第六話 ペア決めⅡ

 二年生のペア決めの二ヶ月という期限がある中で、ゼノは一日一日を無駄に過ごしていた。


 ペア決めの期間は二ヶ月……気づけばもう残り一ヶ月と少しと期限が迫っていた。


 『あー、ヤバイヤバイ』とゼノは焦ったように考えを巡らせてみるも、内心では落ち着いていた。焦ったところで現実は変わらないのだから。


 そもそも彼が焦るということがまずない。マイペースな人間である。


 なぜペア決めが二ヶ月もあるかというと、中にはペアを組んでから『やっぱりこいつとは、あわない!』『もう貴方とは無理!』みたいな文句を言う者が現れるため、二ヶ月以内であれば何回でも仮のペアとして過ごしてもらうという形だ。


 恋愛でいうなら、正式にお付き合いする前に相性確認のためデートは数回はさみましょうと言ったところだろうか。


 もう少し猶予があってもいいと思うのだが、そうすると授業が遅れたりしてしまう為に二ヶ月という期限になっているようだ。


一年の内の三か月もただのペア探しに使うというのも時間の無駄であり、一年十二ヶ月の内の二か月と考えれば十分に長い方だ。


 ペアを探さないと、と頭の中で考えながらゼノは校舎をぶらついていると、「また」あの黄色い声の集団にでくわした。


 なぜだか、最近よく見かけるきがする……。というよりも、彼女の名前が公(おおやけ)になったからなのだろう。黄色い声のレベルも大きさもその高さも前よりましてレベルが上がっている。よってその人数も。 同じ敷地内において集団規模が大きくなっているのだから、自ずと以前より遭遇率も高くなるというものだ。


 彼女はああやって人に囲まれてはいるが、どうやら取り巻き以外で常に一緒に行動を共にしている生徒というのは見かけない。


 ゼノは彼女が特定の生徒と親しげに話しているところは少なく、一人か二人、それも会話しているところを見るのは二度、三度あったかどうかという程度だ。


 彼女はきっと見た目通り、強かで、そして冷たく、高嶺の花であり、王族なのだろう。


 だが、ゼノは自然と彼女が実はとても優しい人間なのではないか、とも思うことはある。それはきっと男が女に抱く夢想なのだろう。


 ゼノも年頃の男ということか。

 彼女の稀に見る綺麗な横顔を見てしまうと、つい自分の理想をなすりつけてしまうようだ。彼女のことをよく知りもしないのに。


 一年のときから有名な彼女だったが、クラスが遠かったということもあったし、しゃべることも無いせいか、周りの話題や流行を知らなかったゼノは彼女の噂を聞くことも少なかった。


 耳に入ったとしても、噂程度の事はそれほど気にもしていなかっただろう。


 だがここ最近、ペアギメの期間中の臨時クラスの教室はどうやら彼女と教室が近いせいで、さらに遭遇率が上がってしまったようなのだ。


 他人にあまり興味を示さないゼノが、彼女の追いかけの生徒達の顔を覚えてしまう程度には。


「クラルス姉さまは、何方とペアを組まれるのですか?」

「やっぱりSランクのセカンドですわよね。やはりアミキティア様やアイオドス様かしら?」

「見習いとはいえ、クラルス姉さまの騎士になるのだから。Sランクの方々に決まっているじゃない」

「私としては、アミキティア様なんかお似合いだと思いますけど」

「きゃあっ! とても素敵だわ!」


 姦しい方へ耳を傾ければ、どうやら彼女はまだペアを決めていないようだ。


 ゼノはうるさいのは嫌いなので興味を満たしてしまった今、さっさと通り過ぎようと集団の脇を通ろうとしたときだ・・・・・・。


 彼は、ふと視線を感じて振り向いてみれば、女子生徒の集団のほんの隙間から彼女と……クラルスと目が合った。


――まただ


 ゼノは男子寮に帰った。頭に響く頭痛と、まるで何かから逃げるように。


     ◆


 彼は男子寮の自分の部屋に入るなり、荷物を部屋の床に適当に投げると、ベッドに座る。


「はぁ……」


 ベッドに倒れこみ、天井を見上げる。

 今日も、彼女と目が合った……一度や二度ではない。


 彼女と会うとき、必ず彼女と目が合う。別にゼノが自意識過剰というわけではない。


 なぜなら、ゼノが彼女に気づいて視線を向けたとき、彼女の視線はすでに自分を捉えているのだから。なぜ自分に? と思う反面、何となく察しはつき始めていた。それは、自分自身の記憶と心に聞けばわかるものだった。


 ゼノは、ふと壁にかけてあった布で巻かれた十字架の形をした置物を見る。

 勘違いではないだろうが、昔とは雰囲気が違う……だが、なぜか思い始めていた・・・・・・約束の少女ではないかと。


 もう一度、十字架の置物を見た後、何かを思考するかのように目を閉じる。


 しばらくして、ゼノは口から息を吐くと、どこか決意をした表情へと変わっていた。


「一か八か・・・・・・いってみるか」


 心配なら調べればいい。自分が一歩を踏み出さない限り、何も始まらない。


 これで外れれば、ゼノの人生はここからまた、つまらない日常(いつも)に戻るだけだ。過去には戻れなかった。過去の約束を守ることも、あの頃の自分に戻ることもできない。


 何もかもを諦めていた自分の心が今動いているなら、未来を変えるなら、約束を果たすのは今・・・・・・自分を変えられるとしたら、それは今だと思うから。

 

 もし、もし本当に、彼女が約束の少女なのだとしたら・・・・・・俺は。


     ◆


 次の朝、ゼノはいつもどおり顔を洗い、制服に着替える。


 今日はなぜかいつもよりも頭がスッキリとしていた。何をすべきなのか、自分の中にようやく答えが出た気がする。長く伸びた前髪の隙間から時々見える瞳には、落ちこぼれと呼ばれるような弱弱しいものではなく、どこか自信に満ちた光を灯していた。


 その日、背筋を伸ばし、どこか雰囲気が違うゼノの様子にFクラスのクラスメイト達は何処かソワソワとしていた。陰口すらはばかられる程に、その彼の様子に見て見ぬふりをする。普段、落ちこぼれとバカにしている彼に、何故か惹きつけられるのが、悔しかった。


 無事、ゼノは全ての授業を終えると、終えたと同時に急ぎ男子寮の自室へと戻りあるものを手に取る。それは、彼の部屋の隅に置かれていた布に包まれた十字架のような棒状のもの。それを強く握りしめる。


「ふぅ・・・・・・よし。行くこう」


 放課後に入った直後のこの時間帯。いつも通りなら彼女はまだSクラスにおり、その教室の前を授業を終えた生徒たちが集まっているはず。


 ゼノは一人自分を勇気づけるように一言つぶやき、、覚悟を決めて部屋を出て教室へと向かう……。


――鞘姫と呼ばれる女子生徒、クラルス・アル・フィーリオがいるSクラスへと。




***********

黄色い声の集団


鞘姫の周りに必ずと言っていいほどにいる、彼女彼らを黄色い声の集団とゼノは総称しているが、彼女彼ら全員が自分自身に呼称をつけているわけではなく、ただ同じ志を共にしたものが偶然に集まり、大集団と化しているだけである。

一部には「クラルスファンクラブ」「鞘姫を見守り隊」という名を自ら名乗る者たちも少数存在する。自ら名乗る彼らは、クラルス・アル・フィーリオを追いかける者たちの中でも過激派と呼ばれる。




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