第十四話 ガラス細工のような詆欺―テイギ―
「おい誰だ、お前!」
「僕ですか?……あーと、えー、そうだなぁ・・・・・・・めんどくさ。僕は、通りすがりのただの男子生徒ですよ」
ゼノは自身の名乗りがなんとなく失敗したことを悟り気まずくなる。思わず空いている右手で自分のうなじを撫でる。
後ろのクラルスに目線を移すと、クラルスはフッ、と不敵に笑う。その目は不自然にも、俺に対する期待が込められている・・・・・・そんな気がする。こちらを試すような、強い瞳だ。
(とりあえず、期待に応えられるよう頑張ってみますか)
男ならやるしかない。前座を用意してもらったのだから。こちらとしても、久方ぶりに高ぶった感情を吐き出せることであるし。
「あの、とりあえず彼らを倒すっていうことで、いいですよね?」
コクッ、と頷くクラルスを見てゼノもうなずく。
敢えて聞いたのは、彼女からの意志を確認しておくため。また、その責任の所在の確認でもある。彼女が、この学園の、いやこの国の支配者が言うのだから問題ないだろう。
あらためて前方の『敵』へと視線を移す。
セカンドが十名と召喚獣が数体。対してこちらは負傷者一名と落ちこぼれたるゼノ一人。二年生はまだ召喚を授業で習っていないので扱えるものは、元々家から引き継いだり与えられたりしているものということ。
それなりの家の生まれで、
とはいえ、まぁ男だから。美女を前に昂るのはわかる。「若さだなぁ」なんて、自身のことを棚に上げてゼノはのんきに考えながら、クラルスのほうへと一歩下がる。
「おい!お前は誰かとッ聞いているんだッ!」
先ほどゼノが手首を握り、退かせた男が彼に向かって叫ぶ。その表情は、目の前に突然男子生徒が現れたという状況が上手く飲み込めていない。後ろにいる他のセカンド達もそうだ。現れたゼノに困惑している。
どうやってここまでやってきたのか。どういう理由でここに来たのかと、自分たちのしでかしているこの状況を誰かに知られている、学校側に報告されているかもしれない、色々な可能性と危機的状況を想像しているのかもしれない。
それに加えて、彼の見た目の不気味さである。アルビオン騎士学校の制服を着ているのに、似合っていない。ボタンの色が銀色であることから同じ二年生であること、左肩の紋章がナイトであることからセカンド、というのは分かる。
だが、異様な気配を感じ、エイヒスを合わせセカンド達は誰も近づきたくなかった。
Bランクのセカンドが悲鳴を上げ思わず後退する程の腕力。不衛生を感じさせる無作法に伸びた髪。髪によって目が見えず表情が読めないこと。さらに漂う不気味さを際立たせているのが、左手にずっと持っている汚い褐色の布にくるまれている十字架のようなナニカ。
自ずとセカンドや常にそれと身を共にするものなら大方予想できる形状。
――剣である、ということ。
それは、クラルスというかつてない強敵に対する脅威ではなく、それは何か分からない不気味さに対する恐怖だった。
ゼノも今、自分のアドバンテージが、自身が謎のセカンドとしてこの場に現れた、未知、または異物。その点のみであることを理解していた。ここで彼の名前を無暗に出すのはよくない。『落ちこぼれのゼノ』だと知られるのはよくないのだ。
クラルスを助けに入ったのがセカンドだと警戒させる分には悪くない。ランクを不明にし、少しでも相手に警戒させておくべきだ。
「ふざけやがって。お前セカンドだな。それも、俺達と同じ一年生ときた」
男は俺の左腕のナイトの装飾を指さしてゼノに握られた手首を抑えながら聞いてくる。
「え?ああ、まぁ、見ればわかります通り一年セカンドですが・・・・・・」
男はゼノの返事をきくなり、少し笑う。自分が優位に立ったような表情だった。
おそらく彼はAかBランク。AランクやBランクの生徒というのは優秀なものが選ばれるために少ない。だから一年という時間があれば全員の顔を知っていても多いし、交友関係が広い者がいれば全員が知人などという者さえいるだろう。
よって、ゼノが記憶にないセカンドであるということは、自分より格下のランクのセカンドだと判断したのだろう。
