第九話 Sランクファースト
私の発言に対してエイヒスは顔を引きつらせながら、やがて怒りに染まっていく。
そうだろうな。
私は今、お前達は無価値無関心の対象と言ったに等しいのだから。
「な……なんだと!」
「じゃぁ、私は失礼するよ」
私は目の前で旧教会の出入口を塞ぐ大柄の男子生徒の横をすり抜け、扉に手をかけたときだ。
大柄の男子生徒が私の肩をガッシリとつかむ。そして、グフッ、と大柄の男子生徒が笑う。
私はその大男の後ろの奥にいるエイヒスを見る。
「ハッ、やはり貴方は素直に謝ることができないようだ。高嶺の花のつもりか? たかが、こんなちっぽけな孤島の王族の分際で! 田舎娘が!」
エイヒスが近づいてくる。
「その高慢な振る舞い、私達がしっかりと、淑女としての教育をしてあげましょう・・・・・・」
セカンド達が不細工に笑い出す。
「ふんッ、ようやく本性を現したか。お坊ちゃまくん」
エイヒスの眉が少しビクッと動く。クラルスのその言葉は今までの物とは違い、明らかに個人に対して、エイヒスだけに宛てられた侮辱の言葉だった。言葉の汚さもそうだが、その意味にエイヒスは怒りを覚える。
「くく、くふふははは! その汚い口に正しい口の利き方を教えてあげないといけないようですねぇ! おい、わがままな我らの姫を縛れ!」
グフフフと大柄の男子生徒は笑う。
そして、肩をつかんでいた手をそのまま私の腕へ走らせ、後ろにもっていき縄で縛ろうとする。肩を掴んだ手は感触を楽しむように、揉んだり撫でたりといった動きをする。
クラルスは生理的に、ただただ気持ち悪かった。そして、同時に彼女の身体は拒絶反応を起こす。
ドスッ。鈍い男が旧教会内に響く。それと同時にクラルスに迫っていた大柄の男子生徒の動きが急に止まる。まるで操り手がいなくなった人形のように。
「おい、どうした! 何をしているっ、早くしろ!」
大柄の男はレドモの声にも反応せずに動かない。そして、その大きい身体に見合った重量に任せてゆっくりと倒れた。顔は何をされたのか分からない呆けた表情のまま白目をむき、気を失っているようだ。
「な・・・・・・に?」
クラルスは触れられた肩を手で軽く払う。別に制服が汚れているわけではない。ただ、それは目に見えない不愉快という
「・・・君達こそ、教育が必要なようだな。乙女に対する紳士として接し方と……Sランク主席という私と君達、並の候補生との格というものの差を」
「っく・・・・・・この数の差を見て私達を相手にしようというのか、貴方は! 一人やったぐらいで、田舎娘が調子に乗るな!」
エイヒスの言葉にクラルスは鼻で笑ってから答える。
「ふん。君達など、どれだけ群れたところで私には関係ない」
「この女、馬鹿にして! ヤレェッ! 生かしてさえいればいい! 痛い目に合わせてやれ!」
「「「おうッ!」」」
エイヒスの汚い言葉とともに、セカンドの男達が押し寄せる。
ああ、なんという茶番なのだろうか。
まだ十代であるということを考えれば、まだ子供ともいえる。こういった過ちもあるだろう。
(いや、そういう私も余りにも調子に乗りすぎた。いかんな。不満を溜め込みすぎるのは。男であれば格好もつくのだろうが、一応女なのだし、淑女というものを勉強しろとまた説教を受けかねんな)
しかし、どれを吟味しても愚かだ。この時間が無駄に思えて仕方がない。せいぜいなまった体を動かす準備運動くらいにはなってもらいたいものだ。
「おい、あの女を最初に取り押さえた者からご褒美だ!さっさとあの女を捕まえろ!」
「「「オオォォオオオオ!!」」」
ウォォオオオオオ。
セカンド達が素手で押し寄せて来る。さすがに剣は抜かない理性は残っているようだ。
一瞬脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。すると先ほどまで毅然としていたクラルスの身に悪寒が走った。
クラルスの持ち物はただ腰に挿している剣の収まっていない鞘のみ。彼女は鞘をなでる。それは愛しいモノを撫でるように。
まだ、一人でも大丈夫……。
私を守るべき剣はいまだ私の元へとは帰ってきてはいない。だが、剣を抜くまでもないのだ、この程度の状況では。
私は、守られるだけの女ではない。そう、その為に鍛えた。磨き続けた。あの日見た、彼の背中に追いつくために。
クラルスは自然体でセカンド達を見据える。それは、堂々たる佇まい。何処からでも来いという余裕の挑発とも見れる。
「おやおや、クラルス様は素手で私達セカンドとやり合おうと言うのですか?」
「……お前達など素手で十分だ」
エイヒスの顔がついには真っ赤になる。駆け寄るセカンドたちの顔にも怒りを見せる。
それは、多勢に無勢とも言う圧倒的な不利な状況で、ただでさえ女であるという非力な存在であるのに武器を使うほどの相手でもないと、叫んで助けを呼ぶほどでもないと相手を自分よりも弱いと判断したということ。
ただの強がりであればいい。だが、目の前の彼女がそれを当たり前のように発言したことがセカンドである彼等の自尊心を傷つけた。クラルスからすれば彼らの自尊心などたかが知れているのだが。
「減らず口ばかりッ。そう余裕でいられるのは今のうちだッ!」
セカンドの一人、一番先頭を走っていた男が私につかみかかる。
「大人しくしろ!」
クラルスは、自信の胸倉を掴もうとした手を避け、男の内側に手を添え外側に逸らし、走ってきた男の勢いを借りて足に軽く足を掛けてやる。それだけで見事に男は気付かぬ内に体勢を崩し、前のめりにこける。
