第二十四話 血の契りⅡ


『『ここに、血の盟約を結ぶ』』

 

 そう叫んだ二人の体を暖かな光が幾重にも包み込んだ。それはまるで、二人が盟約によって結ばれることを神々が祝福しているかのようだった。


 誓いの言葉をすると、ゼノの体中に痛みが走り、体が熱くなる。これはクラルスの血がゼノの体内で反応している証。クラルスの騎士となった証。


 そう、これは学校でおこなわれている仮のペアなどという子供のごっこ遊びとは違う。そう表現してしまう程にこれは、重く、真実の契約であり、盟約。死ぬまで、主が許してくれるまで騎士は主に尽くす盟約なのだ。


 主の赤い血が、騎士の体に刻み付け、騎士は痛みをもって主に忠誠を誓う契約。ゼノとクラルスは十年前の約束通り、本当の主と騎士の関係になったのだ。


 ゼノの体中の火に焼かれているかのような熱もすぐに収まった。収まると、まるで全身にルビを入力…るような力を感じる。アルグムの力を使った時ほどではないが、何か自分の中で変わった気がする。いや、力を得たというよりかは、自分のなかにできたクラルスとの縁――彼女がまるで半身になったかのようにそこにいる、そこで生きている、どういう感情で、どういう状態なのかというものが感覚で分かる――と騎士の盟約を結ぶということに思いの他、興奮してはしゃいでいるのかもしれない。




――契約を結ぶことによって主と騎士の間に契約により約定を司る神から与えられる恩恵とでもいうべきものがある。

 

 まず、1つがお互いの場所が直感的にわかるようになる。これはおおよその場所ではあるが、主従を結んだお互いにとってはとても大きな力で、特に護衛をする騎士からすれば喉から手が出るほどにほしい能力である。


 2つ目が、主から騎士への命令は、遵守じゅんしゅ、少しの隷属、拘束の力がある。指示に従えば、絆の力により騎士は本来よりも上の、または普段よりも完ぺきに近い能力を発揮できるというメリットもとれるが、命令は絶対ではないため逆らうことができる。ただし、逆らう場合には、デメリットとして精神的な負担など遵守する場合と逆の状態、全力を発揮できないという状態におかれる。


 3つ目、主従の絆によってお互いの能力が上がる、というものだ。実はこれについてははっきりとした情報があるわけでもなく、絶対的な根拠があるわけではないが、古より約定を司る神により認められた主従は、約定を司る神の恩恵を強く受け、更なる人の高みへ上がるというのだ。


 そして、4つ目。人として生きていく上で最も重要なモノ。それは名誉であり、名声。主は騎士を持つことで一人前として認められる。騎士は主を持つことで、立派な騎士である、または腕が確かなもの、信用度などにも関わってくる。正騎士という、つまりは一般的な騎士の資格、または役職に就くものは数多くいるが、その中でも特定の誰かと主従と盟約を結んでいるものは、ほとんどいない。それよりも、騎士たちの中でも最上位に位置する聖騎士などになれば、ほとんどが主従関係を結んでいる。


 だがこの契約には一方が不利なものがある。主からの騎士への命令権。遵守の力。それは主次第によって騎士は好き勝手にされてしまうのでは、ということ。


 よって、騎士を従える主になれるのは、ある程度の名家の出で騎士学校でしっかりと人間としての道徳を修め、ファーストクラスの卒業資格を持っていなくてはならないと決められているのだ。まぁ、卒業さえしてしまえばいいだけの話なのだ。アルビオン騎士学校が厳しかろうと、他国にも存在する騎士学校であればある程度の【寄付】をすれば、合格などたやすいだろう。


 ゼノにとって、盟約というのは本来は学校を卒業してから得られる卒業資格によって騎士になる、またそこから修行、もしくは主探しの為に人脈を伝っていくのが普通なのだ。だが彼は学生の身分でクラルスと契約してしまったことになる。


 クラルスも学生であるうちは本来、主という立場には、なれないが方法を知っており、それを実行に移すだけの度胸があった、あってしまったのだ。


 自分達から申告しない限りは確認されることはないため、心配はないだろう。卒業するまで黙り、ゼノが相応の実力をつければ正式にクラルスの騎士として名乗ることもできよう、と。そんな軽い気持ちもあるかもしれない。


 これは早まった契約。一時的な熱に浮かされているのだと、皆がそういうだろう。

 本来ならばしてはいけないことなのだ。特にクラルスは王族であり王女。若さゆえの過ちであると容易に許される行為ではない。だけど、それでもクラルスがそう望んだのであれば、ゼノは甘んじて受けよう、そう思ったのだ。


 カチャッ。

 無事契約が終わると、クラルスはアルグムを鞘に納める。ゼノはその剣を見つめ、ようやく、その鞘に戻ることができたんだな、と思うのと同時に剣を下げる彼女の姿は鞘姫と呼ばれる鞘だけのときより、尚一層と美しく輝いて見える気がした。


