第二十話 二つの約束

 ゼノはゆっくりとアルグスを鞘に納める……。

 それと同時に目の前の炎が消え去る。一振りですべてが終わった。


――まさに、一瞬の出来事だった。


 後に残ったのは、気を失ったセカンド達だけだ。セカンド達の制服も燃えていなければ怪我もない。


 アルグムの聖なる炎は、物理的なものだけでなく、その『こころ』まで燃やす。

 彼らは、見た目は無傷であっても、魂に刻まれた今日という恐怖を、聖なる炎の裁きを二度と忘れることはないだろう。


 一国の王女に立てついた罪、関係のない生徒を巻き込んだ罪、そして、資格のない者が聖剣を求めたが故の末路だ。ゼノがアルグムを鞘におさめてから少しすると、ゼノの見た目も元に戻っていた。黄金の瞳は元の黒い瞳に、紅い髪は元の黒髪に。


 また、いつもの何処かやる気のなさを感じる彼に戻った。

 

「ありがとう」


 ゼノは、アルグムに向けてそう呟く。


――・・・・・・。


 アルグムは何の反応も示さない。

 久しぶりの力の行使により疲れたのかもしれない。

 剣に疲れる、という概念が存在するのならばの話だが。


 返事のない剣の柄を「お疲れ様」というようにポンポンと叩くとゼノは前方のセカンド一人一人を確認し、全員が倒れていることを確認する。


 一先ず解決したと判断する。


「とりあえず一件落着、のようです」

 

 ゼノは後ろにいるクラルスにそう言葉をかける。


 すると、やや頬を赤らめた顔をしてボーッとしていたクラルスは、キョトンとした表情にかわってゼノを見つめた後、慌ててコホンッ、と咳払いを挟む。


「・・・・・・うむ。助かった。礼を言おう。しかし、これが聖剣の力、か」

 

 そういってクラルスは苦笑いをする。彼女の視線の先には倒れたセカンドの生徒達だ。

 ゼノもつられてもう一度彼らを見てから、クラルスに視線を戻す。


「ええ、まあ。と言っても僕も今日初めて使ったんですがね?」

「どうやら噂とはちがうようだな、落ちこぼれ君?」

「・・・・・・いえ、噂どおりですよ。今回は、この剣のおかげです。僕が落ちこぼれであるということに――変わりはありません」


 このアルグムという剣が無ければ、ゼノはおそらく彼女に守られる側の人間だったに違いない。いや、そもそもとして彼女を助けに来ようとすら来なかっただろうし、この場に居ても、きっとあの草陰から身を乗り出すような無謀なことはしなかったはずだ。


 そう、ゼノは思う。


 Aランク、Bランクのセカンドとなればその強さは一線を超える。Fランク一人でそれを八人も同時に相手をしろというのは無理な話だ。そんな彼らを軽くあしらっていた目の前の彼女こそが異常なのだ。


 しかし、またそのゼノがであることも違いない。なぜなら聖剣は持ち主を、使用者を選ぶ。


 つまり落ちこぼれと言われ続けている目の前の騎士候補生は聖剣に選ばれた、いや、まだ一時的とはいえ使用者としては選ばれたことは間違いないのだ。


 それは、この世の何にも勝る騎士にとって最高の栄誉えいよあることだ。それも、今までアルビオンの王族しか選んでこなかった聖剣アルグムが、である。


 色々と頭の中に様々な考えが駆け抜けるクラルス。彼女自身、ゼノという存在の正体について思うところがあるのだろうか。


「質問、いいかな?」


 クラルスが真剣なまなざしでそう口を開く。ゼノは先ほどまで彼女のどこか親しげなものではなく、王族としてのその雰囲気を帯びた姿にそれ相応の態度をとるべきだろうと感じた。


「私でよろしければ、答えられる範囲でお答えしましょう。フィーリオ様」


 ゼノはクラルスの前で跪く。


「君の名前はゼノ・ヴァルフェルで間違いないな?」

「そうです。私の様な者の名前を憶えてくださっていたとは、恐れ多いことです」

「そんな言葉は、今は不要だ。さて、なぜこの旧教会の近くに居たのだ?ここは、一般生徒はまず近づかないはずだが」

「フィーリオ様を探していました。他の生徒たちに聞けば、姫様が複数のセカンドの男子生徒達に連れられて校舎裏の方に向かわれた、と……。しかし、校舎裏に行ってみたところ、お姿が見えなかったので、その先にあるここ、旧教会に向かわれたのではないかと思った次第でございます」


