第二十二話 二人の時間

 ゼノとクラルスは、速やかに旧教会を立ち去ることにした。


「ああ、この先にいい所がある。人が来ない、静かで綺麗な場所だ」

 

 そういってクラルスは前に進んでいく。ゼノはその後ろを黙ってついてく。クラルスはファーストのはずだが、ゼノが彼女のスピードについていくのはやっとだった。

 

 ゼノでもセカンドの端くれ。通常の人の倍の身体能力があるのだ。だが、クラルスはそれ以上だ。そんな彼女の後姿を見ながら、ゼノはふと昔を思い出していた……。

 

――あの頃の俺もこうやってクラルスの後姿ばかりを見ていたな


 あの頃のゼノは臆病で、いつもクラルスに手を引かれ、その後姿をずっと見ていた。ゼノの手を引っ張ってくれるクラルスは、当時の彼からしてみれば憧れで、カッコよくて、天使や女神様なんじゃないかと思っていた時もあった。

 

――なつかしい。今も昔も、彼女の後姿は凛々しく頼もしい。

 

 

 

 走ること十分程。前を歩くクラルスが立ち止まった。距離にして三キロ程離れた場所だろうか。

 

「着いたぞ」

「ぁ・・・・・」

 

 

 着いた場所は森の出口のようで、一歩踏み出すと、途端に潮の匂いを運ぶ冷たいが、気持ちのいい風が全身を吹き抜け林へと消えていく。風で思わず閉じた目を開けると、前には広大な空が広がっていた。地面は一面蒼い草原が広がっており、空は太陽が沈み、月が世界を照らす。夜空には煌めく星々が散らばっている。上も下も、夜空の海が広がっている。

 

 林からぬけた途端の目の前の景色は、まるで切り抜かれた絵画の様だった。本当にきれいな場所だと、月並みな言葉しか出てこない。

 

「綺麗だな……」

 

 ゼノは、思わずそう呟いてしまう。

 

「ふふん。どうだ、綺麗だろう?私のお気に入りの場所だ」

 

 クラルスはそういうと、少し歩いた芝生に座り込む。ゼノは少し、景色に目を奪われていた。

 

 ここは、アルビオン国の端。アルビオン国の大地の終わりだ。

 

 アルビオン国は、海の上に浮かぶ島。その領土も土地も世界よりも、限りなく限りが見える国。島とはつまり、陸の終わりがあるということだ。それがここ。

 

 こんな場所が、世界には存在するんだな。神秘なんて言葉があるが、なるほど。こんな景色を彼女と二人で楽しめるなら神様でも秘密にしたくなる気持ちは分かるような気がする。

 

 ゼノは島の縁までぎりぎりまで近づき、下を見下ろす。島が浮いているため、縁は断崖。下には月明かりで照らされた海と、少し先の下にある大陸の港町の明かりが見える。

 

 しかし、これでは気を抜いてこけたら海に落ちてしまうのでは、と。そして落ちたら大海生物とよばれる、化け物達に食われるわけだ。

 

 本で見たことがあるだけで、海にはあまり行ったこと無い為、直接見たことは無いが、かなりでかいとか。いつか見てみたいものだな、とゼノは関係のないことを考える。

 

「いつきても、美しい景色だ……」

 

 クラルスは風によってなびく髪を手で押さえながらそう言う。

 

 ひとまず危険なので、島の縁から離れてゼノもクラルスの隣腰掛ける。

 

「ああ、そうだな。いい所だ。しかし、どうやってこんなところを見つけたんだ?」

 

 ゼノがクラルスにそう聞くと、彼女は幼い笑みを浮かべる。

 

「なに、城は窮屈でな。よくここに来ていたんだ」

 

 その答えに思わずゼノは苦笑をこぼす。

 

「抜け出していたのか……ん?まてよ、お前。昔も……」

 

 まさか俺と遊んでいたころも城から抜け出していたのか、と。

 

 それに確か、ゼノが居たのはアルビオンではなく、遠いアース大陸にある港町だった。

 

 ということは、飛空船に乗らないとたどり着けない場所。片道数時間は有する距離だ。

 

 クラルスはゼノの表情から考えていることを呼んだのか、クスッと笑う。

 

