第十三話 白馬の王子様・・・・・?

「おい、今ので腰でも抜かしましたか?クラルス様ぁ。ヘヘヘ」


 クラルスはゼノの読み通り、男の攻撃をわざとくらい、足に軽傷を負っていた。そして、こちらに近づいてくる一つの気配に微笑んだ。


――上手くいった。


「これ以上怪我したくなかったら大人しくするんだな」

「ふん。どうせ、大人しく捕まったところでお前たちの玩具にされるだけなのだろう?」

「玩具だなんて、お言葉にお気を付けください。まぁ、お姫さまを雑には扱いませんよ。大切に……優しく、じっくりとねぇ……ヘヘヘ」


 男はゆっくりと近づいてくる。他のセカンド達も近づいてくる。一応は警戒をしながら。


 これまでの戦いですでにクラルスが油断していい相手など、余裕を持って戦える相手でないと彼らも気づいている。それでも、彼女に傷を負わせることができたことで、彼らは少しだけ油断している。


 後は用意していた縄で体の自由さえ奪ってやれば敵ではないと。


 クラルスは立たずに足と手で地面を押して後ろに下がる。悔しそうに、そして少し怯えるように。まるで、手も足も出ない女子生徒を演じるかのように。


 その姿がセカンド達の最後の油断の枷を外し、加虐的な男たちの心をくすぶらせる。


「ヘヘヘヘ、もう逃げられませんよ?」


 男はゆっくりと近づいてくる。


「さっさと捕まえろ!」


 時間がかかりすぎたのか、我慢の限界なのか、エイヒスが声を荒げる。クラルスにとっては好都合だったのだが。


「はいはい……。さぁ、もう無駄なあがきはやめて捕まってもらいますよぉクラルス様」


 男に追いつかれ手が伸ばされる、

 そして私の腕を掴もうとする、


――だが、その手が私に触れることはなかった。


     ◆


 ガシッ。


「皆さん。ファーストの、それも女子生徒一人に寄ってたかって……いったい何をされているんですか」


 男の手は違う男子生徒によって掴まれ、クラルスに触れることを阻まれていた。


 顔の知らない男子生徒の突然の登場にセカンド達は一歩後退あとずさる。それは、誰一人として目の前の男子生徒の接近に気づかなかったからだ。エイヒスでさえも。


 クラルスを護った男子生徒の制服は肩の装飾にナイトが描かれ、そして腰には剣を帯剣している。彼はセカンドだ。


 後ろから見た彼の後頭部は男にしてはだらしなく肩まで延びた黒髪。前髪にいたっては目元まで覆い隠しているほどだ。身長は、平均的身長より、やや高いように見受けられる。体つきは制服の上からでは痩せているように見え、細く。とても男らしい筋肉はついていないように思う。


 Bランク程度のセカンドの腕を掴み、防いだ彼の実力は巷で噂の落ちこぼれのFランク。

 名前は、ゼノ。あだ名は落ちこぼれ。悪い意味で学校一の有名人である。


 ただ、顔は知られておらず名前とあだ名だけが知られている。


 ここに居る者で一目で彼がゼノ・ヴァルフェルであると理解できる人間は、常日頃から彼のことを見ている人間、ただ一人だけだった。


「遅かったな」


 その声にゼノはクラルスの方を向いて笑う。その笑いは苦笑、といったほうがいいのかもしれない。


 本来なら彼は登場するまでもなかったのだから。それでも、彼は来てくれた。そのことにクラルスは嬉しかった。期待に応えてくれたのだから。


 そもそもとして、この学園で彼等の会話の初めての一言がこれである。


「あー、えーと。白馬の騎士は遅れて登場するもの……でしょう?」

「ふふ、そうだな」


 クラルスはゼノの冗談にそのまま返す。その後、彼は相手のセカンド達に目を向けてから顔が困った顔をする。

 

 それもそうだろう。ゼノの成績が評判どおりであるなら、彼が敵う相手など一人としていないはずだ。


 それに召喚を持ち出してきている者もいる。ゼノの家が名家ではない限り使い魔など授業を受けるまで使役する機会はないだろう。習ってもできるかどうか今のところは怪しいが。


 そう思わせるような、そんな評価をされるような成績しか残してきてない人間だった。勝率はほぼゼロ。残念ながらクラルスの方が圧倒的に強いだろう。

 

 ただ、クラルスをかばって目の前に立っているゼノは評判と反してなかなかどうして、騎士らしいではないか。筋力も無いように見えるが、男の腕を掴む手の握力はなかなかだった。相手の握られた手に深く食い込んだゼノの指は、男の腕をミシリと音を立てさせる程に。


 それに足運び。武道の心得がある証拠であり、相手のセカンド達よりかはしっかりしている。これは少し期待してもいいかもしれない、と。


 いざとなれば私が倒せばいい。かすり傷程度で動けなくなるほど柔ではない。あくまで彼を試そうという演技でしかない。


「おい、誰だお前!」


 と、ようやくクラルスを助けたゼノは掴んでいた男の手を突き放す。相手がゼノの手を振りほどこうと大きく腕を振ろうからだ。


「僕ですか?……あーと、えー、そうだなぁ・・・・・・・めんどくさ。僕は、通りすがりのただの男子生徒ですよ」


 セカンドの質問に場違いな気の抜けた声で男子生徒は答えた。その返答にクラルスも、そして相手のセカンド達もみんなが呆気にとられた。


 おそらくは、本当の名前を言ってしまえばゼノが校内の有名人である落ちこぼれと気づかれてしまう恐れがあったからだろう。そんなことをしてしまえば彼等の注意を集めることも警戒心を持たせることもできなくなってしまう。


 だが、その余りにもふざけた答えに『なんだそれ』とクラルスはつい笑いがこぼれる。もう少し、捻った


――そう、騎士らしい名乗りにしてほしかったものだ、と。せめて王子様ぐらい名乗ってほしかったものだ。


 だが、クラルスはそれでも男子生徒に期待をこめた視線を送る。楽しませてくれよ、と。期待通りであってくれよ、と。


――私の騎士。




**************


闇は微笑む。

己が蒔いた小さい種がより大きい実りをもたらせてくれたことに、そして、くれるだろうことに。

世界が動き出す。闇の思い描いたとおりに。小さくもたくさんの種が芽を見せ始めている。

「より深い闇へ、天さえも呑み込み混沌へ・・・さらなる高みと深みへ! すべては反転する! 全てはひっくり返る! 神は地に落ち、闇を見る! 魔は天を目指し、まばゆい光を目にする! 古の者達が再び地上によみがえり、混沌が渦巻く! その中心は、あの子だ! あの子の子だ!あの子たちの子だ!ワタシの救世主ッ――」

闇は一人のヒトを見出した。

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