かせた教官にいうんだな」
さらりと嘘をつくゼノ。
実際にはトイレで身だしなみチェックに十分以上の時間を要している。移動時間も合わされば、同じ時間に授業が終わるクラルスが待っていた時間は長かったはずだ。
「まぁいい。行くぞ」
だが、クラルスは待たされていたことに関しては特に追及もなく、スタスタと先を歩いていく。ゼノは駆け寄り、彼女の後ろをこっそりついていき、小声で声をかける。
周りに下手に一緒にいるところは見せたくないのだ。
「どこに行くんだ?」
「昼食をしに行くに決まっているだろう」
「ああ、昼食ね。弁当?」
「馬鹿かお前は。食堂だ」
食堂ね。……昼食?食堂?
ゼノの足が失速する。
「ま、まさか、二人で、食堂で食べる気か?」
「なんだ、友達でもいるなら誘ってもかまわないぞ」
「い、いや、いないが……」
自分で言っていて食事に誘える友達がいないということに自身を傷つけるが、今はそういうことではない。
ゼノに友達が居ないことが今問題なのではないのだ。今この状況でクラルスと二人で食べるということに問題がある。
ゼノが女子ならば問題ないが、今はペアを決める期間。そんな中で男女が二人で食事など『たちはペアを組むことになりました!』と言っているようなもの。
それも、クラルスと落ちこぼれのゼノ。ペアだと思わられなくても、周りからはよく思われないのは分かり切っているのだから。
「まて、今俺たちが二人で居るのはまずいだろ」
ゼノが呼び止め、クラルスが立ち止まり振り返る。
「なぜだ?」
「お前のペアになったのが俺だとばれてしまう」
「今更だな。どうせバレてしまうんだ。気にするな」
クラルスは特に気にした様子も見せず、そう言う。本当に気にしていないようだ。
「おい。この間ジジィに目立つことはするなと忠告されたところだろ」
「・・・・・・どうせばれる。それに期間はあと少しじゃないか。いいだろ。一緒に食事ぐらい」
クラルスの綺麗な眉毛がやや下向きになる。なんだか、しょげはじめてしまったお姫さん。
いやいやいや。別に今まで食事一緒に取ろうとは言ったことがないだろ、と追い打ちをするのはやめるゼノ。こういう時のクラルスに追い打ち反撃をすると、大打撃カウンターを食らうのは目に見えている。
「わ、わかった。別に食事ぐらいなら、な」
「よし、行くぞ」
立ち直るのが早い姫さん。別にいいけどよ。
クラルスにとっては気にするほどのことでもないことでも、ゼノにとっては寿命を縮める行為に他ならない。
一年かぼっちで過ごしてきたゼノのメンタルはかなりのものだが、それでも日中殺気を含んだ目線で睨まれ続けるというのはキツイ。
が、クラルスとの一緒に食事をするというのも悪くない。我儘な主様の小さな願いをかなえるのも騎士の仕事だ。
ゼノはそう割り切ることにした。
しかし、クラルスと歩きながら会話していたせいでいつのまにか視線を集めてしまっていたようだ。おそらく、傍から見れば会話の内容が聞こえてないだけに、仲良くしゃべっている様に見えたのかもしれない。
または、またセカンドや男子生徒に言い寄られている、と思われているのかもしれない。
よく見ればゼノ達の後ろキッチリ数十メートル間隔でクラルス女子ファンクラブが後をつけてきていた。
すっかり忘れていたのだ。彼女たちの存在を。
おそらくは、最初からクラルスの様子を少し離れた場所からうかがっていたのだと思われる。
恐ろしい。ゼノの背中に殺気を含んだ目線が突き刺さっている。
うっ、心臓が痛い。
胃が痛い。うっ。
うっ。
そんなゼノのことなど構わずにスタスタと歩いていくクラルスになんとかついていき、無事に食堂に到着する。実はゼノは食堂が苦手で来たことはない。今日が初めてなのだ。
食堂とは別に、街のおばちゃん達が開いている購買部が別にあるので、いつも彼は、そこで売っているパンを買って食べていた。
ゼノが食堂がなぜ苦手なのかと言えば、只々豪華なのだ。格式も高いし値段も高い。
というのも、この学校にはお嬢様やお坊ちゃまが多いわけで、そんな生徒が学校に弁当も持ってこなければ、購買部の安いパンや料理で満足できるはずもなく。
食堂の貴族向けの高級料理を食べるわけである。
そんな生徒らの舌を満足させるだけのものを学校は用意しなくてはならなかったわけで、保護者から融資を得て、一流のシェフが担当する食堂ができたというわけだ。
もはや、高級レストランといっても過言ではない。以前にラザスが愚痴っていたのをゼノは思い出す。
