プロローグー伝説の終わりと始まり

 新たな神王を玉座に迎えた神々は、人間に興味を持ってしまった。


 いや、こう言うべきか。

 実に扱いやすい玩具おもちゃを見つけてしまったのだと。


 彼らは力をもって世界を支配し、人々にそれを示すために、自らを『世界の創造主』と称し、偉大な超位存在である神として崇めさせた。


そして神託などとのたまい、都合の良いように助言し、手を差し出し、そそのし、そして力を与え、操った。


 彼らは自分たちも神の種族であったことを忘れ、神の偉大なる力によって支配されることを望んでいた。神はこの状況を利用し、彼らの力を利用し、彼らを操って自分たちの目的を達成しようと人々を邪魔な神々を殺すための便利な道具として利用するようになっていた。

 

 それに対し、邪神と呼ばれる神たちも、神の尖兵たる人間に対抗すべく、人間を模した魔族、獣を模した魔獣、より戦闘向きの魔物といった生き物を創り上げ神と魔のモノたちの戦いが繰り広げられた。


「邪神狩り」と呼ばれるこの戦いにおいて、邪神というと悪い神というイメージが定着したが、実際には追放された邪魔に思われた神達が多かった。


 今の玉座の王にとっての邪魔者であった者だ。


 人々は、邪悪な神と書いて邪神と読んだ。


 だが、神々は邪魔な神と書いて邪神と読んでいたに違いないだろう。


 そして、神々は空島に封印されてなお無視できぬ存在であったフェリグリフが目障りだったため、彼を討伐するように命じた。その役目を負うのは、最強の騎士と言われる女性だった。


 星空のように深く、艶のある長い黒髪と、珠のように白い肌、そして透き通るような黒い瞳を持つ彼女は、聡明な顔つきをしていた。


 彼女の美しさは美の女神と同等、それ以上ともうたわわれていた。


 さらに、彼女の剣技の人知を超えた技巧、その美しさ、強さに神も見惚れたという。


 神は彼女に二物を与えた。

 神に愛されしもの。

 神の子。

 さまざまな名で呼ばれた。


 神から剣の神を名乗ることを許された剣聖。


 神の国、エリュシオンにも招かれたとも言われている。


 人の身でありながら神と呼ばれた騎士。

 その時代、いや、人類史上の最強の騎士。過去、未来において最強の騎士といってもいいだろう。


彼女はフェリグリフを討伐するため、旅立つことになった。そして、彼女の冒険の物語が始まった。




 彼女の名はウィルウェニス・アルブ・オルグランド。


 アルブは神から与えられた剣の神としての神名しんめいである。

 

 彼女の相棒である剣は、神から与えられた神器じんぎである剣。


 名を聖剣アルグム。


 遥か昔、最強と呼ばれた神の名を与えられた剣は、まさに彼女に相応しい剣であった。


 アルグムは、処刑用の剣の形をしていたが、光と炎をイメージさせる黄金と紅の美しい装飾が施されていた。鞘の縁には周りを照らす程の黄金が輝き、そして主な色は何もかもを燃やす炎のような紅蓮であった。


 しかし、その剣はあまりにも美しい装飾とは反して、いや、それに相応しい力を持った剣であった。一度、鞘から抜き放たれたその剣は、ひとたびに刃に炎と光を纏い、持ち主の力を倍増させる。そしてその一振りの攻撃はまさに神の一撃であり、神罰の体現者であった。

 

 だが、皮肉なものだ。

 処刑用の剣に似ている?違う。それは紛れもなく処刑人の剣であった。死刑執行人が斬首刑のために使用する剣である。そして、その剣はかつて、この世界を生み出したといっても良い、かの時代に勇敢と称えられた神、アルグムの成れの果てであった。

 

 彼の力を恐れた周りの神による裏切り。その姿が物語っているのは残酷で悲しいものであり、それは希望などないことを示している。


 彼女にはこのアルグムの他に六本の聖剣を与えられていた。


 ひかりの聖剣

 みずの聖剣

 つちの聖剣

 かぜの聖剣

 やみの聖剣

 混沌こんとんの聖剣


 いずれもが、アルグムに匹敵ひってきする神の剣。ウィルウェニスは、アルグムを含めた七本の聖剣を自在に操ったと言われる。


 最も愛用していたのはアルグムと言われ、各地の肖像画や絵本でも彼女の腰に帯剣される剣はアルグムが多く描かれていた。そして、剣神と共に戦場を駆ける巨人騎士の姿は、まさに圧倒的な存在感を放っていた。