「ああ、そりゃそうしないと国から出られないからな。私は空が飛べるわけではないしな?」

 

 何、大したことはないさ、とクラルスは言う。

 

「はぁ・・・・・・お前って奴は」

 

 思わずゼノでもため息をこぼす。

 だが、そんな彼女が、彼の好きな所でもある。

 

 おそらく、国王陛下もまた周りの者たちもさぞ困ったものだろう。なぜなら、探し回った上に国に居ないのだ。

 

 総出でさがしまわって、あげくに船も出したのだろう。何かあれば国際問題だ。まったくもって迷惑。

 じゃじゃ馬にも程がある。

 

 彼女は周りの苦労も、わかっていてやっているのだからたちが悪い。

 

 彼女の好奇心を彼女自身も、周りの誰も抑えることはできないのだろう。今までも、これからも。

 

「お前は変わらないなぁ……」

 

 果たして、昔の友人が、十年ぶりに会ったときに変わらないのと変わっているのとでは、どう感じるのだろうか。

 

 ゼノは、変わらないでほしい、そう思う。

 だから、クラルスが自分の中のイメージと余り変わっていないことに嬉しいと素直に思うのだった。

 

 幼い少女は美少女になり、若干、いやかなり危険度が増している気がするが、再び出会えたことに比べれば、些細なことだ。

 

 だが、ゼノとは違い、クラルスはそうは感じなかったようだ。

 

 先ほどまでの笑みとは打って変わり、クラルスの横から見える表情は真剣なものになる。

 

 自然と、ゼノの表情も暗くなる。

 

「……お前は変わったようだな」



「・・・・・・そうかな」

 

 ゼノはクラルスの呟きにそう答える。

 

 ゼノは隣にいるクラルスの顔をみるが、彼女は真っ直ぐと景色を眺めていた。

 

 自分は変わってしまった、か。そうなのだろうか。

 

「・・・・・・ずいぶん逞しくなったじゃないか」

 

 そういってクラルスはゼノを見てイタズラに微笑む。

 急な誉め言葉にゼノはドキリとする。

 

「いや、まぁ、少しはな?俺も一応男だしな」

「昔は私が傍に居ないと何もできなかっただろう?」

「いや、あれは何もできなかったんじゃなくて、何もさせて貰えなかっ・・・・・・いや、何でもない」

「ふぅん・・・」

 

 クラルスは微笑んだままだ。

 ああ、その微笑みを永遠に宝石のように形にして保存できたのなら、自分の手元に置けるのなら、その矛先を自分だけにできたのなら・・・・・・ゼノは思わずそう思ってしまった。

 

――成長したんだな・・・・・・お互いに


 ゼノは彼女の微笑みを見てそう感じた。

 

 だが、彼女の比べれば自分はまだまだ子供だ。

 変わってないなんてことはないんだ。彼女もまた成長し、いろいろなことを経験して、今がある。それは少なからず自分もそうであったように。

 

 クラルスは両手を背中より後ろの地面に着くと、後ろ腕に体重を乗せて楽な姿勢になる。

 

「十年……長いようで、短かった。いや、短いようで、長かったと言うべきか」

「さぁ、どっちでもいいんじゃないか」

 

 クラルスは星空を見上げながらそういった。

 ゼノも寝転び、両手を頭の後ろに回して枕代わりにする。

 

「俺には、長かったよ。この十年間が……」

「しばらくは戻れない。どうだ?お互いの十年間の話でも?」

 

――お互いの十年間の話か。

 

「俺の話は面白くないぞ?」

「何、私も大して変わらない日々の話さ」

 

 そうやって、少しの時間の間、綺麗な景色を眺めながら、二人でこの十年間の他愛もない日々の話をした。

 

 クラルスは、城での生活がああだこうだ。

 国王の父がうるさいだのなんだの、侍女が邪魔だのなんだの。

 執事のじぃやがうるさいのなんの、みんな心配してお前に言ってくれているんだろうに。

 

 だが、そう語る彼女の顔は今までにないほどに楽しそうだった。

 学校で見る彼女はいつも無表情で、どこか冷めていた。

 それが、自分の前でこんな色々な表情を見せてくれる彼女の姿に、ゼノは嬉しかった。

 