正直、「AランクやBランク」と「Cランク」では違い、Dランク以下も同じだ。もちろん、その中でもゼノのFランクが一番下なわけだが。Sランクの顔はその数の少なさから全員が割れているからゼノがSランクではないということにはすぐ気づいただろう。
よって、彼からするとゼノはCランク以下という考えに至ったのだろう。
「俺は、Aランクのセカンドだ!」
男子生徒はそう、正々堂々と、どうだと言わんばかりに、そう言ってのけた。
これには流石のゼノも、そしてクラルスも呆れるしかない。クラルスに限ってはお前Aランクだったのか。エイヒスだけだと思っていた・・・・・・という感想すら抱いている。
「それは・・・・・・すごいですね?」
ゼノがそう答えると彼と他の生徒達もニヤリと笑みを浮かべる。
「お前のランクは?ん?言ってみろよ」
少し相手を見下したかのようなその問いかけに対してゼノは、
「僕のランクなんて関係ないと思いませんか?あなた方がAランクBランクのセカンドと知ってなお、戦おうとしている僕のランクなんて」
そういうと、彼らは見下した表情から、怒りの形相へと変える。彼らは自尊心が高い。
ゼノは私は下のランクですが各上の貴方達に勝てますよ、と言ったようなものだ。ゆっくりと右手を大げさに、上に腕を上げて手を振るように自身の左側へと移動させ、そして、ゆっくりと右手で左の腰に下げていた学校から支給されている剣を抜き放つ。
腕で自身の顔が隠れる瞬間に言葉を放つ。
――お姫様。後で鞘を貸して下さい。
クラルスは一瞬、彼がなにをいっているのかが理解できなかったが・・・・・・彼が剣を引き抜くと同時に理解をした。彼が動かす右側の体と右手ばかりが気になり、一瞬忘れてしまっていた存在を。ゼノには見えないだろうがコクリと彼女は頷いた。
ゼノが抜いた剣を見てセカンド達の警戒度が増す。セカンドが程よい緊張感を持ったことを確認しながら口を開く。
「僕は貴方達が彼女を襲う理由も知らないし、何をしようとしているのかも知らない。だが、同じセカンドとして、騎士を目指すものとして貴方達がしていることは間違っているというのはわかります。我々が尊ぶべき騎士道に反するものである、と」
「っく」
男もセカンド達も黙り込む。騎士を目指すものが複数で寄って集って、たった一人の女を襲うなんて騎士道から外れる行いだ。それは、もはや蛮族、俗物である。
アルビオンに来た彼らは周りのものより努力し、騎士を目指しここまで上り詰めてきた者達だ。“騎士”という言葉には弱い。
(さあ、どうせやるなら舐めてかかってこい。格下だと思い込み無謀に、力任せにこい。そうすれば…)
――だが、一人だけ反応が違った。
「おいお前……知っているぞ?」
セカンド達をかきわけて、後ろから一人の男が出てくる。歩みはどこか優雅さをただよわせながらもゲスな臭いを放つ、そんな男子生徒だった。一言で言い表すなら気持ち悪い。ゼノはそう思った。
「その間抜けな面。君ぃ……落ちこぼれのゼノ君、だよねぇ?」
ゼノの正体を最初に気づいたのは思いの他、下の者には興味がないと言わんばかりの典型的な貴族の坊ちゃまことレドモ・エイヒスだった。
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騎士
当小説における騎士は、一般的なヨーロッパにおける騎士、主に中世において騎馬で戦う者や、盾と剣と重厚な鎧に身を纏った者などを指すものではないが、
騎士道、いわゆる「騎士たる者の美徳と善行」や、名誉をもめる者、またはそれにふさわしい人物という、精神、また人格的なものはそうだが、
当小説における登場人物たちが基本的に指す『騎士』とは、平均的な人種の能力を超えた「超人的な身体能力」を持って生まれた者の中でも軍隊に属すことを選んだ者達を指している。
なお、騎士としての超人的な能力を持っておりながらも軍属を選ばなかったもの、また離れなかったものを騎士落ちと呼ばれたりもする。軍属を選ばなかったものの大半は、己が身で成り上がる『冒険者』になる。
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