第十一話 最強の面影
校舎裏にゼノは向かったが、やはりそこにはクラルスと男子生徒達の姿はなかった……。
校舎裏にむかったとあの女子生徒は言っていた。ならば、ここからさらに進むとすれば……廃棄された旧教会だろう。
校舎裏に広がる雑木林を見やる。登っていくためにあった石階段は、石の隙間から雑草が生え、自然に飲み込まれたそれは、長年誰の手も入ってないことがうかがえる。
それもそのはず。この道の先に唯一あった施設、旧教会は建物が古くなったのと、校舎より離れているために新しく校舎の近くに教会が建てられたからだ。
ゼノは良く行く場所であるが、ここ最近人がいた痕跡や気配などは全くなかったはずだ。だが、可能性としてなら旧教会が一番高い。
ここ付近、もしくはここから移動先場所で人気の少ない場所であり、
旧教会など、普通ならば誰も近寄らない。むしろ薄気味悪いとさえいえるだろう場所。そういう場所を選ぶということは、そこで行われようとしていることは容易に予想できる。
たかが、ペアの申し込み程度で・・・・・・たかが、学校行事ごときに。
・・・・・・たかが、それだけのことで彼女を傷つけるのか?
ゼノの心の中で、この一年と少しの学校生活の中で感じたこともない、久しい黒い感情が顔を出す。自ずと自分が右手に持っている十字架の棒状の包みを強く握りしめる。
「ッチ」
ゼノは思わず力を込めた右手を睨みつける。顔に浮かべる表情は、憎しみや怒りもあるが、それよりもまるで憐れむような、それは地震に向ける表情ではなかった。やがて、深いため息をこぼし、力んで上がっていた肩を下ろす。
ゼノは旧教会のほうへと向き直り、石階段の成れの果てを駆け上がっていく彼の胸騒ぎが止むことはない。
もしかしたらもう旧教会にはおらず、すでに帰っているという可能性もある。
そうであれ、そうであってくれ。俺の勘違いであってくれ、と。
旧教会まで半分の距離まできたその時だった……。
頭が揺さぶられかのような轟音が鳴り響き、ゼノの近くの気も揺れ葉が多く降ってくる。
爆発音のような、何かが壊れる破壊音が聞こえた。それも旧教会の方からだ。
「くそっ!」
嫌な予感的中である。ゼノは脚に力を込めて石階段を数段飛ばしながら駆け上がり旧教会へと向かう。
無事でいてくれよ……クラルス・アル・フィーリオッ!
◆
―side.クラルス・アル・フィーリオ ―
轟音が鳴り響く。
それはまるで巨大な石が落ちてきたかのような、落雷の如き轟音がった。
さっきまでクラルスが居た所は物凄い爆音とともに砕け散る。
回避出来たものの一般人が当たっていれば目も当てられない惨劇となっていただろう。
「一応、それは校則違反の中でも理由なき抜剣よりもさらに最上位に位置するものなのだが、理解しているのか?」
「うるさいッ!」
クラルスがセカンドに忠告するも聞き入れてもらえずに攻撃が繰り返される。彼女の目の前から大きい影が迫る。クラルスはすかさず後ろに飛ぶ。
直後、轟音が再び鳴り響く。さっきまでクラルスが居た石床が場所が砕け散った。まるで大きな爆発が起きたかのようなその惨状にクラルスは淡々とその威力が自分にあたった際に受けうるダメージを計算する。
間違いなく、自分に当たれば簡単に致命的になる。いや、致命傷ですめばまだいい方だろう。
だが、クラルスにとって、その攻撃はは致命的な一撃になるとは認識しているが当たることは無いという自信があった。だから恐れることはない。
「ハハハハハ、どうだ。これが俺の力だ!」
「……ああ……恐るべき破壊力だな。使い魔の、とつくがね」
男子生徒は自分の人の身を超えた力に興奮し、対してクラルスは冷静に制服についた砂埃を払う。
彼女が相手にしているのはもはや人ではなかった。
人の数倍もの大きさの巨体、そしてその体は硬い石によってできている……。岩の巨人、とでも言うべきか。
「馬鹿者! そのような威力で殴りつけるな! 殺す気か!」
エイヒスが叫ぶと、セカンドの生徒は使い魔を召喚したことでの優越感に支配されていた頭が冷静になる。
「す、すいません。行け、ゴーレムッ! 殺さない程度にやるんだ!」
グオォォオオオオオン!男子生徒の命令通りに動くその巨体の持ち主の名は
――ゴーレム。
この世界とは違う異世界の住人。またはこの世にどこかに存在するモノ。契約したそれらを呼び出し、操る『召喚』。そして、召喚され使役される『使い魔』
騎士としての力の一つといえる。だが、別に騎士しか使えないというわけではない。騎士でなくとも使い魔を使役するものは「召喚士」と呼ばれるが、数は少ない。最初の契約を結ぶまでに費用が掛かるのと、呼び出した存在が召喚主に友好的でない場合は最悪殺されることもある為、常人で使い魔を使役する者はごく稀である。
