第十九話 聖炎のアルグム
ゼノはアルグムの柄を右手で握り直しゆっくりと、鞘からアルグムを抜く……。
旧教会内が眩い光で溢れ出す。外から見れば、隙間だらけの旧教会から光という光が漏れ出し、まるで今にも、何かが爆誕するかのような連想をさせる暖かく、力強い光だった。
一瞬何が起こったかわからずに、クラルスとセカンド達は目を瞑り唾を飲む。やがて、眩い光はゆっくりと光源へと小さくなっていく。
その光源はゼノがもつ剣。鞘から姿を現した刃は光を放ち、先ほどの錆びた刀身とは比べ物にならない程に、目で直視できないほど輝く刀身であった。そして、柄を握っているゼノの手にも熱く感じさせるほどに燃える炎。だが、ゼノの手に伝わる熱は確かに熱いが、それはまるで勇気づけられる暖かさも感じられる。
それは、手のひらを火傷させるものではない。それは体を、体中に流れる血液を温めてくれている。ゼノの全身が燃えている。
鞘から刃をすべて現したアルグムは、
その炎は薄暗い旧教会内を照らす。まるで太陽のように。
「美しい……」
誰がつぶやいた言葉かわからない。だが、この場に居る全ての者が思っている全てであり、代弁していた。セカンド達が思わず足を止め見とれる。それは、クラルスも・・・そして、ゼノ自身もだった。
「それが・・・・・・聖剣アルグム」
クラルスが自分の剣の名をつぶやく。そのつぶやきにゼノは横目で頷く。そう、これこそがアルビオン国の国宝。長年行方知らずとされていた失われた宝剣アルグム。
世界に七本しか存在しない聖剣。
神に愛されし、人でありながら神を名乗ることを許された剣聖ウィルウェニス・アルブ・オルグランドが神より授けられし神造の聖剣七本が内の一本。
――アルビオン国の国宝剣。聖炎のアルグム。
ゼノ自身も本来の力のアルグムを使うのが初めてだが、どうやら見た目だけではないようだ。アルグムを抜いたと同時にあらゆる感覚が研ぎ澄まされ、力が漲ってくる。
旧教会内のセカンド達に、ゼノ自身、クラルスの体重や重心の動きで板床が軋む音、旧教会の外にいる鳥に、風でゆれる草木の音、草を揺らす小動物、あらゆるものが聞こえる。
そして、動きが丁寧によく見える。視力が急激に上がると同時にそれに対する認識、反応が跳ね上がったかのようだ。
まるで自分以外の、世界の全てが遅くなったかのように、鼓動の音、自分の息遣い、自分以外の人間の息遣い、相手の服のしわ、肌、汗、目の動き、手に持っている剣の傷。
鮮明にすべてが見える。そして同時に自分自身を支配する圧倒的な全能感。負ける気がしない、というのはこういうもだと。
――大したものじゃないか
ゼノは笑う。アルグムが呼応するかのようにまた一段と輝きと炎の激しさが増す。
――こんなものではないぞ
そう、アルグムが笑っているような気がした。それと同時に剣は再び心臓のように脈を打つように光が増す。
ドクンッ!
「「「ッゥ!?」」」
さらに皆の瞳が見開かられる。まるで目の前のことを1秒たりとも見逃さんと、記憶しようと本能で。
アルグムから放たれている黄金の炎とそのまばゆい輝きが、まるで生きているかのようにゼノを包だし、そしてゼノに吸い込まれていくように消える。
―ボウッ!
