第十八話 相棒
それはまるで、剣が鞘を求めているかのように、それはまるで、鞘が剣を求めているかのように、美しく、音もなく、綺麗に剣は、鞘は、納まった。
―あるべき姿に。
その時、この場にいた者全員がありえないものをみる。
それまで剣に魅了されていたことが嘘のように、再び悪寒に襲われる。
―ドックンッ!
何かが鼓動する。
だが、それは自分の鼓動ではない。
―ドックンッ!
何かが脈打っている。
目の前で。
―オォォォォオオオオッ!
ナニかが歓喜の声を上げている。
ありえないモノが。
ゼノが持っていた剣は、鞘に納まると同時にまるで――人の鼓動のように脈を打つかのように振動したのだ。
そして、錆びていた剣の柄がボロボロとその錆びが剥がれ落ち、その下から美しい柄が現れた。更には、クラルスが持っていた美しくも廃れたかのような薄れた色に灯りが灯っていくかのように、淡く美しい光を放つ。
それこそが本来の姿。
ゾワリッ。エイヒス達は本能的に悟った。体に走る緊張。とんでもない重圧。
それは、決して使わせてはいけない代物だと。あれが自分たちに向けられてはならないと。
いや、彼らは気付いている。どこかで気づいている。何故なら、彼らはセカンド。騎士を目指すため、騎士学校に入った若人。騎士見習い。
ゼノが再び口を開く。
「貴方達も気が済んだはずだ。フィーリオ様はお怪我までしたんだ。このぐらいでいいでしょう?でないと、貴方達の方が怪我では済まないことになります。・・・わかりますよね」
ゼノは最後の警告といわんばかりに、そう忠告する。
「・・・・・・なん、だッ。それっ、はッ!?」
エイヒスがたまらず叫ぶ。ハァハァと息が荒い。いや、呼吸が困難なのだ。極度の緊張――その表情は、もはや絶望と言っても過言ではないほどに恐怖によって歪んでいる。それは彼以外のセカンド達もそうだ。
彼らは気づいていない。
ゼノがこの場に来た時から、あの剣が包みから姿を現してから、彼らの足は後ろに常に後退しているということに。
――いや、認めたくない。自分たちが未知の何かに只々恐怖しているだけということに
ゼノはそっと剣の柄を撫でる。
「これは、そう。落ちこぼれの僕が貴方達に勝つためのハンデみたいなものですよ。恵まれた貴方達から奪う力ですよ」
ゼノは空気を和らげ、口元に笑みを浮かべる。
セカンド達はもはや呑み込む唾も乾ききり、口がカラカラになり、呼吸が困難になり始めている。
騎士を夢見た子供なら誰もが見たことがある。それは絵本で、それは石造で、それは壁画で、それは飾りで、それは工芸品で、それは誰かが語る言葉で。
騎士を目指す者ならば、誰もが思い描く一人の英雄が持つ、一振り。
ゼノの後ろでクラルスは小さくつぶやく。
「ああ、やった見ることができた。十年ぶりだ・・・・・・我が国の宝剣『聖剣アルグム』」
聖剣アルグム。
そう、この剣の名は『聖剣アルグム』またの名を、『聖炎のアルグム』。
伝説の騎士、史上最強の騎士にして剣聖にして神となった人を超えし者。
ウィルウェニス・アルブ・オルグランドと共に語り継がれる彼女の愛剣。最強の相棒。堕落せし神を処刑する剣。
なぜ、この剣の名前をクラルスが知っているのかと言えば、彼女が鞘を持っていた通り、この剣はクラルスの剣だった。
――彼女が持つべき剣であった。
鞘姫と呼ばれる由縁となったクラルスの持っていた鞘の
ゼノがここに来た目的の一つはこの剣をクラルスに返すこと。もし、彼女が彼の約束した少女であり、本当のアルグムの鞘であったのならば、だが。
ゼノが賭けたというのは、今起こっているその奇跡である。この剣は鞘と剣が常に対。世界に一つしかない組み合わせ。
故に、別物の鞘に納まることも無ければ、こうして息を吹き返すことも無い。クラルスがもし、贋作の鞘を持っていたのであったなら、偽物を持ち歩いていたのだとしたら、こうはならなかった。
だが、ゼノは確信めいたものがあったのだ。彼女が、その鞘を大切にしているのを見て。
ゼノは、治めた剣を胸の前で構え、ゆっくりと息を整える。
「どうしますか?貴方達も騎士を目指す者。この剣がいかに業物であり・・・・・・そして、想像を絶する何かを秘めている、と察しはついているのでしょう?持ち主の技量などもはや関係ない。この位、いや失礼。この最強を前に」
その言葉に再び一歩後ずさるセカンド達。
「ここで引くべきです。しかるべき処罰は後で学校側から下されるでしょう。ですが、それだけで済みます。ここで、この剣を手にした私を相手にして、無事で済むとは思わないことです」
ゼノはもう一度、最後の最後の警告をする。セカンド達の何人か冷や汗をだらだらと流す。
クラルスという自分達より遥かに強い存在を目の当たりにした時と同じか・・・・・・いや、それ以上のものを。
同時に、この後、自分たちに待ち受けているだろう処罰について。
だが、ゼノのような格下に、それも落ちこぼれに馬鹿にされてたまるか。彼らの自尊心が、傲慢が、欲がここで逃げるべきだと叫ぶ本能に勝った・・・・・・。
いや、そんなものじゃない。本能なんかではない。それは、洗脳だ。ゼノ? 違う。彼なんか関係ない。
彼らが支配されているのは、ただ目の前の剣が欲しいだけ。伝説が欲しい。力が欲しい。神に至れる剣が欲しい!