 クラルスは腕を組み、見下ろす形でこちらを見る。その瞳には、ゼノを試しているかのようなどこか、期待をこめた目だった。


「そうか……では、なぜ私を探していたのだ?」

「はっ!」


 ゼノ、両手の手の平の上に鞘に納めたアルグムを載せ、自分の頭より上に上げ、クラルスに差し出す姿勢になる。


「この剣、聖剣アルグムを渡すため、フィーリオ様を探しておりました」

「その剣を受け取る前に、その剣はどうしたのだ?それは本来、我がアルビオン国王家の宝剣。それがなぜ王家の物ではない君が持っているのだ?」


 ゼノは頭を下げたまま質問に答える。


「はい、フィーリオ様は覚えていらっしゃるでしょうか。この剣は幼き頃にフィーリオ様より直接渡された剣にございます」


 そのとき、クラルスが唾を飲みこむ音が聞こえた。


 もはや彼女で間違いないのだ。ゼノが約束した少女が彼女から奪った剣でなければ。または、その逆でなければ。


 ゼノは確信する。間違いない、と。


「そうか・・・・・・。私がその剣をお前に託した時のことを覚えているか?」


(ああ、覚えているとも。昨日のことのように・・・・・・)


 この約十年間という長い時間の中で、唯一俺が一度たりとも忘れず、縋ってきた夢であり大切な約束だったのだから。


 ゼノは、セカンドの生徒達を相手にしていた時よりも緊張し、心臓がバクバクとなっているのを自覚しながら、いったん一息入れて、口を開く。


「はい……この剣を託されたときに、ある約束を致しました。お互い成長し、また会えたときに……私は、必ずこの剣を返し、そして、貴方の騎士になると…そうお約束いたしました」


 そう、彼女と約束した。必ず騎士になると。彼女を護る盾となり、害をなすものすべてを敵を退き、薙ぎ払う剣になると。


 今でも鮮明に、昨日のことのように思い出す。

 ゼノが今までの人生で一番幸せだった時間。

 それが、彼女の中でどんな思い出になっているのかはわからない。


 だが、この問いをするということは、彼女もまた覚えていたということ。


 それだけで、ゼノは嬉しかった。もはや後は、彼女の応えひとつ。


 しばらくの沈黙の後。ふっ、とクラルスが鼻で笑うと、ゼノの手の平からアルグムを取る。


「大儀であった。面を上げよ」

「はっ」


 ゼノは頭を上げる。そこには笑顔のクラルスが居た。


「ちゃんと覚えていてくれたんだな・・・・・・ゼノ」


 そう親しげに声をかけるクラルスに対して、ゼノも表情を緩めて応える。


「ああ、えーと、あらためて久しぶり、クラルス。それともさっきまでのようにフィーリオ様と呼ぶべきかな?いや、お姫様、姫殿下などと呼びした方がよろしいでしょうか?」


 ゼノも今までの外向けの言葉づかいではなく、親しいものに向けるような砕けた口調へと戻す。


「やめろやめろ……クラルスでいい」


 クラルスは、両手でそんな堅苦しいのはいいと伝える。


「はっ、かしこまりました」


 ゼノが大げさに騎士のようにお辞儀をする。

 するとクラルスがムスッとする。


「もういいと言っているだろう。そういう堅苦しいのはきらいだ」

「・・・・・・すまん、ただの冗談だ」


 クラルスも冗談だとわかっていたのかすぐに元の笑顔に戻る。


「さっきの連中に向かっての言葉遣いといい、変じゃないか?」

「あー、そう、かな?」


 それは彼が、僕、私とか、ですます、だったからだろう。


「いや、まあ、今の・・・・・・俺は知り合い以外にはあんな感じなんだ。人見知りだからな。初めて会ったころだってそうだっただろ?」

「まぁ、確かに女々しかったような・・・顔は綺麗だったからな。むしろ女服を着せれば美少女とも・・・いや、それよりも身だしなみを整えさせねばならぬな・・・・・・そしていずれは・・・・・・」


 クラルスは顎に手を当てて真面目に考え出す。

 ゼノはそれに対して慌ててつっこむ。


「おいおい。わざわざ思い出さなくていい部分を思い出すな。そして、俺で変な妄想をするのはやめてくれ」


 そんな会話をしつつゼノとクラルス改めてお互いに向き直る。


「しかし、まだ俺のことを覚えていてくれたんだな」

「ああ、お前もな。てっきり忘れられているかと思ったぞ」


 なつかしい気持ちに満たされる。まだ小さかったころを思い出す。


 俺たちは知り合いだった。

 彼女と俺は幼馴染、と言えるかどうか怪しい短い時間の、でも濃密な短い時間を過ごした仲。


――そう遠い記憶のなかの思い出でしかなかった彼女の存在が今、目の前にある……。


 この時を待ち続けていた。今しかない。

 長い、長い間……だから今、ゼノは彼女に言わなければならない。


 ゼノが、真剣な表情に変わる。


「クラルス、今日俺がここに来たのはアルグムを返しに来ただけじゃない。俺はお前との約束を果たしに来たんだ・・・・・・」

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