第二十七話 主の姿

「お主らがおこなった盟約は仮などではない。お主らが結んだ盟約がいったいどういうもので、どういう意味を持つものなのか・・・・・・わかって、おるのだろうな?」

「「ッ!」」


 その最後の言葉に乗せられた威圧は、ゼノとクラルスを心から畏縮させるものだった。

 ラザスの威圧に、その咆哮ともいえる怒鳴り声はゼノとクラルスの頭に、まるで直接怒鳴られているかのように響き震わせた。


  意識に暴風のようにぶつかってくる。それはまるで、体が嵐の中に放り込まれたかのようだ。

 ゼノは思わず体が構えてしまう。その、ラザスの心からの怒気に。


 二人に向けられた怒気を治めると、ラザスは静かに口を開いた。


「クラルス・アル・フィーリオ殿下。まず、アルビオン国 王国騎士として貴方様に問いましょう。貴方に、剣を捧げるほどの価値があるのか?」

「それは」

「それを決めるのは、貴方ではなく周りの者達。騎士達だ」

「・・・・・・はい」

「貴方に、騎士の命を背負う覚悟がおありか? その家族を、その人生を、その覚悟を、その忠誠に。貴方は背負えるのか?応えられるのか? 貴方が倒れれば、騎士もすなわち倒れているということ。貴方が死ねば騎士も死ぬ時。それは騎士の家族を暗闇に落とす。悲しみか、没落か。その騎士の全てが貴方にかかっている。その覚悟がおありか」

「・・・・・・」

一度ひとたび、戦場に出れば。相手が魔物だろうと人であろうと騎士は主君の命に従いその剣を振るう。主君は騎士に殺し合いに、その命を投じろと命令しなければならない。その手を敵の血で染めよ、と。それは、もしかしたら戦場ではないのかもしれない。貴方は、その覚悟がおありか」


「特に、貴方は王族。国を背負って先頭に立ち、国を導いていく者。果たしてあなたに王が務まるのですか? まだ若い騎士見習いをたぶらかして盟約を結び、それで一人前にでもなったつもりですか? この先、王となれば何千何万という騎士を率いていかなくてはならないのに? 何万何億という民を導いていかなくてはならないのに?」

「私は・・・・・・」


 ゼノはラザスのクラルスに対して言い過ぎではないかと感じ、思わず前に出る。


「おい、ジジィ。もう、その辺で……」

「お前は黙っていろッ!」


――――。


 ラザスは机を強く叩いた。その叩かれた机に振り下ろされた拳の跡が残っていることから、見掛け倒しの怒りではない。


 ゼノも、ここまで怒り、怒鳴り声をあげるラザスを見るのは初めてだった。余りの怒気にゼノは、腰に挿している剣に左手が無意識に伸びてしまっていたほどに。体中に冷や汗が流れている。それは、直接尋問されているクラルスも同じだろう。


 だが、ラザスと共に過ごした時間の中で、ラザスが怒らなかったことがないわけではない。


 ゼノは、その時のことを思い出すと、いつも優しいラザスが怒るのは決まって自分達の為であった。そう、思うのだ。だから、これは無意味な、感情に任せてのものではないというのも、わかってはいる。


 ラザスが我が子同然と言い切るクラルスを無意味に怒ったりなどしない。

 最強と謳われる騎士が、俺達より倍も生きている人間がそんな小さい器の人間なわけがない。彼は校長という学生を教え導く者。


 これは、クラルスへの試練。試しているのだろう。だとしたら、このやりとりに彼が言うように今はゼノが口出す必要はない。そう思ったゼノは二人のやり取りを見届けることにし、一歩下がった。


「クラルスよ、騎士を持つということは一つの、一人の命を預かるということなのだ。主はそれをしっかりと理解しなくてはならない。主が愚かであろうと、騎士は従う。命を捧げる。そうやって死んでいく騎士を私は見てきた……」


 ラザスは遠い目をする。数多の戦場を駆けるということは、数多の戦友と共に戦い、敵の死と、仲間の死を見届けてきたのだろう。


「ゼノの父として問おう。お主にゼノの全てを背負えるのか?」


 ラザスは、静かに、重く、そうクラルスに問いかける。クラルスは、ただ静かに答える。


「はい。私は彼と、ゼノと盟約を交わしました。私が彼の主となった時に、そして彼が私の騎士となった時に。全てを背負うと。全てを捧げると・・・・・・しかし」

「しかし?」


 クラルスはラザスから隣にいるゼノへと目を向ける。


「私は、騎士だけを戦わせる主などにはならない!私は彼と同じところに立ち、背中を預けあいたい。私は彼を、そして彼は私のすべてを背負い支え合う中になりたいと。それは、これから背負っていく国も、騎士達も、民達も同じこと。全てを分かち合いたいのです。夢物語だろうとしても、それを可能としてくれるのが盟約なのだと私は思っています。力を持つ私たち、騎士王と呼ばれるフィーリオ家が行える約束であり、責務であると」

「…………」


 それを聞いてラザスは黙り、目を瞑る。何かを思案するように。


 そして、ゆっくりと口を開ける。


「・・・・・・まぁ、よしとするか。まだまだ未熟な部分が多々、見受けられるが合格としよう。全く。どうしてこう、フィーリオ家の血の気が多いものは皆して前線を好むのか。守る騎士の身になってもらいたいものだ・・・・・・ゼノ、良い主を見つけれたようじゃの」


 そう、ラザスはゼノに微笑むのだった。


「まぁ、俺が選んだ人だから」


 ゼノはラザスの問いに彼に似た微笑み浮かべて、そう答えた。

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