「黙れ! その剣がどんな業物かは知らないが、それを持った落ちこぼれの気様に何の意味がある!持ち腐れというのだ、馬鹿が! アハハハハハ!!!!」
唯一、正気が抜け落ちている為に剣の正体に気づいていないエイヒスは、目に血走りを走らせながらそう口にした。
セカンド達の空気も変わる。額には青い筋が浮かぶ。恐怖を、脅えを怒りへと転じさせて自分に言い訳をし始めていく。それは、伝染病のようだ。エイヒスの怒りに乗せられて、目の前の一番欲しいモノを前に、抜け落ちていく。
そう、どんな名剣であろうと、どんなおそろしい武器を持っていようと、それを持っているのは学年最弱の落ちこぼれ。いや、歴史上最低の落ちこぼれなのだ。そして、それを奪い取り自分のモノにできたのなら! 自分は最強の騎士に、最強の存在となれる!
「いいかぁ!? 貴様ひとりでこの数を相手に何ができるというんだ! 大人しく帰っていれば見逃してやったものを! 残念だが、貴様にはお仕置きが必要の様だなァッ! おい、お前たち、あの馬鹿をやれッ! 全力でな! 潰せッ! そしてあの剣を手に入れろ!!」
セカンド達は剣を手に、ゼノに向かって距離を詰めようと動き出す。
「フゥゥ・・・・・・」
ゼノは、久々の人との戦いに深呼吸をして落ち着ける。
――正直に言えば、自分が今、一番緊張している。
相手の数は、武装した接近六名、
召喚を行っているものが二名の合計八名。そして召喚される召喚獣の二体を合わせれば合計で十の敵。
(というか、まだ使い魔を持っているのが2人もいるなんて、さすがアルビオンってところか)
対して落ちこぼれのゼノと後ろで手負い設定のクラルス(立ち上がったが手出しをする気配なし)なので実質、ゼノ一人ということだ。
セカンド達の後方で召喚を行っていた二人が召喚を完了したようだ。召喚で現れたのは、一匹はコカトリス、そしてもう一匹はトロールだ。
ゼノにとっては、昔何度か戦ったことがある召喚獣。すなわち、そこまで珍しくもない凡庸の召喚獣であるということだ。だが、逆に言えば信頼された安定した能力を持つ召喚獣でもある。もちろん、同じでも大きさや強さは違うが。
コカトリスは大きな鳥と大蛇がくっついたような魔獣。
高さは三メートルほどだが、尻尾や翼なども合わせた全長は、クラルスが相手にしていたゴーレムの二倍の大きさを越えるBランクの使い魔だ。
トロールは妖精の一種で、体格はゴーレムと相違ないが、体は硬い皮膚によって覆われており、大木をまるで棍棒のごとき勢いで振り回す同じくBランクの召喚獣だ。
どちらも強い召喚獣だ。
召喚獣は一人や二人で太刀打ちできず、基本的には使い魔ではなく、召喚者を倒すのが一般的なセオリーである。
――だが、
――だが、もはや関係ないのだ。
――数も。
――強さも。
――武装も。
――大きさも。
――硬さも。
――たかが十数メートルという距離も。
ゼノは手にした剣を握る掌に力を抜き、再び水平へと構える。
―ドクンッ、ドクンッ!
『ッ!?』
その場にいた、ゼノ以外の人間が止まる。目が見開く。冷や汗が止まらない。
手が震え、腰が引け、足が逃げろと一歩下がれと動こうとするが動かない。
――先ほどの比ではない。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!
時を経て、再び一つとなった剣。
それが、脈を打っている。
まるで、生きているかのように。
鼓動を開始する。
まるで、長い眠りから目が覚めたかのように。
剣は再び光につつまれ、その姿を変える。永い、永い時を経て。幾人もの持ち主を経て、幾度の戦場を越えて、今、騎士の想いが叶う。
本来の姿へと変わる。
聖剣アルグムへと・・・・・。
“さあ、我を抜け。ゼノよ”
ゼノにのみ聞こえる落ち着いた大人の男の声が、聖剣アルグムから響く。
――ああ、見せてみろ。お前の真の力を。
***************
七聖剣・聖炎のアルグム
エクセキューソナーズソードの形状をしている。
光と炎をイメージさせる美しい装飾である。鞘は、縁には黄金で、そして主な色は何もかもを燃やす炎のように紅い。刃は、縁は鋼のようだが、中心部に沿って黒くなり、中心部には炎のように揺らめく赤い紋様が刻印されている。
一度、鞘から抜き放たれたその剣は、ひとたびに刃に炎と光を纏い、持ち主の力を倍増させる。聴力、視力、反射神経を大幅に向上させ、全身体能力も向上する。
ただし、抜剣しない限りは加護を十全に身に受けることはできない。
剣の主として認められたものは、アルグムの黄金の炎を自由自在に操れるようになると言われている。更には、全ての火を操ると。
聖剣の主として認められたもののみにある現象が起こる。それは、歴代の聖剣に選ばれた聖騎士達がこういうのだ。
『聖剣の声が聞こえる』と。故に聖剣に選ばれたものは独り言が多くなると言われる。そして、変人として扱いを受けやすい。いや、変人だからこそ聖剣に選ばれるのか――。
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