第二十五話 最強の騎士

  

 ゼノとクラルスは正式に騎士と主の盟約を結んだ。

 彼らは幼き十年前に結んだ約束を、ようやく果たしたのだ。


 とはいえ、それは本来は正しき場において結ばれるものであり、世において正式とは言えない。

 本来ならば、主となる貴族と騎士との間に盟約を結ぶ際には儀式を行う為、正しき場所で正しい順序を踏まえて盟約を結ばなくてはならない。騎士にとっては神聖なものなのだ。


 さらに、クラルスは一国の王女。 彼女と盟約を結ぶならば国を挙げた公開儀式においては、アルビオン国騎士団に所属し、尚且つ騎士団長含め騎士団上位五名の承認、または他国においても承認権が与えられている聖騎士達の承認が王族の騎士になるためには必要となる。

 これは各国共通である。つまり、ゼノ達が教会で二人で行ったこの盟約は誰も保証をしてくれない自分勝手なものでしかないのだ。


 だが、だからこそ、その盟約は、その二人の絆は何者にも侵されず、何者にも干渉されず、何者にも引き裂けぬ強いもので結ばれていると言える。約定を司る神が認めたのだから。


 しかし、盟約をしたその日、ゼノとクラルスの二人は校長室に呼び出されていた。おそらくは、昨日の夜、旧教会での件についてだろう。現場は戦闘があった痕跡が残っており、剣を抜いた状態、つまりは武装していたのにもかかわらず気絶しているのは、上位セカンドの生徒達のみ。明らかに彼らに何かがあったのは間違いない。


 ならば、学校側はある程度生徒に聞き込みをしていたもおかしくはない。すぐにわかるはずだ。負傷したセカンドと一緒に行動していた、今話題の一人であるクラルスと、その人物を訪ねた一人の男子生徒の行方など。


――しかし、学校では噂一つ立っている様子がなかった。


 学校全体に、先日と打って変るような不穏な空気感も、何かを隠しているような様子も、自分達を監視しているような気配すらも二人は感じなかった。


――だから、余計に不気味であったのだ。


 そして、学校長からの呼び出し。聖剣の帰還から、盟約、そしてからの召喚。


 さすがに盟約を交わしたことについてはバレていないとゼノは考えるが・・・・・・なぜだか、妙な胸騒ぎがする。直観だ。いや、もう確信とまで言っているかもしれない。


 ゼノはクラルスと合流して、二人で校長室への前に立っていた。なぜだかお互いに酷く緊張した表情をしており、冷や汗すら流れている。彼女まで何やら緊張しているのは見たことがなく、面白い。少し笑ったら迷わず脇腹に拳がめり込んでいたのは、口の中に鉄の味が広がったが、彼女の乙女力の為にも伏せておこうと思う。

 

 互いに何も聞かず、ただ頷きあう。まるで死地に赴くかのような。校長室の扉をノックし、それぞれの名前を名乗る。すぐさま、扉の向こうから障害物越しの少しくぐもった男の声で入室許可の声が聞こえ、二人で重々しく扉を開けて中に入るのだった。


     ◆


「なぜ呼ばれたか……二人共、わかっておるな」


 校長室に低い声が響く。その声は不思議で、身体に、脳内に響くような声音だった。たまに聞こえてくる不気味な金属同士がぶつかるような音が緊張感を高める。


 校長室に置かれたただ一セットの机と椅子の組み合わせ。後は来客用の低いローテーブルとその前にセットされている長いソファーが二組。どれも重厚で、素朴なダークブラウン色。一目見てシンプルではある質感の良さを感じさせるそれ故に高価さがある。


 一番奥の机の前に座るっているのは、見た目は五十代半ばぐらいの男性だ。

 ミディアムロング少し長めの白髪に、ややオールバック後ろに流れる髪型。力強い蒼い瞳に、目立たない程度の皺。堀が深い顔つきに整えられた顎を覆う髭。


 だが、騙されてはならない。その正体は、実年齢九十を超える老人。いや、一世紀近く生きているというのに衰えを感じさせないその姿は、まさに超人。人間を超えた化け物。


 彼が何故五十代にまで若く見えるのか……。

 それは、鍛え抜かれたその肉体と、数多の戦場を生き抜いてきた経験と身に纏う自信と貫禄というべきかなのだろうか。一部には、彼が持つ剣にその秘密があると言われているが。