一瞬消えたかに思えた炎と輝きが、一気にゼノの体から放たれ、ゼノの黒髪と黒い瞳に変化が起こった。
瞳は、黄金の炎のように人の瞳とは思えぬ黄金の輝きを中に秘め、そして髪の毛は徐々に炎のように光り輝く緋色へと変色していき、元から長い髪が、さらに女性のように背中の半ばあたりまで伸びる。
ゼノは普段から前髪で顔が隠れていることが多く、ほとんどの者がその素顔をハッキリととらえたことがない。
だが、髪の変化と共に、アルグムからあふれだす炎で揺らめく前髪の間からのぞかせるその顔は、男性というよりも女性に近い中性的な顔つきであり、なによりも整った美しさを持っていたのだ。
髪が伸びたこともあり、より、女性のように見えてしまう。その姿は、子供の童話に出てくる神話の時代。かつての伝説の騎士の絵に似ていた。
その姿にこそ、ゼノ以外の皆が見惚れていたのだ。
しかし、かつて伝説の騎士と共に戦った剣は呟く。『やはり、今の私の力では及ばぬのか・・・・・・』、と。
――その悲しい呟きは、誰にも聞こえない。
ゼノのその美しさに、輝きにその場に居たものすべてが見惚れる。
だが、すぐさま一人の声で意識を取り直す。
「な、なな何をびびっている! うぉ、ぉ落ちこぼれに何を持たせたって変わらないっ! あの剣も奪ってしまえば、こちらのものだ!」
エイヒスのその悲鳴に似た叫び、怒り、嫉妬、恐怖、様々な感情が入り混じったその声が、この状況で他のセカンド達と共鳴したのだ。
「ここは、アビリティが使えないんだぞ! あ、あんなのただの手品だ!何か種があるに違いないッ」
「そ、そうだ! 本物の火なら、包まれた時に焼け死んでいるはずだ!」
「脅える必要なんかない! 魔剣だとしても、それを持っているのはたかがFランクだ。まず負けるわけがない!」
それぞれが思い思いに自分の不安を誤魔化すように叫び、そして再びゼノに向かって駆け出す。
だが、このアルグムならばそれもすべて関係なく、すべてを倒すだろう。そう、ゼノに感じさせるほど、この剣はそれだけの力を秘めている。
「そこから動かないでください、フィーリオ様」
ゼノはクラルスを見ずに言う。
「……あぁ」
ゼノの言葉にクラルスはただただ緋色の髪が靡くその背中に見惚れ、そう答える。
ゼノはもう一度アルグムを強く握る。
アルグム、殺すなよ。大怪我もさせちゃいけない。
だが、軽症ならいい。少しは痛めつけないとな。
お前の本当の持ち主を傷つけたのだから。
――『承知』
アルグムから承諾の声が響く。それは、久しぶりに本来の力を解き放てるからなのか、やや興奮がまじったようにゼノには聞こえた。
ゼノがこの学校に来るまで、あの日、あの約束した日から約十年間。
常に共に過ごした鞘のない剣。過ごしていくうちに、ただの剣ではないことを知った。
凄まじい切れ味もそうだがある日から、剣から男の声が聞えるようになった。
――『ゼノ。そうではない。力任せに剣を振るものではない』
ゼノとアルグムの最初の対話は、どこか父親のように優しいその声色で、剣の扱い方を教える言葉であった。
最初こそ困惑したゼノであったが、長い時間を過ごしていく中で彼にとってそれはもはや師匠であり、父であり、兄であり、親友であり、家族の様な存在だった。
ようやく、お前の本当の主人に返せる。だが、すまない。最後に一振り力を貸してくれ・・・・・・。
ゼノは、ほとんど直感だった。そうすればいいと。そうすれば目の前の敵が容易く倒せると。
頭に浮かぶ
左足を後ろに引くと同時にアルグムを構え、イメージを強く持つ。それは、眼前のすべてを滅ぼす炎。
『罰を示せ。罪を燃やせ。悪意を滅ぼせ・・・・・・・
右足に全体重を載せる勢いで右腕を、右手を、アルグムを目の前に向けて横に薙ぎ払う………。
そして、旧教会内はふたたび、黄金の光に包まれた。
———。
—————。
———————。
ゼノがアルグムを鞘から抜いたとき以上の眩い光が再び教会内を満たす。
そして、光が消えた後に視界に移ったのはゼノから一歩先、アルグスの剣先が斬った空間から先、すべてが黄金の炎に包まれていた。
「ウガァァァアアアアアアアアア!?」
「アツイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
キキャアアアアアアアアア。
黄金の炎の中からセカンド達や召喚獣達の叫び声が聞こえる。
アルグムの一閃で、そのすべてがその一瞬で終わったのだった。
ゼノはゆっくりとアルグスを鞘に納める……。
それと同時に目の前の炎が消え去る。残ったのは、服が焦げても居なければ、火傷すらもないのに、まるで炎の中でもがき苦しむようにのたうち回り、気絶していくセカンドの生徒達だけだった。
一振りですべてが終わった。
まさに、一瞬の出来事だった。
**************
人が発する言には、力が宿ると言われている。発せられた言葉は内容の力を発揮すると。
一定の決まった詞、詠唱の組み合わせがあり、それを発することで武技や特殊な技の引き金とするもの、または不可能を可能にする者、人を励み、癒すこともできれば、その逆で傷つけることができる。
だが。詩とは、詠唱とは、詞とは。
内なる想いを伝えるために発するモノ。それが、他人なのか、物なのか、生き物なのか、世界か――はたまた自分自身か。
己が思い浮かんだ独自の詩を引き金にするものは多いが、それは一般人には不可能である。何故なら、まず自分自身と向き合い、己がしたいことを、情景を、事象を思い浮かべ、それが形とならねばならないのだから。
意志が強いほど、詞は力を持つ。魂が籠った詩は人を魅了する。想像が確固たる形を取った時、詠唱は強い力を発揮する。
だからこそ、詞に同じものは存在しない。
同じ言葉でも、同じ力を持たない。
永い詞程、強い力を持つイメージを持たれるようだが、本当に強い詞というのは得てして短いものが多い。
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