第四話 アルビオンの姫

 朝。ゼノは起きると顔を洗い、朝食を軽く済ませて部屋を出る。そして、自分のクラスであるFクラスの教室へ向かう。このFクラスの“F”とは、ランクのFである。


 この学校では、入学試験の総合成績によってFからSランクの七つのクラスに分けられる。


 また、二年生に上がるときに、一年生の成績や総合評価を含めてFランクからSランクまであり、Fとは一番下のランクだ。そして、ここはFランクのセカンド達がいるクラスというわけだ。


 ゼノは“F”とかかれた教室に入る。

 教室は広く。席の数は二百席。前の黒板を囲むように楕円に階段状に席が配置されている。これはどこの教室でも同じ造りだ。


 生徒はこの席に毎回自由に座る。友達で集まって座ったり、あえて誰も座っていないところに座ったりなど。授業をまじめに聞く生徒は前の方に座るし、聞く気がない奴は後ろの席に座る。


 ゼノはもちろん後者であり、一番後ろの一番端に座る。ぼっちじゃない。彼は一人が好きなのだ、という言い訳を自分自身にしている。


 ゼノは赤点ギリギリの成績で構わないので授業を聞く必要を感じていない。というよりも実際にほとんど必要ない。何故ならセカンドの主な授業は実技なのだ。


 確かに座学もあるのだが、それはあくまで最低限、常識的範囲なので授業を聞かなくても点数はとれる。


 Bから上のランクを目指そうと思えばもちろん、座学でも成績をとらねばならないのだが、残念ながらゼノにはランクに興味はなかったし、上に行けるとも思っていなかった。


 ゼノにとっては、この学校に入ったことに意味があっただけで、すでに彼が学校に入った目的は大凡終わっているのだから。


 とりあえず、Fランクで卒業までこじつけて、あとは冒険者稼業で生きていこうと今では考えている。


 ゼノには、きっと騎士として生きていくことは無理だろう。もちろん、騎士になりたいという夢もあったからこそ、この騎士学校に入りたいという思いもあったのだ。


 だけど、それはただ一人の少女につかえたいという、彼自身の最後の夢をかなえたかっただけなのかもしれない。それに、例え彼の予想通り、少女が彼女であるとするならば・・・・・・。


 色々と考えていつもの席に向かっていたら、何人かの男子生徒がゼノを見て笑っている。よく見れば他にも生徒が何人か彼を見て笑っている。口々にするのは「落ちこぼれ」。彼への悪口を聞いていた周りの生徒が察したように馬鹿笑いし始める。または、憐れむような眼を向ける。


 教室の生徒達が言う通り、ゼノは落ちこぼれ。いや、実際そうなのだ。なぜなら彼はアルビオン聖騎士学校に来るまでに碌に勉強などしてこなかったのだから。


 一年生のクラス分けは、入学試験時の成績で学校側が割り当てたのだが。

 さて、彼は入学試験など受けずに入学したため、彼の親の計らいもあり、最低ランクのFランクのクラスになった。


 ちなみに、この学校は成績が良ければ上のランクのクラスに上がることができる。要するに、学校には入れてやったのだから、そこからは自分自身で上がれと彼の親は思ったのだろうが、彼はその期待に応えることはできなかった。


 入学当時のゼノは、一般常識は最低限あったが勉学は初めてであったし、何より重要な実技の試験で思ったよりも成績が出せなかったことが大きい。いや、周りが高すぎたのかもしれない。


 彼が思うよりも、『学生』というのは想像よりも厳しい世界であったのだ。


 テストは全部赤点、赤点、赤点の真っ赤。

 そして『落ちこぼれのゼノ』になってしまった。なんだったら赤点王なんてあだ名すらついた。それをネタに笑いを作れる性格であれば彼は一人ではなく、また学校生活を満喫できていたことだろう。


 だが、ゼノは人間嫌いなのだ。そしてまたそれは自分に対する否定にもつながっている。


 決して安易に自分から進んでコミュニケーションを取ろうとはしない。

 結果。軽いいじめを受けた。好き勝手に言われているゼノは。無視を決め込んでいる。もう、慣れたものだ。当初は思うところはあったが、自分の成績が最低であることは事実であり、自身が一番わかっているから。


 ゼノは、クラスメイトの言葉を無視し、椅子に座ってすぐに腕を枕に寝る準備をする。彼にとって授業中の静けさだけが、学校生活で唯一、安らげる時間だった。


 一年の最初はそれほどではなったが、半年間の学校生活で周りに驚くほどに成績が悪いことと才能がないということに気づくと、彼を罵り始めたのだった。


 いじめと言っても直接的な暴力までは発展していない。陰口や変な名称をつけられている程度ですんでいる。それ以上に発展すれば問題になり、彼らの成績に減点がつけられては困るからだろう。


 ゼノは彼が最も嫌う、人のくだらないプライドによって守られていた。


 この学校は人間という種の中でも選りすぐりの才能と権力を持った者達が集まる学校である。その中で、自然と金と才能こそがものをいう。学校に入るまでにも、そういった同じ人間に価値の差を付ける人間は山ほど見てきたし、ゼノはそう言った人間の下で働く人間であるというのも自覚している。


 ゼノ自信、決して上に立って偉そうに踏ん反り返るタイプの人間ではないし、なれないだろう。愚痴は言っているが、そこまで彼は特に気にしていない為に無視する。


 一年生のクラスでは、反応が面白くないと後期ではあまり相手にされなくなったのだが、今年の最初のクラスではどうやら罵る風潮ができている様だ。


――仕方ないことだ。


 彼らはきっと緊張している。これから、騎士としての人生を決めるといってもいい最初の壁が訪れているのだから。そのストレスを誰かにぶつけなくては平常でいられないのだろう。