 その強さから、生きている騎士達の中で『最強』の称号「ケルサスの騎士」「黄金騎士」と呼ばれ、世界でも精強なる聖騎士の位と二つ名を冠する騎士、ラザス・バレリア・ヴァルフェル。


 アルビオン国・王国騎士団団長。アルビオン国最強の盾であり剣。彼は多くの伝説を残す。生きている伝説とも言われる程だ。 それが、このアルビオン聖騎士学校の校長。


 だが、その最強とも言われた彼だが……数年前に、ある任務の途中で左腕を無くし左腕は義手になっている。時折、彼の左腕から聞こえる金属音は義手の音だろう。彼の左腕を奪った敵に関しては、情報が無く。既に彼自身の手で葬り去られたとも言われるし、姿をくらましているとか、その正体は伝説の暗殺者、他国の聖剣所持者、などなど様々な憶測が飛んでいる。


 左腕をなくした彼だが、右腕だけでもその強さは変わらないという……義手だけの片腕でも全盛期ほどではないにしろ、並みの騎士では稽古の相手にすらならないと言われており、まだまだ現役最強の騎士である。


 ラザスは、二人の顔をじっくりと交互に眺めた後、先にゼノの顔を見て止まる。


「ふむ。顔を合わせるのは、久しぶりじゃの……ゼノ」

「ええ、お久しぶりです。コウチョウ」


――最初に見せていた脅すような態度から一変してラザスの表情は親しげになる。


「久しぶりに顔を見せたかと思ったら……問題を起こしてからに」


 そう言うとラザスは、あからさまなため息をつく。同時に、右側に立つクラルスからの視線を感じる。 ゼノが眉を顰めながらラザスの方をを見ると、彼は苦笑い、話してやれという表情をする。


「・・・あぁー、多分すでに俺の名前から察しているのだろうけど。このラザス・バレリア・ヴァルフェルが俺の父にあたる。性格には養父ようふになるが」

「やっぱり・・・・・・そうだったのですね。ラザスおじ様」

「ラザスおじ様ぁ?」


 クラルスはどこか納得した顔でラザスの方を見る。そしてゼノは驚いた表情をしてクラルスを見ていた。ラザスおじ様だって? 余りの不愉快な言葉に思わず聞き間違いではないかと復唱してしまう。


「そうじゃ、ゼノは儂の養子じゃ」


クラルスは納得し、やや乱れた前髪を元に戻す。


「……そうなのですね。事情についてはまた聞かせていただけるのでしょうか。私の耳には全く入ってきませんでしたので」

「ああ、まったく……手のかかる困った子じゃよ。それにしてもクラルスよ。ゼノについては随分熱心に調べていたじゃろう? だとしたらヴァルフェルという我が名でおおよその推測は立てていたのではないかな」


「ええ、ですが直接的にかかわりがあるとは。おそらくは親戚の子供、程度に考えておりましたので。現に、彼はペア組み合わせの期間中である現在も特に注目を浴びている様子はございません。おじ様に・・・・・・お子様居ない、というのは皆が知っておりますので。それが大きいご子息が居るとは思われないでしょうし。親子関係についての情報は学校運営側には提出されていませんでしたし、王城の総務でも手に入らなかったのですが――」


 だが、それにしても目立たなさすぎる。まるで誰かが彼の存在を目立たせないように手をまわしているかのように。見たわけではないが、果たして彼の本当の名前であるゼノ・バレリア・ヴァルフェルというフルネームを知っている者はいるのだろうか、と配られていたあのペア決めの行事が始まる当日に配られた生徒表――それにさえ、手を加えていたのではないか、と。


