第五話 ペア決め
“アルビオン国の王女が居る”
学校中の生徒達がその話題で大騒ぎである。
二年生のセカンドに新学期早々に渡された二年ファーストの生徒紹介資料の最初のページに乗っていた女子生徒、クラルス・アル・フィーリオこと鞘姫様の家柄の欄には、『アルビオン国・フィーリオ王家 アルビオン国王女』と書かれてあったのだ。
フィーリオ……聞いたことがあるも何も、今自分が立っているアルビオン国王の家であるフィーリオ家の名だった。
ファースト達も、もちろんだが、セカンド達は特に注目した。
騎士見習い達にとって誰に仕えるのか、自分で仕えたい主を探すのも大切なのだが、どれだけ『重要人物』に仕えるかも重要なのだ。
理由は単純、彼女を例に挙げるのならば、「一国の王女の騎士をしておりました」という肩書き、名誉や
それは、騎士としての未来が約束されることに等しい。
だから、多くのセカンド達はできるだけ上の重要人物に仕えたいのだ。
他にも様々な理由が挙げられるが、仕えるとメリットが多いということである。
だが、問題がある。それはランクだ。
リストには、彼女のランクは“S”。
ということはセカンドの生徒もSランクもしくはAランクが求められているということである。あくまでそれが相応しいというだけでBでもCでもFでも構わないのだが。
新学年新学期になってから三日経過した今、彼女を含めたSランクファーストの生徒を巡りAランクセカンドによる競争率が高くなった。その倍率は全員が狙っているという単純計算で考えれば6倍。だが、これは数値化するとそれ程高くないように思われるだろうが、実際にはもっと低い。
なぜなら毎年、SランクファーストはSランクセカンドとしか組まない。例外的にSランクファーストがAランクセカンドと、またその逆は人数があぶれた時のみ。SランクファーストとSランクセカンドの数が合わないときだけの例外、または極稀なのだという。
だから教官はSランクファーストには手を出すな、という注意をされた。まぁ、落ちこぼれのゼノには関係のない話、のはずなのだが・・・・・・。
ゼノにとって驚きだったのは、ファーストの紹介資料を読んでいれば、意外にも彼女以外に『どこかの王族』というのは珍しくなかったということ、であった。
アルビオン国の王女であるクラルス・アル・フィーリオのほかにも他国の「王女」や「王子」が居た。
加えるならば、公爵家の者もいれば、もしくはそれに並ぶほどの力を持つ大商人の何某商会の「息子、娘」などという表記もちらほらと見られたのだ。この学校においてもおそらくファーストの生徒達には『権力抗争』に似たような何かがあるのだろう、とゼノは考える。
昔から貴族様は自分の見得やプライド。家だ、血だ、価値だ、使命だ、結果だとうるさいものだった。間違ってはいないが、ゼノは貴族やそういった高貴なる者達の傲慢さにはうんざりなのだ。
対してのSランクセカンドもまた、Sランクファーストと同様で優秀者であり、かつ人数が少ないため取り合うということは少ない。何故なら、Sランクのセカンド、ファースト両生徒にとってはペアの相手など選り取り見取りだからだ。
Aランクの者でも競争率の高さに諦める者も現れ、立った二日で半数以上があきらめ、相応の相手を探し始めていた。そして、数少ないSランクの者達は一人として参加していなかった。
だが、それでもクラルス・フィーリオへ申し込みに行くセカンドは絶えなかった。中には会ってみるだけでもと行く者もいた。が、ことごとく皆が断られ、うなだれて帰る。
しつこく申し込む奴がいたらしいのだが、手を一振りか、無視だそうだ。
断られた奴は可哀想だとゼノはつくづく思う。
何故ならこのペアの申し込みとは、セカンドにとってファーストに対する男女間における一種の告白と同意義であると言えるからだ。異性ならば尚更だ。
それを断られるのは冗談半分で申し込んだとしてもどこかでガッカリもしたり、傷ついたりもする。
これが本気であればなおのことである。だから、セカンドの騎士を目指す者としてペアの申し込みを断られる経験というのは耐え難いものである。
もちろん断られることを前提とした申し込みであるのだから、皆が覚悟のうえであるが、その結果をそのまま呑み込める程、ゼノ自身も含めて皆、大人ではないだろう。
そうやって学校内では“アルビオン国の王女”の話題で騒がしく、それがまだ続いている。
まぁ、それだけアルビオン国の王女という肩書は大きい。いや、実際にはアルビオン国が有する「力」なのであろうが。だが、ここまで執拗に騒がれるのにはどうやら理由があるらしい。
それは、彼女クラルス・アル・フィーリオは「表舞台」に姿を見せたことがない存在だったからのようだ。上流階級で言うところの「社交界」というものらしい。今まではアルビオン国から滅多に出なかったようであるし、宴などの催しに呼ばれても滅多に出席しなかったのだとか。