 剣神けんじんと共に戦場を駆けるは、光の巨人騎士。

 十五メートル近い身長、巨躯きょくを持ち、背中には八枚四対の純白の翼が生えている。


 剣神の眷属、召喚獣。彼女の守護者。神の使い。その姿はまさにそう呼ぶに相応しい程に神々しく、なんと心強いことか。


 その強さは剣神も認め、唯一彼女の隣で戦い続けられる者。友であった。


 剣神は、神の神託に従って、七本の聖剣を手にし、フェリグリフが封印された空に浮かぶ島、後に「アルビオン」と呼ばれる島へと向かった。彼女は、率いる騎士団と光の巨人騎士を従えていたが、神から伝え聞く最強かつ最悪の力を持つ邪神との戦いに備え、自分の部下や友を連れて行かず、一人で向かう決断をした。


 これが、彼女の人生を・・・・・・いいや、世界の命運を変えるものとなった。


 そして、ウィルウェニスとフェリグリフは出会った。


 最強の騎士と、最強の神が。

 

 彼女は戸惑った。

 彼は神から聞いていたような邪神などではなかった。

 今まで倒してきた他の邪神とは明らかに違う存在であった。


「殺すなら殺せ。我は人の子と争うことなどできない。

 我は愛する人を傷つけることはできない。

 これが定なれば。宿命なれば。人のためなれば。

 さぁ、殺すなら殺せ。

 そうしなければ、お前が殺されるであろう。

 美しき女人の騎士よ」


 フェリグリフは優しく微笑みながら、彼女にそう言った。自分を殺しに来たであろう処刑人、ウィルウェニスに。


 フェリグリフの言葉に、その声色に、柔らかい気配に、その優しい微笑みにウィルウェニスは打たれたのだ。そして、彼女は彼の中に自分自身が思い描いていた神を見た。いや・・・・・・きっと、彼こそが彼女にとって理想の異性であった、と言えるだろう。


「貴方様はなんと優しき御方。

 邪神などというのは何かの誤りに違いありません」


 その時、彼女は、自分がかつて信じていたものとは異なるものを見つけたことに気付いた。彼女は、自分の価値観を再考し、彼女が信じる神に対する考え方を変えた。

 

 この言葉を聴いたときに、もし騎士団を連れていたら、彼女の言葉を聞いた団員たちは、彼女を異端者として斬りつけていただろう。だが、幸いにして彼女は一人だった。


 それほどに、彼女は彼を見て、言葉を聴いて。

 彼の優しさの深さを知り、かれた。


 フェリグリフも彼女の周りの人間に見せる騎士としての姿とは違う、自分にだけ見せる年相応の純真無垢な乙女の姿に惹かれていくことになる。


 やがて、二人はむすばれウィルウェニスはお腹に子を身籠みごもった。


 しかし、彼女が神を裏切ったと知られれば、彼女やフェリグリフは異端者として処刑されることになる。


 度々の本国へのごまかしの報告も限界が見えていた。


 神の前で嘘などつこうものなら一族も友も、仕えている国も滅ぼされるに違いない。


 フェリグリフは自分の子をお腹に身籠ったウィルウェニスを死なせるわけにもいかなかった。


 だがしかし、神と自分が争えばアースもエリュシオンも無事ではすまないだろう。


 フェリグリフは、自分たちが神と戦うことで、エリュシオンやアースにも悪影響が及ぶことを懸念し、自分を殺すようウィルウェニスに頼む。


「貴方様と運命をともにします。たとえ死のうとも……」


 フェリグリフは首を振る。


「お腹の子を、我らの子をどうするのだ」

「それは……」

「お前はその子を産み、育てる義務があるのだ。

 新しき命がこの世界に生れ落ちるときを、我が子の顔を見られないのは悲しいが、どうか我らの子を」

「……はい」


 ウィルウェニスは神から与えられたアルグムを抜き

 フェリグリフの前に立つも、刺せなかった・・・・・・。


 だが、フェリグリフはそんな彼女を抱きしめた。


 アルグムが彼に深く刺さると同時に、最後に自分の妻を優しく抱きしめるのだった。


 彼は自分の妻を優しく抱きしめながら、アルグムが自分に深く突き刺さる痛みに耐え最後の生命のぬくもりを感じながら、愛する者の腕の中で静かに息を引き取った。


 ウィルウェニスはそのまま、彼の亡骸なきがらをその地に埋葬する。

 島を離れ、フェリグリフの髪を手にした彼女は、神々と人々に討伐の成功を報告すると、英雄として称えられた。


 彼女は、貴族の称号を授かり、望むものは何でも手に入ると言われた。そこで、彼女は自分たちの一族とともに今のアルビオンの地を領地にしたいと言い出した。


 しかし、周囲の人々は困惑してしまう。ウィルウェニスは神々と戦って、人々を守った英雄だったが、望むものが呪われた土地であるということに、彼らは悩んでしまう。


 そこで、ウィルウェニスは「私の聖剣であるアルグムによって、この土地を浄化しましょう」と言い、周囲の人々を納得させた。


 その時、彼女のお腹にはまだ大きなお腹はなく、神々も邪魔者がいなくなったことの嬉しさか、彼女のお腹の子供の存在に気づかず、周りの人々にも気づかれることはなかった。


 彼女は、フェルグリフが眠る地を聖地として定め、聖剣アルグムを島の中心に突き立てた。


 神々の争いが終わり、新たな神王しんおうを迎えた世界は新たな神暦しんれきとなる。

 