費用はともかく、その危険性から二年生になったばかりの生徒が使い魔を使役しているのは珍しい。本来ならば、一般に騎士見習いの二年生は後期の授業でようやく召喚について専門的に学び、初めて召喚を体験し、そこで契約するかまた違う機会を待つのが普通だ。
おそらく、家が裕福なのか、それとも騎士の家系な為、または先代などから使い魔を引き継いだか、といったところだろう。使い魔は使役者の同意さえあれば任意の人物に自身の使い魔を譲ることができる。
再び、クラルスにゴーレムの岩でできた大きな手が壁のように迫りくる。どうやら叩き潰すという攻撃から掴んで拘束するというものに変えたようだ。
クラルスに対するゴーレムの攻撃はやまない。体力などというものが存在しないゴーレムが相手に休憩の間など与えるわけがない。永久に、己の身が滅びるまで、主人の命に従う姿はまさに理想の兵器。
「どうだっ、俺のゴーレムの力! 手も足も出まい!」
拍手の音が鳴り響く。セカンド達の後ろにいるエイヒスが大きく拍手をしているのだ。それ続いて他の男子生徒たちも拍手をし、笑う。自分達が優位になったことで、楽しむ余裕ができはじめているのだ。
永遠に迫りくる岩の巨人にクラルスは反撃のすべがないのか、逃げ続ける。このままではクラルスがいかに優れた身体能力を持っていたとしても、体力には限界がある。ジリ貧だ。
「ハハハッ! いいぞ! そうだ! 我々の力を見せつけてやれ!」
セカンド達の後ろからエイヒスが騒ぎ立てる。まったくもって、鬱陶しい、とクラルスは心の中で舌打ちをする。
正直、彼女自身も彼らが本当に使い魔まで出してくるとは思っていなかったのだ。だしたとしても、それを実際に戦闘に参加させるとは。
それにこのゴーレム、図体が大きいわりに速い。そして、易々と旧教会の石床を削りながらも迫りくる手の平を見るに、身体を構成する岩の素材も堅い。おそらくは、下位のゴーレムではなく、中位クラスのゴーレム。正騎士が一人、安全を取るならば二人で倒すべき脅威度と言ったところか。
そして体が石で構成されているゴーレムに素手による打撃攻撃は効かない。クラルスが現状取れる戦闘スタイルにおいてゴーレムには通用する手立てがないということになる。
だが、ゴーレムを倒すのは難しいが勝つ方法はある。
クラルスはすぐさま、ゴーレムを視界の端に捕らえつつも、どこを通ることによって最短で最速になるかを見極める。
――見つけた
そして、直感のままに従う。自分の勝利を確信し、自らの力に溺れている人間など隙だらけだ。だからこそ、相手であるクラルスは楽ができる。
「ゴーレムは手強い……」
次の瞬間、男とゴーレムの視界からクラルスは姿を消していた。唯一彼女の動きが見えていたのは、この場では二人。
Aランクセカンドのレドモ・エイヒス。
そしてもう一人は…。
レドモは表情から笑顔が驚愕に変わり、ゴーレムを使役する男子生徒に声をかけようと前に立つセカンドを押しのけ、口を開き思わず手を伸ばす。
ゴーレムは確かに強い。だが、それはゴーレムだけの話である。あくまでも、クラルスにとっては。
ゴーレムのその大きい図体を支えるための長く太い両足がある。主人を必ず庇いながら戦うゴーレム。つまり、ゴーレムの股の下はゴーレムの主人への最短の通り道である。猛攻のゴーレムの両腕をくぐり抜けられるのであれば、の話だが。
彼らには見えなかっただろう。レドモともう一人を除いて。建物の中なのに妙な風が吹いた、といったものでしか感じ取れなかったぐらいの速さで何かが駆け抜けた。
レドモが男子生徒に気を付けろと一音も発することもできないほどの短い間。ゴーレムという大きい視界を広く占領しているために召喚主であるセカンドの男の視界は狭い。そして、ゴーレムの体積に比べて小さいクラルスという標的は見失いやすい。
第一に、彼ら程度にクラルスの動きを捉えられるわけがないのだから。
そう、彼らはクラルスより弱い。これは確信というものではない。絶対だ。
クラルスは強い。そして、クラルス自身がそれを理解している。それがわかる「強者」である。
――故に・・・・・・彼女に敗北はありえない。
「だが、強いのはゴーレムだけで……君自身は強くないんだ」
たった数秒にも満たない静寂を破ったのはそのクラルスの言葉だった。クラルスは男子生徒のすぐ左側面に現れた。
彼は右利きだ。ゴーレムに指示するときも右手、剣を握っているのも右手。今までの戦いでそうだったから、右利きだと判断したのだ。
彼は右利きだから右への攻撃や反応が早い。だが、左からの攻撃には反応が遅れる。彼が両利きでなければ。弱点を理解し鍛えていなければ。
その程度を理解せず、鍛錬を怠っているが故、Bランク以下なのだ。
「なッ……」
ドスッ。
気づいた頃には男は気を失っていた。何故なら、その男の鳩尾にはクラルスの左腕が深く食い込んでおり、それが一撃必殺となった。
男が気を失ったことで召喚によって呼び出されたゴーレムは、こちらの世界に繋ぎとめる召喚者がいなくなったために元の世界へと送還されていく。