 ゼノとて気分のいいものではないが、暴力をふるうわけでもなく、自己満足ですんでくれるのであればそれで構わないと思っている。それに、おそらく彼らの緊張の原因についても今日のホームルームで担任から話があるだろう。


 ガラッ。

 教室のドアが開き、担任の教官が入ってくる。


 ザッ。

 それと同時に今までしゃべっていたりしていた生徒全員が起立する。ゼノはワンテンポ遅れてのそっと立ち上がる。


「礼ッ!」


 ザッ。

 クラス委員長の号令と共に全員が教官に向かって頭を下げる。教官はクラスメイトを全員見渡し、途中で遅れて頭を下げたゼノで止まるが一瞬のことで、そのまま無事全員を見渡し終わると一人頷く。


「座れ。みんな、おはよう。新学年早々だが、今日はお前たちに配るものがある」


 教官の手には紙束をまとめているファイルがあった。一つ一つがかなり分厚い。

 何百枚という紙をまとめて一つにしたものなのだろう。


 教官は一番前の席の生徒に適当にファイル束を渡すと、渡された生徒はそれを後ろへ、後ろへと渡していく。


 そして、一番後ろに付くと当然、適当に配られたファイルはあまるので、それは席の端にでも置いておく。後で回収されるだろう。


「今配ったものを開いてみてくれ。見てもらえばわかるように。これが今年の二年のファーストのリストだ。このリストの中にお前達とペアになる者がいるということだ。上のページから成績が上位のものから載っている」


 やはりか。

 ゼノは手にあるファイルを適当に開き、内容を確認する。ページには右と左のページで別のファーストの生徒の情報が乗っており、ページの左上に似顔絵、その横に出身地や家柄、ランクが乗っており、その下にはその人物の紹介、評価が書かれている。思っていた以上に詳細な情報まで載っており驚く。


 そういえば、二年生に上がるときに似顔絵を描かれたが、このためのものだったのだろう、とゼノは思い出す。


 今頃、ファーストのクラスでもセカンドのリストが配られているのだろう。


「お前達もわかっていると思うが、ペアを選ぶ時に好ましいのは、自分より一つ下のランクか同じランク、もしくは一つ上のランクの者からペアを選ぶのが好ましい。お前達はFランクだから、FかEランク、がんばってもDランクがいい所だ。そこらへんは、自分でよく考えて選ぶんだぞ」


 身の程を知れということなのだろう。

 中にはランク無視して”私達は運命で結ばれているんだ!”みたいな奴が数組現れるようで、教官達も頭を悩ませているという。


 もちろん、なんら校則的に何の問題もない。だが、周りの生徒やその両親、学校側からすると様々な問題があるようだ。大人の事情である。


 ゼノは先頭の方へとページをめくる。最初に載っていたのはSランクのファーストからだった。


 教官がいったとおり上のランクのものから載っているようで、おそらく一番後ろはFランクの一番成績の悪いものということだろう。ファーストの方では俺が一番後ろなのだろう。


「期限があるから気をつけろよ。期限は2ヵ月だ。期日までにペアを組めなかった場合は退学だ。楽しいイベントの様に感じられるかもしれないが、これからのお前達にも重要な選択となる。重ねて言うが、しっかり選べよ」

「「はい!」」


 適当に聞き流しながら、ゼノは最初のページに乗っているファーストの似顔絵を見る。


「ん?」


 思わずゼノは二度見してしまう。いや、もう一度瞼を閉じ、開き三度見する。

 それ程までに驚くべき人物が載っていたのだ。


 載っていた似顔絵は間違いなく鞘姫だった。


(あいつ、やっぱりすごい奴なんだな)


 名前はクラルス・アル・フィーリオ……へぇ、そんな名前だったのか。フィーリオ……どっかで聞いたことあるな……まぁいいか。最初に載っているのだから、今年のファーストで最優秀成績者かつSランク首席なのだろう。


 噂は本当だったんだなぁ、などと思いつつ、目線を右に移動させ、成績などみていき下の項目を次々と見ていく中、家柄の項目に目をつける。


「ぅん?」


 ゼノがそう口にしたと同時にクラス中で驚きの声が次々と上がる。

 おそらく、彼が目にしたものと同じものを見たのだろう。いや、それよりも早かっただろうか。


 ゼノとクラスが驚いた理由、それがこれからペア決めの期間中、大きく学校を騒がせ、そして一つの事件が起きるとは・・・・・・・。


 そして、彼自身もまた当事者になるとは、この時のゼノは考えもしなかった。


 彼は、もう少し世界の常識について勉強しておくべきだったのだ。特に有名な人物の名前、また貴族の名前について。


 クラルス・アル・フィーリオ。

 クラルスは名。

 アルは、その貴族が持つ領地の頭が取られ、この世界でアルを意味する国、領地は「アルビオン国」だけ。領地ではなく国を表す名前がついている意味。フィーリオは、アルビオン国の「王家」の名前。


――つまり、彼女はアルビオン国の王女と言うことである。




****************

フィーリオ家


アルビオン国の王家の家名である。伝説の騎士ウィルウェニス・アルブ・オルグランドの傍系の者が祖先にあたるので、最初の建国者であるウィルウェニスの直系ではない。フィーリオ家の当主が王ということになり、別名騎士王の名が与えられる。

フィーリオ家はいつの時代、いつの世代にも必ず世界に名を轟かせる強き騎士を輩出する家系であり、まさに剣に愛されし血筋。騎士国家の王家にふさわしい血筋である。

それが剣神アルブの加護を得た王族として世界的に存在感、力、発言力を持つ。

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