第十二話 迎え火

 ゼノはついにクラルスがゴーレムを使役していた男子生徒をノックダウンするところを見届ける。


 ゴーレムはなかなか俊敏な動きを見せ、クラルスも少し苦戦していたように見えたが、すぐに召喚者である男子生徒を倒した。


 あの状況下でゴーレムを相手にどう逃げるか、どうこの場をしのぐべきかを考えるのが追い詰められた人間の大半がとる行動だろう。


 頭でどうするのが最善であり、自分の直感がこうすべきだと訴えかけていても、それに素直に従えるか、反応できるか体が動くかは、普通は無理だ。


 だが彼女はいかにして相手を楽に倒せるか、ゴーレムに勝つか、その選択肢の中ですぐさま召喚者である男を狙いに行くのは、実戦慣れしている戦士そのものだ。


 さらに、それまでの一連の動作が余りにも無駄がなさ過ぎて綺麗だった。ゼノは気づけば彼女の動きに見惚れていた。そう、自分もあの様に戦えていたのなら、と。


 実戦経験も少なそうに見えるが、流石、最強の騎士の弟子と言ったところだろう。


――まさに、圧倒的。


「ッフ」


 ゼノは暗くなり始めた空を見上げて鼻を鳴らす。


(俺って、何しにきたんだろう……)


 もう彼女一人でいいんじゃなかろうか。俺がここに居る意味が無い気がする。

 

 男子生徒たちに脅され囲まれた美少女を救いに来たはずなのに、実際に旧教会に駆け付けたゼノが見たのは超戦闘狂の女にボコボコにされている団生徒達。

 

 ゼノは手に持っている棒状の包みを握り締めながら、やはり自分の様な人間が、誰かの役に立てると思ったのが間違いだったのかもしれない、とそんなことさえ考え始める。


 自分より努力している奴が、さらにそれより上の奴に負かされているのを見れば、果てしなく自分の届かない場所に彼らはいるのではないだろうか、と。そう思ってしまうのだ。


(いや、まだだ)


 まだ自分には何かできることがあるかもしれない。

 そう思い、ゼノは教会に視線を戻す。

 

 だが、すぐさま現実が押し寄せる。


――やっぱり、自分には無理だ。成績が底辺の自分には彼女のようにはなれない。何の助けになるのだ。何ができるというのだ。


(・・・・・・やっぱり帰ろう)


 ゼノは急に襲われた虚無感に思わず立ちあがり、帰ろうと思った。


 ガサッ。

 何の警戒もせずに無意識に立ち上がろうとした体が周りの草木にあたり、大きな音を出してしまう。


 その音に思わず正気に戻ったゼノは、静かに再び姿勢を低くする。


(何やってんだ!)


 草陰から完全に体は出していない。だが、音が出た瞬間、こちらに視線を感じたのだ。


 そう、男子生徒を倒して顔を上げたクラルスと目があった……気がした。


(ばれたか? ……いや、バレた)


 あれは気付かれた。確実に……。


――いつもそうだった。


 ゼノが気づくよりも先に、校舎で彼女はゼノを見ていたのだ。だから、ゼノが彼女に気づきそちらに視線を向けたとき、視線がぶつかるのだ。


 目があったと思った瞬間だ……彼女の口元に笑みが浮かんでいた。

 思い出して身震いする。


(今の彼女は戦闘で気が高ぶっている。それか元々ああいう気性か? ともかくッ、あれはロクなことを考えていない人間の顔だ!)


 そういう顔をしていた。やヴぁい女の顔だ。

 警戒していると、すぐにこちらに向けられていた気配が薄れる。ゼノはもう一度茂みから顔を出し、旧教会内の様子を伺う。


 クラルスはまた別のセカンドと対峙していた。相手を見る限りではクラルスには敵わないだろう。それは、先ほどまでの戦闘で明らかだ。


 セカンド達も最初の様にクラルスに向かっていくというよりかは、腰が引けて受身になっている。あんな相手に彼女は負けないだろう。もはや勝負は決している。


 だが、焦りからか、恐怖からか一人のセカンドが剣を構えて、叫びながらクラルスに攻撃を仕掛ける。振り回される剣はクラルスの上半身を狙っているように見えるが相手は足元を見ている……ということは、あれは足元を確実にとるためのフェイント……クラルスも気づいているのだろう。


 剣を上手くかわしつつ、足元への注意も怠っていない、が、


(なっ!)


