第十七話 断罪の剣
「・・・・・・期待、して、いいんだよな」
「お姫様の危機を救う。それが騎士ってものでしょう?」
そういいながらゼノは彼女から受け取った鞘と、褐色布でくるんでいた剣をまるで
――神へ祈るかのように、その鞘に納めようとしていた。
――ただ、それだけで、ただその行動だった。
美しい、金属同士が擦れる様な、いや、それは丸で一つの楽器の奏でる音色ようにスルスルスルという音が旧教会を支配する。
――ッゴク。
静寂のなかで、誰かの喉が鳴るのが聞えた。クラルスも、セカンド達も一つの方向へと目線が向けられている。
セカンド達は、今更になってこのボロボロになった旧教会の穴の開いた壁から、割れた窓から隙間風が吹き、寒さを覚え始める。
いや、風による寒さなんかじゃない。これは・・・・・・悪寒。
そもそも隙間風など最初から吹いていた。たかが隙間風ほどで寒さを覚えるほど野暮な鍛え方などセカンドはしていない。では、この悪寒は何なのか。
――それは、本能に訴えかけるモノ。
布が落ち切ったとき、エイヒス達セカンド達の視界にはまだ剣を鞘に納めるまでは行動を映していなかった。本来、このような状況で剣をわざわざ鞘に納めなおす理由も不明ではあるが、彼らは何故か、進めるべき足を止めてしまっていたのだ。
それは、ゼノが持つ右手の布の下から顔を見せたのは余りにも変わった剣だったからだ。
柄は黒く焦げたかのようにまっ黒く、ところどころからそれが錆だとわかる程度に茶色だったり、赤色だったりと見える。
美しい装飾が施されているようだが、そのほとんどが錆びているせいで、よく見えない。そして、剣の形。その形状が異質さを高めていた。
剣とは本来は斬るのではなく、殴る。要は刃物ではなく鈍器。
しかし、剣とはその形を、歴史を重ねるごとに殺傷能力を高めるために様々な改良を施され、または文化によって、使用目的によって形を変えてきた。
そして、この世界には数え切れぬほど、覚えきれぬほどの様々な形のした剣が存在する。 中でも一番オーソドックスな形が鈍器として、そして突く攻撃を目的とした剣である。
それはなぜか
それは騎士というものが分厚い鎧、重い鎧によってその身を敵からの攻撃から身を守っているからだ。 重くて厚い鎧は、動きにくいというマイナス面と相手の剣だろうと、弓だろうと、攻撃をくらいにくいというメリット。
さらに騎士は動きにくいというマイナス面を馬にのることによって機動力と高さによる優位でさらなる強さを手にした。
そこで、人々は剣というただの殴り合いの武器に加えて、重い鎧によって動きづらい騎士を打撃によってバランスを崩させる『メイスやフレイル』といった打撃武器を新に加えた。
これは、人類の天敵たる魔物にもいえるだろう。魔物たちは人間をはるかに超えた、それこそ鎧などより分厚く硬い皮膚、皮を持っているのだ。剣は彼らにも有効であった。
鋭く研がれた剣先によって鎧と鎧の間を攻撃する突き、次には馬上から落とすために長さと突くと言う事に特化した『槍やランス』。
軽装のために速さと弱点を突くことだけに特化された『レイピア』。
また、鈍器とした最初の剣とは違い、斬ることによる殺傷能力を高めるために刃の部分が薄く、なおかつ鋭くするための剣が生まれたが、これにも問題があったのだ。
それは、薄さによる脆さである。
そこで、この強度を上げるために、製造の過程において、自然と反るようになっていきシミターなどができ、そして、攻撃には弱いものの、速さと範囲、突くことと切断力に特化した『刀』。
というのが、基本的に一般的な人が知り得る知識だろう。
そんな様々な剣と歴史があるが、もちろん、これには料理や剥ぎ取りに使われるナイフもなどもこの仲間と考えていい。
さて、ゼノが持つ錆びたみすぼらしい剣は、突きを目的としたような鋭さはなく、かといって長い大剣のようでもない。どちらかと言えば長剣に近い。
ただ、少しばかり長く、細く、程よい重さ・・・いや、片手では重いかもしれないが、両手であれば容易く振えれる少し重め、と言いなおそう。
だが、先端に尖った切っ先がなく、両手で握り振り下ろす目的の為に作られているであろう、その剣。かつては、処刑の為に使われていたという剣と似ている。そして、その平らな剣の先も鋭く研がれていたようだ。
本来は、「首」だけを斬ることを目的としていた剣であるのに、他の普通の剣より少しが長いものの、抜きやすさと程よい重さを見れば、これが『戦闘向けに作られた処刑の剣』であるのは違いない。
