第十六話 お姫様と騎士
「やってみなきゃ、わからないぜ?Aランク様」
ゼノのその挑戦状――いや、この場合はもはやエイヒス達への侮辱ともとれるその言動に、何度目になるか分からないあっけからんとした表情を受けべると、セカンド達の顔から笑みが消える。特に、対面し会話していたエイヒスの顔は怒りに口元が引きつっていた。
「・・・・・・余りにも酷い、冗談だね?どうあがいても君が敵うわけがないだろ。もう少し考えて発言――」
「いや、余裕ですよ。あんたに勝つのは」
◆
エイヒスは、挑戦的に剣先をこちらに向けるゼノについに怒りを露にする。体が震え、もはや表情に体裁など関係なく歪み、両手は握りこぶしを作っている。そして、ついに爆発する。
「お前ェッ!Fランクのゴミの分際で誰に向かって剣を向けてやがるッ!ベラベラしゃべらせておけば!おいお前達、この目の前にいる目障りなゴミををさっさと処分しろ!・・・・・・あぁ、そうだ――」
最後にはニヤリと笑うエイヒスが自身の剣を抜き放つと、それに倣いセカンド達もようやくやる気になったエイヒスに合わせて笑みを浮かべる。
「――Fランクのゴミが劣等感から自暴自棄になり、クラルス姫を襲ったのだ。ならば、我らは我々の姫を救わねばならないなぁ?」
ゼノとクラルスは思わず顔をしかめ、対照的にエイヒスの筋書きを理解を示したセカンド達は下卑た笑みを浮かべる。
『どうするのだ?』
ゼノの背後からクラルスが彼に問う。どこか期待の籠った声に、ゼノはどこか懐かしさを覚えた。
『問題ありませんよ。一応、何の策もなしに出てきたわけではないので』
『ほう?』
『もちろん秘密ですよ。見てからのお楽しみです。その為にも、申し訳ございませんが腰のそれ貸して下さい』
クラルスが何やら面白そうな顔で自分の顔を見つめてきていたのでそういってゼノはごまかした。だが、きっと彼女も勘づいてはいるのだろう。
ペア決めの期間中、彼女がゼノに送っていた視線は、おそらくそういうことなのだ。ならば、ゼノが持っているこの布の中身についても彼女はなんとなく予想はついているに違いない。
いや、確信しているだろう。
「お前ごときが、私達に勝てると本気で思っているか?ここでの事は忘れ、黙って立ち去るなら許してやってもいいんだぞ?・・・・・・なぁなんて最後の慈悲与えないさ!此処で消え失せろ!」
エイヒスが足を踏み込んだ。その瞬間、旧教会に再び突風が吹く。それは、ゴーレムとクラルスが戦っていた時と同じ、あの神出鬼没を演出した速さで駆け抜けてきた。
ゼノはそれを冷静に見ており、エイヒスが喋りながら足腰に力を入れているのを察知していた為に、彼が踏み込むのと同時に右手の剣をエイヒスに向かって投げつけた。
以外にも真っすぐにエイヒスに剣が飛んできたため、彼自身も自分が出していた速度のために急に避けるわけにもいかず、速度を殺すことになるが、ゼノが投げた剣を走りながら弾くことにした。
「ッチ。その程度で止まるわけが・・・・・」
エイヒスが目の前に迫っていた剣を弾き返した瞬間、無防備なゼノの姿がある・・・・・はずだった。だが、彼が剣をはじいた瞬間に見たのは褐色の布だった。
「小癪なッ!」
これには思わずエイヒスも自分の体を無理やり急停止させ、剣を構えつつも後ろへ一歩下がり布をよける。一連の流れを見ていたセカンド達もエイヒスに続きゼノへと距離を詰めていく。
思いの他、大きい布が空中に広がり、綺麗にゼノとクラルスの姿を彼らから隠していた。だから、彼らは目の前の布が落ち切ったとき、ゼノの終わりだと確信していた。エイヒスが一発入れてダウンで終わりだ、と。
(だけど、あんな大きな布、アイツどこから持ち出しやがった?)
ふと、一人のセカンドが思った。それは、先ほどクラルスに手を伸ばし、それを阻止されたもう一人のAランクセカンドだった。彼は、先ほどの思いがけないゼノからの手首への掴み攻撃の痛みと、エイヒスが前に出た安心感により、本来の冷静な思考が元に戻ってきていた。
もう必要ないだろう、この場を俯瞰してみる視点が彼には会った。
(ああ、そうだ。なんで忘れていた?)
あいつが、目の前の落ちこぼれが現れたときに、
―― 一番異様なものを持っていたじゃないか、と。
それこそ、今目の前に手品の様に出された褐色の汚い布に巻かれた何かを。
(あれは、剣だ。だとしたら、今更また剣を取り出して何になる?)
何かが引っ掛かっていた。何か冷汗が伝い始めていた自身の体に嫌な予感も同時によぎる。だから、無意識にエイヒスに声を掛けようと思った。
――おい、気をつけろ、と。
だが、彼がそれを言う前に、彼の嫌な予感が布の先に現れたゼノとクラルスの姿を見て的中したことを確認してしまった。
錆びた剣を右手に持ち、左手には、クラルスが持っていた鞘姫の所以たるその鞘姫の由縁たるその剣のない鞘を彼女自身から受け取っていた。
◆
こちらを落ちこぼれだと舐めて油断しているのなら、その間にこちらは
自分たちの姿を消すように広げた布の後ろでゼノは後ろに居るクラルスに振り返る。振り返ると怪我をして立ち上がれない演技をしていた彼女が、立ち上がり、こちらに大切なものなのだろう鞘を両手でゼノに差し出していた。
ゼノは、まるで彼女が自分がこのタイミングで渡してほしいと言い出すのをわかっていたかのように・・・・・・そして、もう演技すら隠そうとせずに立ち上がって、ほとんど変わらない高さの目が合う。
(あー。やばいな)
ゼノは、そう心の中で零す。本当に、月並みな、ガキみたいな感想しかできないほど、近くで見れば見るほど彼女は美しい。
「くれぐれも、傷をつけないように」
「もちろん。・・・・・・むしろ、綺麗にして返しますよ」
「・・・・・・期待、して、いいんだよな」
鞘を渡す瞬間、鞘を受け取ろうと伸ばしたゼノの手をクラルスが掴む。突然のことにゼノは驚くが、問いかけるクラルスの声は、何故か少し震えがあり、彼を見つめるその瞳は期待、というよりも、不安で・・・・・・それはきっと目の前のセカンド達のせいではないことはわかるが、ゼノには理由までは分からなかった。だから
――その白く、華奢で小さく細い手の平に、ゼノは自分の手を重ねる。
「お姫様の危機を救う。それが騎士ってものでしょう?」
そして、ゼノは鞘を受け取った。
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