自殺うさぎは逃げる

「何やら話がまとまりかけているところ申し訳ないが、もう人を殺す意思がないとしてもそれは我が国の民達の命を奪った怪物だ」

 そう言いながら騎士さんが私に槍を向ける。

「……見逃せ、つっても無理か。……さすがにダメだよな」

 私から少し離れて、腕で顔を乱暴に拭いながらレッドは騎士さんにそう問いかけた。

「当然だ。そしてそれを生かそうとするのであれば……貴殿であっても、容赦はしない」

「そうかよ」

 まずい、私一人に向けられた殺意は我慢できたけど、この人に殺意向けられたら我慢できない。

 どうしよう、誰も殺さずかつこの人を守りながら逃げ切ることはできるだろうか。

 正直言って、失敗する自信しかない。

 けど、やるしかない。

「仕方ねーな……逃げるぞ」

「え、うん。ちょっとまってね……この格好じゃさすがにあなたを抱えて動けな……」

「あぁ? なに言ってやがる、俺が女に自分の身体抱えさせる男だとでも?」

 そう言いながらレッドは私の身体をひょいと抱えてどこかに走り出した。

 人間にしては結構速いとは思ったけど、人間なのできっとすぐにバテてしまうだろう。

「ちょっ……私の脚じゃないと流石に逃げ切れない……あなたの足は確かに速いけど、このまま人間の足で走り続けてもどうにもならない、というかちゃんと逃げ切らないと私が反撃して殺しちゃうから、だから」

 後ろからこちらを追ってくる騎士さんを目視しながら我慢してほしいなと言おうとしたら、レッドは「走って逃げる必要はねぇよ」と。

「じゃあどうやって」

「飛んで逃げればいい」

 そんな会話を続けていたら、天井がない場所に出た。

 バルコニーとか言うんだっけ、こういう場所。

 というかいつの間に日が暮れてたのね。

「私、お空は飛べないよ?」

「俺が飛べるから問題ない」

「え?」

 それってどういうことって思ったら、レッドの姿が変わった。

「国を出ることになったらお前にだけ言おうと思ってたんだが、俺も亜人だ」

「ひゃあ……」

 見上げるほどに大きな、黄金の竜。

 前お父さんが持ってきたドラゴンが実はただの蜥蜴だったのではと疑いたくなるような、美しく強そうな竜の姿に変貌したレッドは私の身体をガラス細工を扱うような手つきで抱えた。

「少し急ぐから、しばらく黙ってろ。舌を噛むぞ」

「う、うん……」

「じゃあ、いくぞ」

「逃すか!!」

 騎士さんがこっちに向かって聖なる槍をぶん投げてきた。

 レッドはひょいと避ける、なんでか空中で方向転換した槍がもう一回レッドに向かって飛んできたけど、それもレッドは避けた。

 聖なる槍ってすごいなあ、まあレッドの方がすごいけど。

 槍は再び騎士さんの手に戻った、騎士さんはもう一回それをこちらに投げようとしている。

「ちっ……相変わらず容赦ねえなあいつ……まあいい――陛下には騎士の誓いを破ることになって申し訳ない、今までお世話になりました、とだけ伝えとけ!! じゃあな!!」

 レッドはそう叫んで、一気に飛び上がった。

 高い、本当に高い。

 それからしばらくすごい速度で飛んで、国が小さく見えるくらいまで離れた頃にレッドは飛ぶ速度を緩めた。

「ここまで逃げきりゃ、もういいか。おい、大丈夫か、少し飛ばしすぎた……」

「うん、平気。すごい速かったねえ……」

 ひょっとしたら私よりも速いかもしれない。

「平気ならいい……一度降りる。この格好じゃ目立つからな」

「はぁーい」

 レッドがゆっくり地面に降りた、そんなに丁寧にしてもらわなくてもいいのにレッドはやたらと慎重な手つきで私を地面に下ろす。

「……色々と話さなきゃならねぇことは山のようにあるが……とりあえずどこに行きたい?」

 人間の姿に戻ったレッドにそう聞かれたので、素直に答える。

「一緒にいてくれるんだったら、どこでもいいよ」

 そういうと、レッドは困ったような顔で笑った。

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