――その名を『
セカンド達もクラルスもつばを飲み込み、その剣に目を奪われる。
同時に、いやに冷たい汗が自然と流れていることに誰も気づいていなかった。
あまりの見た目の異様さに、誰もがその感じている本質には気づけなかった。
この場の全員が息をのむほど、喉を鳴らすほどまでに注目していた。
それは、本能。
それは、力。
その剣からは、人の目を惹きつける何かがあった。見ているだけで力に対する渇望が増す。見ているだけで体が強張る。剣を手にし、更なる高みへと、偉大な騎士、いや英雄になりたい。
手にしてみたい。
あれを一振りでいいから振ってみたい。
騎士ならば、いや、誰もがこれを見てそう思ってしまう魅力のようなものがその剣にはあった。彼らは、この時、その剣に集中してしまったがために不思議と気づいていなかった。
ゼノには、学校から支給された剣が腰にある。だというのに、なぜわざわざ布に違う剣を、それも錆びついた剣を包んで持ってきたのかということを。なぜ、今それを取り出したのかと。
ッゴク。
再び誰かのつばを飲み込み喉を鳴らした音が響く。
それと同時に、先頭に立っていたエイヒスがゼノに言った。
「つ、ついでだ。その剣もおいていけ!磨いたら業物になるやもしれんからな!さぁ、ここは見逃してやるから、そ、それらを置いて早くたち・・・」
――静かにしろ
ゼノのその言葉に場が凍る。それは、昂っているエイヒスを敢えて激怒させるような言葉を吐いたから、ではない。彼の言葉自身が重みと冷たさを持っていた。だが、それでもエイヒスのプライドが口を開かせる。
「ッ!・・・・・し、静かにするのは君だ! いいから、その剣をよこしたーー」
――黙れ
エイヒスが再び自分の言葉を遮られ、あまつさえその遮った言葉は余りにも屈辱的で、その言葉を発したのが落ちこぼれのゼノであることが、彼の時を止めた。何を、言われているの理解、できなかった。
数名のセカンドが、剣を持っていない手で自分の胸を制服の上から抑えていた。何故か動悸が激しく、収まらないのだ。そう、あの剣を見てから。エイヒスだけが、激情に、人間の欲望に支配されている彼はだけが、その呪縛を受けず、気づくこともない。
だが、この酷く冷たい、凍えそうな程にすべての感覚がマヒするこの場でエイヒスだけが、動け、そして彼の怒りで溶ける。
「ッ!キぃミィィイッ!!さっきから生意気に!君こそ、黙れぇええ!」
エイヒスの怒鳴りを真正面から受けたゼノは、微動だにない。
彼らから見たゼノの表情は黒い前髪が邪魔で見えていない。だから、彼らは余裕でいられた。
未熟者だから。彼の変化に気づいた者はいなかった。ただ一人を除いて・・・・・・。
ゼノはエイヒス立の言葉を無視してゆっくりと、左手に持った鞘と、右手に持ったエクセキューズナーソードを合わせ、祈るかのように前で合わせたのちに、ゆっくりと胸の前で水平に並べ、鞘を剣の中へと治めてゆく。
それはまるで、剣が鞘を求めているかのように、それはまるで、鞘が剣を求めているかのように、美しく、音もなく、綺麗に剣は、鞘は、納まった。
―――あるべき姿に。
ドックンッ。ドックンッ!
世界を照らすモノが目覚める。
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処刑人の剣「エクセキューソナーズソード」
両手での使用を意図されていたが、その全長は一般的に片手剣(約80-90センチメートル)と同程度であった。鍔はきわめて短く、大抵はまっすぐで、柄頭は洋ナシ状もしくは切子状をしている。戦闘用の刀剣と異なり刀身に切っ先がないのは、突くための機能が不要であるためである。
中世ヨーロッパでは、斬首刑は普通の剣で執行されていたため、処刑専用の剣として知られる最古の例が登場するのは1540年頃である。この専用の剣種は17世紀に至るまで使用されたが、18世紀前半にギロチンによる斬首刑が行われ始めると、急速に使用されなくなった。
処刑人の剣は、処刑に使われなくなった後も時として行列のなかで司法権の象徴として用いられ続けた。
Wikipedia 処刑人の剣 より引用
処刑だけではなく、生贄をささげる儀式にも使われたとか。
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