 この年、ユーデウス暦が始まったのだ。


 神々の争いが収束し、新たな神王が迎えられた時、アルビオン国は建国された。ウィルウェニスのオルグランド領地は各国からの推薦と承認によって国土の一部となり、彼女は最初の国王として戴冠式に参加した。


彼女は、その後一年間、新国家の国王として政務を取り仕切ったが、アルビオン国が地盤を固め始めると、彼女は退位した。彼女の親族が以後の国王や王族として君臨し、アルビオン国はアルグムという国の宝剣を持って、剣神の加護の下に栄えることとなった。


彼女は、若い騎士や子供たちに剣の技を教える傍ら、自身の子供が生まれるまでの間、領地の地で過ごした。そして、お腹が大きくなるまでの間、彼女はアルビオン国の未来を思い描き、王家の血脈を守るために力を注いだ。


 アルグムを国の宝剣として、彼女、剣神と同じ血と剣神の加護の恩恵を受けし現在のアルビオン王家が受け継いでいくこととなる。


 そして、引退後は、人の少ない遠い田舎の村で彼女は暮らした。


 彼女とその子供、そしてその子孫は世界のどこかで、まだ生きている。


 アルビオン国の歴史の中で、ウィルウェニスは英雄として讃えられ、剣神と同じ血と加護を受けし者として、アルビオン国の未来を築いた。その功績は、後世まで語り継がれ、アルビオン国王家の栄光の一ページとなったのである。



 ~出典:デンテ・ウェントム「神々と英雄達の物語-序-」~




――この物語には本に書かれていない続きがあり、そして、全てではない。


 人の少ない田舎へと移り住んだウィルウェニスは、生まれたときから騎士の名家の娘として何不自由なく暮らしていた彼女にとって、知り合いも居ない未知の土地においての一人暮らしというのは、予想以上に厳しいものであった。


 彼女が騎士の頃に貯めていた給金がまだ残っており、それを元手に自給自足の生活を始め、お腹に子供を抱えながらも一生懸命に生きた。


 いつか彼との我が子を見るために。


 通常の人間の妊娠期間を当に過ぎたころ、彼女に急な吐き気と体調不良に見舞われ、ついに出産のときが近づいてきた。


 だが、悲しきことに念願の子供を産むと同時に、ウィルウェニスは力尽きてしまう。


 神も魔神をも凌ぐ力をもつフェリグリフの子を産むのは人の体では厳しく、受精したのも奇跡であったのだろう。


 剣の神と呼ばれた彼女でも、やはり人間の限界を超えることはできなかった。


 彼女は自分の命と引き換えに子供を産んだのだ。


 子供は、彼女と夫の仲間が育てることとなり、彼らは子供を守ることを誓った。子供は少年に成長し、世界を知り始めた。

 

 しかし、彼を育ててくれた人たちは、彼を大人になるまで育てることができなくなってしまった。そのため、彼らは少年を外の世界へと送り出すことを決めた。一部の記憶を消して――。


 少年は、広い世界に一人で踏み出し、新しい人生をスタートさせた。彼には、両親も育ての親たちのことも知る術はなかったが、彼は誰も知らない世界で、自分自身を見つけ、生きていくことを決意した。


 少年は、誰も知らない未知の世界へと踏み出し、生きていく。たった一人で


〜生涯の友・デンテ・ウェントム〜




*************

デンテ・ウェントム


数奇すうきな人生を送った作家兼詩人しじんであった。

彼の作品の殆どは、彼自身が旅した内容や彼が出会った仲間達の話が多くを占めていた。

しかし、その壮大な詩人、作家としての物語が始まったのは最初の仲間との出会い。そして、それは生涯の友との出会いであった。


彼は若き日に、生涯の友となる人物に出会う。彼の友は旅をすることが好きで、いつも新しい場所や人々と出会うために旅をしていた。デンテは彼と出会ってから、旅することの楽しさと素晴らしさを知った。二人は共に旅をすることとなり、多くの出会いや冒険を経験した。


やがて彼は、世界のその全てを知ることとなった。彼は友と共に世界中を旅し、さまざまな文化や風景、人々と出会い、それらを自身の作品に生かしていった。彼はその壮大な体験を、自身の詩や小説に綴り、多くの人々に読まれることとなった。


そして彼は、150歳という、普通の人間では考えられないほどの長命を遂げた。彼は、自身の生涯を旅と創作に捧げ、その作品は多くの人々に愛され続けている。彼は、生涯の友との出会いが彼の人生を変え、壮大な物語を生み出すきっかけとなったことを、誰よりも深く感じていた。

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