そして、こける瞬間に男顎に素早く、最小限の動作で手の甲にて殴りつける。それだけで、彼は脳震盪を起こし、地面に顔からぶつかった後には最初の男子生徒と同じく意識を手放し動かなくなる。
その後ろにいたセカンドの男子生徒は、先に仕掛けた生徒が姿勢を崩した瞬間にその後ろから飛び出した。クラルスの視線を切っていた。つまり奇襲。
クラルスは冷静に彼を見据える。見るからに鍛えており、さらにはかなりの体重があると考えられる男は両腕を広げ、のしかかろうとする。
これは、男女間における体格差、体重差を考えれば決まれば最強の制圧力を持つ技と言えるだろう。
クラルスは素早くさらに姿勢を低くすると、鳩尾に素早く一発、上にくの字に曲がった男子生徒の顎に再び素早く握った拳をぶつけ、再び脳震盪を誘発する。だが、根性があるのか一撃では沈まず、男子生徒はそのまま踏みとどまろうとする・・・・・・そこへクラルスの軽やかな回し蹴りが顎にさく裂し、見るも無残に顔を思いっきり外側に逸らせながら、まるで顔についていくように大きな体が半回転しながら吹き飛ばされていく。
その彼女の放った、主に大きく四つ打撃音は、その軽い動作からは想像もつかないほど大きく、そして二つの男が地面につく音が教会内に鳴り響いた。
一流の武術。踏み込みの一つが破裂音のような爆音になるそれは、一流へと足を踏み入れている証拠。音が鳴るということは無駄に空気を含み、抵抗を受けているということはまだ未熟。騎士を志す男を一撃で沈めるそれが、まだ未熟。それを超えた先に無音があるというが・・・・・・しかし、彼女はわざと音を鳴らしているようにも見受けられる。そう、威嚇、いや警告のように。次はお前だと。
その光景を目にし、そしてその張り手のような破裂音ににた爆音を聞き、怯む様子を見受けられる生徒が数名いたが、それでも彼らは足を止めることはなかった。彼らにはもう後はないのだ。
クラルスはざっと走ってくるセカンドの数を確認する。向かってこないエイヒスと倒した男二人を抜いて、残り十二人。
男を倒したと同時に、また違う手が伸びてくる。それを避けるとその後ろからさらに違う手が伸びてくる。三人目と四人目の攻撃。
一人と多数の不利さと言えば手数の多さもそうだが、息をつく暇もないということ。人間の動作にはどうしても硬直が生まれ、さらには呼吸が伴う。
今、三人を相手し、付け加えるなら二人目に関しては硬直が大きい回し蹴りをした直後。少しの躊躇いがあったとしても、相手はアルビオン聖騎士学校にてセカンドに選ばれている。常人の男性と思ってはいけない。
そのセカンドの攻撃を避けるのだって突然の動作。整える隙などない。だが、クラルスの呼吸のリズムは崩れない。
最初につかみかかってきた男の攻撃をよけると同時に、その伸びた腕に下方向に、そしてその方にさらにもう片手を乗せて手で押さえてやる。それだけで思わぬ方向から乗せられた攻撃に男子生徒の力が若干下に向く。それはつまり姿勢が前かがみになる。
――その瞬間をクラルスは狙っていた。
クラルスはさらに伸びてきた五人目の男子生徒の腕を掴み、最初に掴みかかってきた男の顎に膝蹴りを、そして顎を蹴った男の肩にかけていた腕を自然な動きで引き寄せた五人目の男自身の力を利用し、喉に肘打ちをする。
四人目の男はクラルスの膝蹴りを顎にくらい見事に脳震盪を起こしその場で倒れ、五人目は肘打ちを喉にくらい息が出来なくなった喉を押さえながら後ろに倒れ、すぐ後ろに迫っていたセカンド二人を巻き込んで倒れる。
……残り十人。
残り十人は、クラルスを囲むことはできたが、その間にやられた四人の仲間の姿に言葉を失う。彼らはエイヒスを除いて全員がBランクセカンドなのだ。選ばれし者だけが入れるアルビオン騎士学校の中でもさらに限られた成績を持つ者達だ。そんな彼らが、仲間が、目の前のお姫様を相手に手も足も出ないという状況が・・・・・・すぐに呑み込めなかった。
クラルスは、すぐに襲い掛かってこない十人とエイヒスを見渡し、一呼吸入れると乱れた髪を手櫛で整える。
こんな殺伐とした状況で、美しい黒髪を、手櫛で整えるその姿はあまりにも同い年に見えぬほどに妖艶で、セカンド達はその姿に見惚れ、さらに感情が混乱する。
妖艶な王女はくすりと笑い、口を開く。
「こんなことわざを知っているか? 井の中の蛙大海を知らず、と。これが、この私が、世界最高峰の騎士学校である我が校におけるSランクという評価を受ける者の実力だ。君たちが目指し、挑戦し、いずれは奪い取る席の指標だぞ」
**************
アルビオン聖騎士学校Sランクファースト
世界最高峰とも呼ばれるアルビオン校において、ファーストのSランクというものにはある座学の成績、家柄や血筋以外にも、もう一点大きく評価されるものがある。
それは、本人の生存能力であり、個人戦闘力である。これは、アルビオン学校のみがSランクファーストを選ぶ際にのみ例外的に適応したもの。Aランク以下のファーストや、また他校のファーストには戦闘力などという評価点は存在しない。
なお、アルビオン校のみというわけではないが、セカンドの生徒は成績が良ければランクの繰り上げがある。ただし、成績の繰り上がりはAランクまで。Aランクの1位となったとき、Sランクセカンドへの挑戦権が与えられる。下剋上システムと呼ばれている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます