自殺うさぎは怒鳴られる

 答えると王妃様は騎士さんと顔を見合わせた。

 なんだろう、なんとなく「そんな名前の騎士いたっけ?」みたいなアイコンタクトをしているような気がする。

 ふざけんなよって思ったけど……そういやレッドってあだ名だった。

 あまりにも呼び慣れてしまったからすっかり忘れてた。

 あの人の本名、なんていうんだっけ?

「あ、えっとごめん、レッドっていうのはあだ名で、本当の名前は…………えーっと?」

 思い出せなかった、どうしよう沈黙がものすごく痛い。

「まってまってまって、今思い出す、今頑張って思い出すから…………えーっと、えーーっとぉ……」

 ダメだ全然思い出せない、だってレッドはレッドだったから。

 ……なんか外が騒がしくなってきた、ひょっとして援軍とか来ちゃったんだろうか?

 今忙しいから後にしてほしい。

 という願いも虚しく誰かが部屋の中に突っ込んできた。

 レッドだった、鎧兜はかぶってなかった。

「ぅぎゃ!!?」

 やっべえ見つかった。

 この姿を見られる前にカタを付けられるつもりだったので、予想外の展開に何も考えられなくなる。

 後ろの方で騎士さんが「レッドってそっちのレッドか!」と叫んでいた、どういうこっちゃと思ったけどそんなことを気にしている暇はない。

 どうする? どうする??

 どうしよう斬りかかられたりしたら普通に殺しちゃうと思う、絶対我慢できない。

 だってそんなの耐えきれない、この人にだけは殺意を向けられたくない。

「こ、こないで!!」

 一歩後ずさる、だけどあの人は止まってくれない。

「こないで、こないで!! ちゃんと死ぬから!! ちゃんと一人で死ぬから!! だから……」

 何も聞きたくなかったから耳を引きちぎって、何も見たくなかったから目を閉じて、何をされてもあの人を殺したくなかったからその場で蹲った。

 あれだけ何をしても傷ひとつつかなかったのに、耳は普通にちぎれたし何にも聞こえなくなった。

 なんだ、自分の爪なら自分の身体に傷を作れたのか、何やってんだろう自分。

 ああ、でももう再生し始めている、ダメだ何も聞こえないうちに早く死ななきゃ、早く早く早く。

 自分の爪で首を斬れば聖なる武器を使わなくても死ねるかもしれない、死ねなくてもきっとしばらくは意識を失うから、どうかその間に。

 何が温かいものを感じた。

 …………なに?

 しばらく動けなかった、少しでも動いたら殺してしまいそうだったから。

 だけどそうしているうちに耳が治ってくる、聞きたくもないのに音が、声が聞こえてくる。

 叫び声が聞こえた、なにを言っているのかはわからなかったけど、怒っているのは響きだけで分かった。

 やめて、やめて、殺そうとしないで、憎まないで。

「誰が殺すかものか!! この馬鹿兎!!」

 ………………。

 ……………………?

「…………なんて?」

 うっかり目を開けて顔を上げる。

 温かいものが離れたと思ったら首のところを掴まれた。

 うっかり反射的に動きかけた身体を必死に止める。

「やっと目を開いたな、馬鹿兎」

「…………」

 レッドは恐ろしい形相で私を睨んでいる。

 だけど何故かボロボロと涙を流している、ひょっとして怪我でもしたんじゃないだろうかと思って問いただそうとしたけど、その前に向こうが先に口を開く。

「お前、あの手紙はなんのつもりだ?」

「え……? お別れの挨拶、的な?」

「……お前、俺をなんだと思ってる? お前が死んで、それを自分の手柄にして喜ぶようなクズだと、そう思ってんのか?」

 そこまでは考えてなかった、というか考えたくなかった。

 どう答えたものかと考えていると、レッドの目がさらに吊り上がる。

「ふざけるなよ」

「ご、ごめんな、さ……」

「泣きながら謝って済む問題だと思ってんのか?」

 じゃあどうしろと、って思った。

 いやもうこれ本当にどうしよう。

 とりあえず一旦離れてほしかった、のでレッドの肩を掴んで引き離そうとしたのだけど、怪物の腕じゃ怪我をさせてしまうかもしれない。

 ので、人間の身体に戻った、大きさが結構変わるので、それを利用して逃げようとした。

 けどその前にとっ捕まって抱きしめられた。

 なんで????

 私元殺人ウサギ、レッドは騎士だけどただの人間、なんで私を捕まえられるの???

「逃げるな……ああ、もう……悪かったよ……お前がこんな馬鹿なことを考えたのは俺のせいなんだろう? それは謝る」

「……」

「だがそれとこれは別だ。勝手にいなくなって勝手に死のうとしたことは絶対に許さねぇ……お前本当に何やってんだよ……塔から落ちたり火事場に突っ込んだり毒を一気飲みしたり……生きてたからよかったものの……」

 生きてちゃ駄目なんだよって言いかけたけど、また怒鳴られそうなので黙っていることにした。

「誰に何を言われてもどうでもいい……いや、結構堪えちゃいたが……お前がいたからまだ耐えられてたんだ……ああ、もう情けねえ……酒に溺れて女泣かせて、何が騎士だ……」

 縋り付くようにレッドはこちらの身体を抱きしめてくる。

 声も身体も震えている。

「なかないで」

 息を飲む音が聞こえた。

「うるせぇ……だれのせいだとおもってる」

「私のせい。どうすればもう泣かなくなる?」

 もう何にもわからない、どうすれば一番いいんだろう?

「しなないでくれ。いきて、そばにいろ」

 懇願するような声色でレッドはそう言った。

「でも、私は」

「どこの誰でもいいって言っただろ。人殺しの化物だろうがなんだろうがどうでもいい……だから、死ぬな」

「…………いいの?」

 レッドは何も言わずに首を縦に振った。

 …………そっかあ。

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