そんなところに如何にも庶民の空気を漂わせるゼノが食堂に入るのは気まずさからか、足が遠のいてしまうのも仕方がない。
食堂は一応、全生徒に開放されているのだが、実際に使っているのは貴族の生徒のみだ。平民出の生徒達は皆が購買か弁当で済ましている。
クラルスに付いて食堂に入れば、床には赤い絨毯。広いホールの中に長机などにみんなで囲んで座るなどという庶民的な食堂ものではない。
すべてが豪華な装飾が施された高級なテーブルと椅子。そこに座る生徒はみな気品の高そうな者たちばかり。
ここは戦場ではないが、緊張をしてしまう。いや、ある意味、学校、またこういった食堂は戦場なのかもしれないが。
そんな中をスタスタと歩いていくクラルス。さすがに王女様だ。こういう場所には慣れているのだろう。
クラルスは空いているテーブルに座ると対面の席に手の平を向ける。そっちに座れということらしい。
ゼノは椅子を引いて恐る恐る座り、落ち着かないのか周りをきょろきょろと横目で伺っている。
「なんだ?初めてか?」
どうやらクラルスはゼノが余りにそわそわとしていたので心配したようだ。
「あ、ああ、まぁな」
「なに、すぐに慣れる」
ゼノはクラルスのその言葉に遠い目をする。
あぁ、学校で一人。
誰も気にせず優雅に、そして気ままに過ごせた昼休みはもう訪れないというのか・・・・・・。
とりあえず、ゼノは気を取り直し、メニューを見るも、訳の分からん文字列を見た瞬間にさじを投げた。
「注文は任せるよ。料理はわからん。なんか適当に安いので。ジジィからの小遣い少ないし」
「私が誘ったのだ。私が払う。騎士の面倒は主が見るものだ」
「いいのか?」
あまりの驚きに、本当に?とゼノはうれしさ半面に目が点になる。
「ああ、ほら、嫌いな物は無いのか?」
「特にない」
ゼノはワクワクし始めた。
こんな食堂で腹を下すようなものが出るわけじゃないし、味も心配することはないだろう。きっとすごく美味しいに違いない。
クラルスはメニューが決まったのか、テーブルの端においてあったハンドベルを軽く二回ほど鳴らすと、すぐにメイドのような服・・・・・・というよりメイドなのだろうが、長く黒いロングドレスの上に白いエプロンをつけて、頭には白いカチューシャ・・・・・・を着たウェイターがやってきた。
可愛らしい。
「これと、これを頼む」
「はい、畏まりました」
ウェイターは手に持っていた紙にメモをしていくと、軽く礼をして、すぐに厨房へと戻っていく。
その一連の流れがすべて洗礼されていて、さすがだな、と心の中で思う。
「おい」
「なんだ?」
クラルスが少し目を細めながら言う。
「お前、今、あのウェイターを見ていただろう」
「ああ、可愛いかったなぁって」
クラルスは眉を寄せて、いつも以上に冷たい目でゼノを見る。
「――――呆れた」
軽くクラルスに引かれてしまった。
だが、男なら誰でも可愛い女の子とか美人が居たら、ついつい見てしまうものだ。
だが、これからは気をつけるとしよう、心の中で思うゼノだった。
しばらくして、先ほどの可愛らしいウェイターが料理を両手に持ってやってくる。
うむ、可愛い。やはり男の性には逆らえないな。
「お待たせしました。こちらが特選ブラックビーフ・フィレ肉のポワレになります」
そういって謎の呪文と共に差し出されたのは、丸い真っ白な器の上に、分厚い肉と色とりどりの野菜、そして色鮮やかなソースがかけられている料理だった。
な、なんて美味そうなんだ。
もしかして、俺の昼食か!?
ゴクリッ。
ゼノの喉が鳴る。
「ああ、こっちに頼む」
――クラルスはそういって小さくメイドに向かって手を上げる。
ッチ。
ゼノもこんな高そうな料理はとても食えない。
とはいえ、これだけの料理がポンッとでるのだ。自分の料理に期待しても・・・・・・・。
「はい。そしてこちらがスペシャルサンドイッチになります」
「それはそっちだ」
クラルスは、それはワタシのではないとゼノを指差して、そっちへ、という。
「ぇ?」
ウェイターはサンドイッチが四つ乗った皿をゼノの目の前に置いた。
「はい。ではごゆっくりどうぞ」
ゼノはただただ目の前に出される白く美しい二等辺三角形の食べ物をただ、呆然と見つめるのであった。
「これってフォークとナイフで食べないといけないのか?」
「手で問題ない」
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