 ゼノは、クラルスの知らないアルビオン国の外の世界の話をした。

 クラルスと分かれてから、アルグムを手に、旅をして、色々な場所、国を回ってきたこと。そこであった出会い。学んだこと、色々と。

 

 そんな他愛の無いどうでもいい話を、いつの間にかぺらぺらと口から出ていた。

 

 それをクラルスは興味津々と言った様子で黙って、時には相槌をうって、時には質問を投げかけてくれた。

 

 だが、そんな楽しい二人の時間も終わりが近づいてきていた。

 

「そろそろ戻らねばならないな。問題を起こした生徒を探すために寮にも見回りが来るやもしれん」

「・・・・・・そうだな」

「ここからはそれぞれ戻ろう。二人いるところを見られると色々とまずい。では・・・・・・

「あ、ああ・・・・・・また、な」

 

 二人は分かれ、それぞれの寮へと向かっていく。どこかお互いにまだ離れたくないという気持ちを引きずりながらも『また』という言葉に少しの期待を込めて去っていく。


     ◆

 

 ふと、クラルスはふと立ち止まると、違う方向へと歩いていくゼノの背中を見つめていた。

 

 その瞳は潤み、どこか寂し気だった。

 そして、右手で自身の胸倉をつかむ。それは、まるで心を痛めているかのように。

 

「まだ、私に全ては話してくれないんだな。ゼノ・バレリア・ヴァルフェル」

 

 一音ずつ、確かめるようにゼノの名前を読み上げるクラルス。

 その呟きは、どこか痛々しく、辛そうで、心苦しそうだった。


「・・・・・・・あの方には、血の繋がった子も、養子も居ないはずなのに。お前はいつ、何処から、どうやってアルビオンに来たんだ」

 

 かつて、港町で出会った少し瘦せていた、汚れた服を着た一人の少年の姿を思い出す。ただ、瞳だけが輝いていた少年を。きっとそれが魂だと思わせるほどに、見た目とは関係なく輝いていた少年を。何か惹きつけられる少年を――


 最初に見た時、すぐに彼だと気づいた。


――だけど、あの頃の、少年のころの輝きを失っていた。


 普段の学校生活でも彼女が見ている限り、明るい彼を見ることはできなかった。何か、そう・・・・・・何か世界に、何にも期待をしていないかのような彼。


 もう、昔の彼はいないんだ・・・・・・そう思っていた。だけどそうじゃなかった。あの剣を抜いた時! アルグムを抜いた時、確かにあの時の少年が成長した姿があった! 強くなった男らしい姿があった。


 だから、あの時からどう生きていたのか本当のことを知りたかった。あの方は、決して子供をむげにはしない。本当にあの人の養子になったのなら、きっと幸せであったに違いないのだ。


 きっと、自分が出会った日。そして彼と別れた日。あの日から何かが彼の身にあったに違いない。それは、面白い話で終わる旅などではない。あの日から、あの方に拾われるまでに、いや・・・・・・あの方に拾われる理由があったのだ。きっと・・・・・・。


(今は聞かない。だが、いつか聞かせてほしい・・・・・・ああ、本当につくづく私は、何もできない女だなぁ)


 彼女は、その場で大空と大海を前に、三角座りをし、自分の膝と腕の中に顔をうずめてしばらくその場から動かなった。


 彼女の傍にそっと影が寄り添った。



 

**************

大海。

世界の半分を占めると言われる大海原。

人は、海を恐れ、船を空へ飛べるようにしたという。

アビリティと呼ばれる特殊能力の中に大海を開拓、または探索する能力者は歴史上存在はしたが、一人や二人では進まない。

何故なら、大海には、巨大な魔物、生物が数多く存在する。底の見えぬ海には、未だ人々が遭遇したことのない怪物が潜んでいる。

大海では、毎年新種の怪物、魔物が発見される。

だが、大海は脅威だけが存在するのではない。そこには大いなる資源と、未知という冒険がいまだに数多く存在する。

そんな冒険を求め、惹かれ海を走る船に乗り込み、冒険へ出るモノたち。冒険者たちは数多く存在する。

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