だから、アルビオン国にはとても美しい王女がいるらしい、程度にしか他国の者達は認識していなかったようだ。
王族の名前でも、姪や甥といった王と妃の親族という可能性があったかもしれない。それに、彼女は『鞘姫』か『クラルス』でしか名が通っていなかったのが大きかったのだろうと思う。家名に関してはほとんど広がっていなかったに違いない。
自分の正体がバレないようにしていたのかもしれないし、これ程までに広がらなかったところを見ると、学校、はたまその後ろには国家として伏せていたのかもしれない。
本来こう言う学校という場所は、ファーストにとっては、人とのつながり、人脈を広げるために来る。
もちろん、ここで優秀な騎士を捕まえておくことも重要だろうが、それよりも、ファースト、貴族にとって人とのつながりは重要だ。これは学校に在学中もそうだろうし、卒業後はもっと重要だろう。
そんな場所で、あえて名を伏せる理由。
特にアルビオン国は一つの国では成り立たない。海に浮かぶ島。どの国とも面しておらず大陸も繋がっていない。各国が海を、このアルビオン国を経由することでこの国は成り立っている。
しかし、その逆もしかり。各国はこのアルビオン国を経由しなければ、大陸の端と端の貿易を長い、長い陸路を使わなくてはならないのだ。
お互いの利害が一致してこそ、この国も他の国も繁栄共存できているのだ。だからこそ、各国とは良好を築くべきだろう。と、一平民であるゼノは安易に考えてしまうのだが。
彼女は他者を寄せ付けぬ気高さと、何故か目が追ってしまう、惹きつけられる存在感は、まだ小さくとも十二分に王者と呼べるものだ。きっと成長すれば立派な騎士王となるのだろう。
そんな、学校中の生徒が大騒ぎになっていた数日間、ゼノはというと、のほほんと過ごしていた。周りのクラスメイトやセカンド達はそそくさと自分の主探しを行っている。
二年生のセカンドはこの時期になると授業に関してはほとんどなくなり、一日中校内限定ではあるが自由行動が認められる。ほんの少ししかない授業においてさえ参加するかどうかは自由である。
朝から、リストの主にしたい人物に印をつけて申し込みに行く者や、セカンド同士で試合などをしたり、昼休みになると同時に自分を売り込みに行ったりなどなど。
皆それぞれでがんばっている……のに対し、ゼノはこの間、ずぅっと授業は寝て過ごし、授業が終われば寮に帰って風呂に入って飯を食って寝るだけである。ペアを見つけなければ退学だと頭では理解しているというのに。
だが、ゼノは底ランクのさらに底辺だ。そんな彼にペアになってくれる物好きなどいないだろう。最悪、ファーストで最後に残った生徒と組めればいいか、などと考えている始末。
ただ、ここで貴族の強みというか、ファーストの生徒に関してはペアが見つからなくても学校には在学ができるのだ。貴族のプライドが許せば、という話であるが。ファーストの生徒で残ったということは、それも彼と同様で落ちこぼれということなのだから。
ちなみに、一番後ろのページに載っていたFランクの一番下の生徒は運よく女子生徒だったのだが。その・・・・・・ゼノは好みのタイプじゃなかった為、諦めた。やはり第一印象は見た目である。もちろん、男は論外である。できれば彼女でないことを祈るばかり。
彼女も彼のことなど相手にしないだろう。彼女も一番下とはいえ、ファーストの時点で、騎士として使えるには十分な家柄ということである。ゼノじゃなかろうが、他のFランクのセカンドがくっつきたがるだろう。
それに、あくまで彼のタイプじゃないだけで、基本的に貴族様は良い物を食ってるせいか肌はきれいだし、かわいいものだ。高嶺の花を狙いに行ってフラれた男が妥協しにくるだろう、と他人事ではない妄想を
前向きに、君のことを愛して守ろうとしてくれる男か気の合う女の子のセカンドがペアになってくれるだろうよ、と彼は一人でどこか空を見上げながら想うのだった。
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アルビオン聖騎士学校2年生必須行事『ペア決め』
2年生に進級したファースト、セカンドの生徒たちがそれぞれ、ファーストはセカンドと、セカンドはファーストの生徒と2人1組のペアを作る為の2か月間に及ぶ必須行事。
ここでペアを見つけられなかったセカンドは退学となる。
誰にも認められず、必要とされない騎士など存在意義がない。腕を磨き出直すか、別の道を探すことだ。
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