 『名』が持つ力は、おそらくゼノ本人が持つ以上の力を持つ。特に、このアルビオン国においては比類なき力を持つ。


「おお、おおそうじゃったな。。そういえば正式な申請については忘れておったわい。歳をとるとは、嫌じゃわい」


 わざとらしいラザスの様子に、ゼノは内心唾を吐き、クラルスは苦笑をくべるほかない。


 ゼノは、ラザスとクラルスの会話の中でいくつかツッコミたいところはあったが、ひとまずは一番気になっていることを問うこととした。


「しかし、クラルス。お前もそんな気持ち悪い呼び方をするぐらいだ。それに、身に着けてる剣技。あれはコウチョウ仕込みだろ?」

「そうだが・・・・・・まさか一度見て気づいたのか?」

「いや、あぁ、まぁ・・・・・・俺は以前にも見たことがあるからな」

「ほう。クラルスの剣を見たか。どうじゃ、凄いじゃろ――自慢の弟子じゃ。それにもう、校長ではなくいつも通りお父上と呼ぶがよい。むず痒くて仕方がないわい」

「わかった。それと、あんたを今まで一回もそんな気色悪く呼んだことはない。何さらっとホラ吹いてんだ。こっちがむず痒いわクソジジィ」


クラルスはゼノの頭を目にもとまらぬ速さでバシッと叩く。

 ゼノが恨みがましくクラルスを睨みつけると、「さっきの質問についてだが」と口を開く。


「ラザスおじ様は私が小さい頃からお世話になっている御方なのだ。剣もラザスおじ様より習っていた。私の師であり、二人目の父の様な方だ」


 クラルスは少し誇らしそうに言う。

その言葉を目の前にラザスが少し微笑えんだ。




*************

「騎士の位」と「聖騎士と聖剣」


騎士になる為には、まず騎士学校の卒業資格が基本的には必要になる。

その後、騎士団の入団試験や、または推薦などにより入団する必要がある。

入団後は、学生と同じく騎士見習いとして始まり、ある程度の期間、務めを果たすか、または任務にて成果を上げることで次の位である正騎士になる。正騎士になることでようやく、一人前の騎士として認められる。

その正騎士たちの中でも多大な業績を上げた者、成果、戦果を挙げた者は聖騎士の位を授かる。

聖騎士になれるのは、正騎士の百人に一人ともいわれる。こう聞けばそこまで難しくない位のように感じられるかもしれないが、そもそもとして騎士に慣れる逸材が人種全体を通して少ない。それこそ百人に一人と言ってもよい。ならば、聖騎士は一万人に一人と同意義である。中でも戦果を挙げた者には二つ名という世界共通の称号のようなものを与えられる。これは国からの目に見えた英雄化による他国への牽制、他の騎士たちの士気を上げ、民を安心させるなどの目的もある。


そして、さらにその聖騎士達を束ねることができる役職を除く最上位の位。それが、【聖剣所持者】である。

聖騎士達の中でも上位の者が、聖剣に選ばれるという世界で最も栄誉ある称号を持った特別な存在である。


なお、聖剣は強大な力故に、世界共有の遺物、遺産とされているが、過去に一つの国に聖剣所持者が複数生まれた世代があり、これによる各国の軍事力のバランスを保つため、暗黙の了解として大国が聖剣所持者を自国内から最優先に選ばせる権利がある。

最終的には聖剣が選ぶので、これも絶対とは言えないが、その抑止力として例外的に【聖剣アルグム】を所有するアルビオン国が存在している。




アルビオン国は、聖剣の本来の所有者であったウィルウェニス・アルブ・オルグランドの国として、聖剣アルグムがアルビオン国が保管する、または管理することになっており、かつ聖剣所持者の優先選定権利も持ち合わせている。というよりも、現記録においては聖剣アルグムは選ばない。

現在、七本存在するはずの聖剣のうち、アルビオン国には二本の聖剣がある。残り五本に関しては、

亜人の国サルトゥスに一本。

神聖国家サンクトゥスに一本。

栄華の国ウィディーテに一本。

残り二本は行方が知れない。そして、行方知らず内の一本に関しては、発見したとしても、近づくことも、触れることも

何故なら、ウィルウェニスの後に選ばれた最初の所有者、つまり二代目が余りにも不可思議で不自然な形でその亡骸を発見される。発見された二代目の死体は余りにも無残であり、呪詛の文字が体中に刻まれていたという・・・・・・剣のによって。














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