呆気ない。セカンド達は自分達では勝てないと判断し、奥の手である召喚まで使った。だが、それも意味を成さなかった。無駄な抵抗だった。無謀だったというべきか。
彼等はクラルスの力を計り間違えたのだ。最初から彼等の計画は失敗だった。成功するわけがなかった。それを実行した時点で彼等は敗北していた。奇跡でも起こらない限り。
それほどに絶対な実力差がクラルスと彼等セカンド達の間にあったのだ。
クラルスは、弱い者イジメは好きではない。だから、目の前のセカンド達とのこの児戯にも等しい遊びに飽き始めていた。
ただの名家や金持ちの集まりでしかないファーストが、騎士を目指し、己を鍛え強くなることを目標に武を極めつつある彼等セカンドを圧倒した・・・してしまったのだ。
「だから言っただろう。私は君達より強いと。君たちはもっと上を見るべきだ。Sランクセカンドのゾリダス・アイオドスを相手にしてみろ。今の君たちは一人も立っていないぞ」
ごくり。
セカンド達は二年セカンド最強と名高いゾリダス・アイオドスの名に改めて現実を突きつけられる。彼を初めて見た当時の一年生のセカンドは思わず立ち止まったものだ。勝てるわけがない。あんな化け物に、と。
なら、目の前の女は何のだ、と。俺たちが相手にしている存在は何なのだと。
ゆっくりとクラルスは視界を動かす。
「さぁ、次は誰が相手をしてくるのかな? それとも終わりか?」
クラルスは少し乱れた髪を整えながら倒れた男からセカンド達へ視線を移動させるときにふと、視界に何かが入る。
「おや?」
旧教会の窓の外の茂みで動いている何かが見えた……。
「あれは……ほうほう」
クラルスは何かを見つけて笑う。その何かには彼女しか見つけておらず、セカンド達はクラルスを警戒して彼女にだけ注目している。
だから、彼女しか見つけられなかった。周りを見渡させばまだ八人のセカンドが残っている。
「面倒なことになったと思ったが……フフフ。ここから面白くなるかもしれないな……」
私は次にどういう行動とるかを考えていた。
さて、どうやってアイツを利用してこの場面を面白くしてやろうかと。
◆
―side.ゼノ-
ゼノが旧教会に駆けつけた頃には、旧教会は彼女の独擅場だった。すでに旧教会内では数人のセカンド達が倒れており、今は誰かの使い魔なのだろう、ゴーレムを相手にしている。
クラルス・アル・フィーリオはファーストのはず……確かにSランク主席ではあるが、セカンドである男子生徒を複数相手に一人でやり合うとは……。
ファーストには実技の授業もないし、元からファーストのクラスに入っている生徒は、そんなことを習いもしなければ知りもしないだろう、というのがゼノの見解であり、大半のセカンドの生徒は思っている。せいぜい、護身術レベルだろうと。
それにしてもだ。
本業、いや、騎士を目指し日々切磋琢磨鍛錬を続けているセカンドが複数で挑んでいながら、たった一人のファーストを相手に劣勢とは笑えない話だ。
クラルス・・・…まったくもって想像以上の化け物だ。
今もゴーレムを相手に余裕で避けている。そんな彼女を見れば見るほど、あの身のこなしをゼノは知っていると気づく。気づいてしまった。
一度、命を懸けた戦いを通し、また今までに何度も見たあの動き。絶対の強者である堂々たる構え。一切合切の敵を寄せ付けぬ強さをもち、最強の名を手にした万夫不当の剣術を基にした体の動き。
――彼の脳裏に、一人の騎士の姿が過ぎる。かつてない強敵であり、そしてもっとも尊敬する人物を。
(ああ・・・・・・なるほど、あんたか。あんたが・・・・・・そりゃぁ強いわけだ。そこら辺のボンクラの貴族や騎士見習いでは相手にならないだろうさ)
ゼノは、クラルスの強さの一端に気づき、思わず苦笑する。なんと人の縁とは不思議なのだろうと。
クラルス・アル・フィーリオは、間違いなく『最強の騎士』に師事している。
ウィルウェニス・アルブ・オルグランドが持っていた聖剣がうちが一本である光の聖剣に選ばれた、全世界の聖騎士達のトップに君臨する黄金騎士ラザス・バレリア・ヴァルフェル、その人で間違いない。
**************
ゴーレム
泥の人形、土くれ、岩の巨人、など土属性が多く、大きい個体が多く、その分のろまな個体も多いが、防御力、攻撃力共に優秀である。
使い魔の中でも、代表的と呼べる程に使役されている召喚獣・使い魔の一種である。
強さは個体差によって大きく異なるが、ゴーレムという種族には感情が少ない生命体であるからか、または温厚な性格なのかはわからないが、基本的に召喚された直後に召喚主に襲い掛かることもなければ、持ち掛けられた契約に対して拒絶することもない。その為、ゴーレムは初心者にはとても好まれる使い魔でもある。
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