 まさかのクラルスに少し隙ができる。それは、ゼノにもわかる程に。ということは彼よりも上のランクである男子生徒が気づかないはずもない。


 相手はそれを見逃さなかった。相手のセカンドは上半身の攻撃から足元へと攻撃をする。クラルスなら避けられるはずのその攻撃を……


――彼女は避けられなかった。


『っく!』


 クラルスは剣を避けられずに、攻撃をくらい、倒れてしまう。足からは少量の血が流れている。


(何やってんだアイツ! 今のは避けれただろうが!)


 思わずゼノは飛び出しそうになる体を理性で押さえつける。

(今、自分が出て行ってどうなる!何ができるって言うのんだ!ただの落ちこぼれでしかない俺が。何ができるって言うんだ)


 ゼノの体は震えていた。いや、それは怒りか、嫉妬か、悲しみか、恐怖のせいなのか。いや、それは明確な怒りだ。ゼノの頭に血が上り、顔が熱くなっていくのがわかる。


 クラルスを倒したセカンドは、余りにも呆気なくうまく行き過ぎたことに驚くが、すぐに喜びに震える。


『へへッ、へへへッ!やった、やったぞ!』


 相手のセカンドがクラルスに近づいていく。

 そして、剣をクラルスの首に突きつけたまましゃがみ込むと、次に彼女の頬を気安く手の平ではたいた。


『よくもまぁ調子こいてくれたなぁ、姫さんよ』

『おい!さっさと捕まえろ!また暴れだしたら面倒だ!縄をもってこい』


 セカンドの生徒達が次々とクラルスの元へと向かう。その顔に浮かぶ、下卑げびた野獣のごとき顔。


 これから、ここで、彼女の身に何が起こるかなどわかりきったことだ。きっと彼女は、女性としての尊厳を踏みにじられ凌辱の限りを尽くされるだろう。


 あの美しさ。あの体。あの顔。その血筋。その高潔で高貴なる性格。


 男ならば、彼女を目に焼き付けてしまった男ならその全てを自分の手で踏みにじりたい思いに駆られるだろう。自分の手で、体で好き放題にしてやりたいと。貪ってやりたいと。


 ゼノはその様子を見て同じ男としてわかってしまう感情と、そして、それを否定する感情。怒りと、羨ましさと、そして最後には怒り。ドロドロとした感情をゼノは感じ始めていた。

 

――ああ、久しぶりだ。


 ゼノは自分の中でうごめく、久方ぶりに感じる感情と呼べる感情に、心に、脈打つ心臓と火照り始める体に怒りと同様に喜びさえも感じていた。やはり、自分の本質はそう簡単には変わらないと。


(なら、昔のやり方でやるだけだ)


 ゼノは茂みから出ると、気配を消し、気づかれないように旧教会にゆっくりと近づいていく。


――ああ、やってやるさ。この際、彼女の考えなどどうでもいい。


 冷静なゼノならば、そんな無謀なことはしなかっただろう。落ちこぼれいつもの彼ならば。なぜなら、彼はFランクの落ちこぼれ。今から相手にしようとしているのはAランクやBランクの遥か格上のセカンド。


 到底、ゼノに勝てるはずがない。彼等とクラルスとの間にある実力差と同じくらいに。


 だが、今のゼノには勝つ自信があった。


 もし、本当に自分の勘違いでないとしたら、自分の持つコレと彼女の持つ鞘が本物ならば。ゼノは左手に握る十字架のような包みを握り締めながらクラルスの元へと向かった。


 ゼノの瞳に、小さく、不思議な光を帯びた炎が揺らめいていた。




**************

迎え火

先祖の霊を迎える目印の「迎え火」、お見送りの「送り火」

迎え火は、お盆に自宅へ帰ってくるといわれる先祖の霊を迎える目印として、玄関先や庭などで焚かれる火のこと。送り火は、お盆の終わりにまたあの世へと戻る先祖の霊をお見送りするため、迎え火と同じように玄関先や庭などで焚かれる火のこと。


火を焚く代わりに盆提灯(電球式も可)を灯すこともある


ただし、この小説においては違う意味で使っております。

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