第八話 クラルスという王女Ⅱ

「さあ、記憶力には自信があるんだけどね。これでも学年成績一位だから。でも、誰だったかな? どうしても思い出せないな。セカンドの生徒の中には残念ながら私は知り合いが誰一人といなかったと思うけれど。名前を教えてくれたら思い出すかもしれないな」


 その言葉にエイヒスを含めたセカンド達の顔に血管が浮かび、明らかに頭に血が上り怒り心頭に達している。だが、その中でもエイヒスは深呼吸をすると冷静な顔つきに戻る。それはまるで彼女が最初からそう言うと分かっていたのかニヤリと笑う。


 薄気味悪い笑みだった。予想通りと言わんばかりに。いや、怒り心頭の様子から、予想以上だったのかもしれないが。


 そしてエイヒスは、すぐさま悲しげな表情へと、悲哀ひあいふくむ歪んだ表情へと変えて後ろのセカンド達に振り返る。


 顔が忙しい奴だな、とクラルスは感心する。

 

「我々は貴方に断られたセカンドの騎士見習いです。貴方に! 貴方は、私たちを話の一つも、実力も見せることもできずに、ただただ門前払い! それは我々を、騎士を目指す我々にとってどれだけ惨めな思いをさせる、酷い行為であったか貴方には理解できていないのですッ!」


 エイヒスは、これはチャンス・・・・・・いや、絶交のタイミングとばかりに、まるで演劇でもみているかのような身振り手振りと熱弁を振舞う。その姿は騎士ではなく舞台役者だ。


 彼の熱弁にセカンド達も興奮が高まる。「そうだそうだ!」「見下しやがって!」とクラルスに対する文句。

 

 大衆・・・・・・というほどの数ではないが、なんというべきか。阿呆の集まりだ。煽れば煽るほど、頭に血が上り思考能力を低下させていく。状況と、同情と、事実と、現実と、そして仲間に煽りが合わさりもはや自分たちに陶酔している。そのきっかけを作ったのはほかでもないクラルス自身であるが。


 うるさく文句を言って昂っていたセカンド達をエイヒスを一度落ち着かせると私の方へと振り返った。


「だから、私たちは貴方に謝罪を求めます」

「・・・・・・」


 クラルスには予想通り過ぎる言葉、そしてこれから要求されることを考えるだけで呆れ顔のため息だ。一国の姫にため息をつかせるなど、ある意味罪な男どもである。もちろん、極刑だ。

 

 ここにわざわざ呼び出して……謝罪だと?冗談にも程がある。もちろん、予想の範囲内だが。


 クラルスの記憶が正しければ、エイヒスは確かAランクセカンド。他のセカンドの生徒達を統率しているだけあって足運び一つ一つの動作に無駄な動きが少ない。彼女から言わせれば騎士としては最低限、武芸には秀でていると言えるレベルではあるが。


 見たところではBランクといったところだろう。Aランクであるのは家柄の評価と、座学の成績が良いのかもしれないが、下から数えたほうが早いのは間違いない。


「すまないが、私に謝るべき点など思い当たらないが」


 私がそういうや否や、セカンドの数名が今にも飛び掛かって来そうな程に顔を歪ませ睨みつけてくるが、そんなものはお構いなしに話を続ける。


「謝罪というが、そもそも君達に謝罪をする理由が無いではないか。君達は自分のランクを知った上で私に申し込んできたのだろう? 私はS、君たちは良くてAかBランク。断られるのも承知だろう?私は申し込まれた側であり、それを受けるか拒否するかは私の自由だと思うがな」

「それはそうです。ですが、それでも貴方の態度はどうかと思われるのです。それも一国の王女とあろう方があのような無粋な断り方は・・・・・」


 エイヒスの言い訳を手で制すると、私は続けて口を開く。


「私はしつこい男は嫌いだ。特に、群れる輩と阿呆は特に嫌いだ。せめてレディーであればマシだったんだが」


 流石のこの言葉にはエイヒスも驚いたのか、喋っていた口が閉じられずにパクパクと動く。後ろのセカンドたちも同様だ。まさか、これだけの人数を前に彼女が強気な言葉で、侮辱するとは思っていなかったのだろう。


 クラルスは、ある程度満足したのか「ではな」とそそくさと帰ろうとする。彼らと話したところで時間が無駄になるだけだ。


「まだ話が……っ!」


 エイヒスが後ろから叫ぶ。

 少し慌てているような声からして、本当はもう少し突っ掛かって来るとでも思っていたのかもしれないし、もう少しセカンド達を昂らせようと思っていたのかもしれない。


 残念だが、私は君達が知っていて思い描いているような御令嬢でも姫君でもない。それに・・・・・・


――私の騎士はとうの昔に決めている


「私は君たちと話すことは無い。君たちの今回の行動は誰にもいわないと約束しよう。だから……お互い、今回の件は忘れよう。それでいいだろう? 自分の身の丈に合ったペアを選ぶことだ。今の内から実力を推し量り、己の心の自制をできないようでは卒業してから困るぞ」