 これからは剣姫けんきなどと呼ばれるのだろうか・・・などとゼノは暢気に考えているのだった。


「……ふう」


 クラルスは一気に全身の力を抜く。どうやら疲れてしまったようだ。儀式中は気を張り詰めて集中して行っていたためだろう。短い時間の中で行われたことは、二人の命、その人生を賭けたものなのだから。


「これだから型苦しいのは嫌いだ」


 そう言ってクラルスは、肩を軽く上げてため息をつく。


「ああ、同じく」


 ゼノも片膝をついていた姿勢からそのまま教会の床に尻を着き、あぐらをかいて休憩する。クラルスはかるく運動して体をほぐし終わると、ゆっくりとゼノの前にしゃがみ、彼の顔に手をのばす。


 そして、そっとゼノの頬に触れる。愛おしく、優しく、両手で包み込むように撫でる。


「これで、誰に何を言われようと死ぬまでお前は私の騎士だ」


 ゼノは、その突然なクラルスの行動に驚く。別に女性に不慣れというわけではないが、場所だからとでもいうのだろうか。いや、きっと彼女だから、なのだろう。


 教会という静寂に包まれた中でクラルスの声が響き、そして彼女の後ろからは教会のステンドグラスを通し、ウィルウェニスの女神像を通りぬけ、日差しが差していて、とても、神秘的だ――。

 

 ゼノは息をのむほどに、一瞬、見惚れてしまったのだ。その触れてきたクラルス手を掴み、強く包むように握る。


「ああ、これで誰に何を言われようと、死ぬまでお前は俺の主だ。今は、まだだめかもしれない。だけど、いつか必ず、お前に相応しい騎士になってみせる」

「ああ、期待しているぞ。私の落ちこぼれの騎士様」


 ゼノ達は互いに頭をくっつけて、盟約を結んだという余韻に浸る。ようやく、約束を守ることができた。そう、果たしたのだ。




 しばらくしてから、ゼノ達は時間をずらして教会から出ると、学校へと向かった。朝早くからきたこともあり、まだ教会の外には生徒の姿は見受けられなかった。


 まだペア決めの期間中であるし、下手にクラルスとゼノが親しいなどという噂は立てるのはまずい。そうすれば、クラルスではなくゼノが他の生徒に狙われるうえに、クラルスにも迷惑をかけてしまうだろう。


 クラルスに先に出てもらい、少ししてからゼノが出ることにしたのだ。クラルスは元から目立つ人であるので、早い時間に出てもらい、しばらくした後から目立たないゼノが教会から出る言う風にした。


 とはいえ朝早いので他に生徒は運よく出会うことはなかった。


 だが、これはから気をつけねばなるまい。昨日のように狂気ともいうべき、正気の沙汰ではない行動を起こす者達も中には現れるのだ。Fランクで最低評価のゼノと学年トップのSランクであるクラルスとペアを組むというのは認められまい。いくら自由を謳っていようとも学校として、そしてアルビオン国としての体裁があるのだから。


 だが、それでも彼女が盟約を結んだという自らの意思を否定できるものなどこの国ではおそらく二人しか存在しない。だが、彼女の両親だとしてもそれを完全否定する権利などはない。


 ペア期間の間、最低限隠し通せばいいのだ。無駄に話を広げて危険な要素や、余計な問題を増やす必要もない。


 きっと波瀾万丈の人生になるのだろうな、とゼノは一人苦笑する。そう、これからクラルスが否定しない限り、拒絶しない限り彼は彼女の騎士として生きていくことが決まったのだ。


 心の中が、満たされている。彼女となら、きっとどんな荒波であろうと乗り越えられるだろう。


――約束は果たされた


 それはつまり、契約と盟約を司る神とやらに認められたということに違いないのだ。ならば、それだけでもいいのではないかと、そうゼノは思うのだった。そう、もうこれ以上の幸せを望む必要は、頑張る必要はないのではないかと。




――だが、その日、授業が終わるとゼノとクラルスは校長室に呼び出されていた。


 この契約した日にタイミングで


 嫌な予感しかしない。

 なぜなら、このアルビオン国聖騎士学校の校長は、ラザス・バレリア・ヴァルフェルなのだから。




**************

約定を司る神


あらゆる約定、約束ごとを管理する者。監視する者。許可する者。拒絶する者。

小さい約束から大きな約束までその全てにかの神の意志が混在する。

血の盟約。これは主と騎士が結ぶものだが、これを悪用したものがある。それが、奴隷紋というものだ。

奴隷の持ち主として、主人となるものの血を飲ませることで相手に絶対的な遵守、隷属させることができる契約。


かの神は祝福されるという。人と人の間に築かれる絆というものに。

なのに、かの神はそれを踏みにじるような約定さえも許す。受け入れる。


かの神に、本当に祝福するような意思があるのだろうか。

それとも、意志があってなお、その様なものを司っているのであれば、きっと狂っている。


だが、この世のどこに神が狂っていることを証明できるものがいるのだろうか。

そして、果たして神に正気などというものがあるのだろうか。

意思は、心は、魂は、あるのだろうか。


。そんなもの、ありはしない。












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