 私はエイヒスに振り返ることなく、片手を振って旧教会を後にしようとした。

 

 だが・・・・・・。


「何の真似だ?」

「貴方には、まだ・・・・・・帰ってもらっては困るのですよ」


 一人の大柄のセカンドが旧教会の出入口の扉の前に立ち、クラルスが出られないよう先回りをし塞いでいたのだ。


 はぁ……とクラルスはまたため息をひとつ。予想通り。ただで帰してくれるわけがなかった。


 ゆっくりとエイヒスに振り返り、両手を軽くあげて言う。


「もう一度言うぞ。君達、これは何の真似だ?」


 ツカッ、と石の床をエイヒスの靴が音を立てて一歩踏み出す。


「クラルス様、そう急いで帰らなくてもよいではないですか。まだ、話は終わってはいません」

「はて、何か話があったかな?私はもう終わったと思っていたのだが」

「謝罪をして貰えたらいいのですよ」


 謝罪? 私はレドモも含めセカンドの目を見ていく。どの者の目も、謝罪だけで済ます気なんて無い。体の全身に静電気のようにゾワゾワと虫が這いまわるように感じられる視線……吐き気がする。


「もう一度言うが、私は一体君達に何を謝罪すればいいのかな?」

「私達を侮辱した事に対してですよ」

「侮辱? 私はそんなことをした覚えは無い。したとしても今回に関してはお互い様だと思うがね」


 エイヒスは大げさに手を上げてから額に手を当てる。


「本当にわからないというのですか?我々に目も合わせず、ただ一言『断る』……その一言で我々の申し込みを容易く断ったことが侮辱していることに他ならない! さらに、先程の言葉もそうだ! 我々を圧倒的上から見下すその目! 今、私達に向けている貴方のその目だ!!」


 エイヒスは悲しげな顔と、少しの涙をにじませた瞳でクラルスを指さし、睨み、そう言い放つ。それに同調するようにセカンドの生徒達も叫ぶ。


 私の目だと?この星空さえも飲み込むと言われたほどに美しい黒い瞳のことか? いや、そんなことは言われたことはなかったが。


 丁寧に、穏便に断ったというのに。

 わざわざ、自ら傷つきに来るとは・・・仕方がない。それを彼らが望んでいるのだから。


 丁度良い機会だ。

 自国の学校の生徒達がどの程度のものか試すにはちょうど良い機会だろう。


 クラルスは、口を開く。


「ふむ。どうやら言葉が少なかったと見える。それは私から詫びよう。はっきりと言おう。【すまないが、君達のような弱者に私の騎士になる魅力も感じなければ、資格さえない】とな」


 そう、クラルスは言い放った。

 さぁ、エイヒス。君達からすれば三度目だろう。どう感じ、どう思い、そしてどう行動に移すのだろうか。予想通りか、それとも違う選択肢を選ぶのか。私の想像を超えるのか、超えられないのか。


――私を、せいぜい楽しませてくれたまえ。楽しませれば退学は免れるかもしれないな?




*************

フィーリオ家

騎士王の名で有名だが、その直系は血の気が多いことで有名。当たり前だ。最も強いものが国王、または女王として君臨する。そして、武を司る王、または王女を支え知恵を担うのがフィーリオ家に嫁ぐものの役目であり、重要視される能力の一つ。

ちなみに、クラルスの父が直系なので現国王であるが、その前は現国王の母が女王であり、またその前も女王と、女王率が高い。基本的にフィーリオ家は「女」が強く生まれる傾向にある。ただし、直系の男は女よりも血の気が多く、現国王も血の気が多い。戦いを求めるまり、遠征をし魔物を狩りまくった結果、気づけば各国から感謝されるており、歴代騎士王の中で最も感謝状と他国からの勲章を贈られた王なっている。

ただし、臣下達により国王の遠征は緊急時を除き禁止されており、国王なのに王城の王室に幽閉状態で政務という労役を食らっているとか。城のどこからか野獣のごとき野太い悲鳴が毎日聞こえると言う。

「クラルスちゃんは!?」「学校です」「俺に会いに来てくれない!」「政務がこなせれば会えますよ」「でも、この紙束なくなったことなくない!?」「あなたの仕事が遅いからです。さぁ、仕事してください」「王妃は!?」「王妃はクラルス姫と中庭でティータイムです」「わしは!?」なんて会話があったのだとか。

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