殺人ウサギ、自殺うさぎに転職する

 早急に、殺人以外の方法であの人へ向けられた悪口を止める必要がある。

 ではどうすればいいのだろうか?

 ……妙案は思い浮かばなかった、だって殺人ウサギだもの。

 人の心なんて知らなかった化物だもの。

 いっそ悪口を言っているのがごく少数の悪人だったらそいつらだけこっそり殺……すとまではいかなくても殺人ウサギの力で脅せばなんとかなったかもしれない。

 だけど文句を言っているのは悪人も含む国民ほぼ全員だった、どうすれと?

 いっそ国民全員を脅してしまおうか、これ以上あの人の悪口をいうのなら皆殺しにしてやると宣言してやろうか、こういうのって恐怖政治っていうんだっけ?

 ……いいや、それは多分良くない、多分うまく行っても一時的だし、最終的にあの人が『あの殺人ウサギを国の引き入れた極悪人だ』ということになりかねない。

 じゃあどうする、黙らせるのが無理なら……いっそ私だけでも聞こえないようにすればいいのでは。

 この耳を切り落とせばあの人への悪口は聞こえなくなる。

 いいや、駄目だこれじゃあ根本的な解決にならない、あの人が悪口を言われるのは変わりない。

 ただし一時的な対処法としてはある程度の効果が見込まれると予想、本当に我慢できなそうだったら自分で自分の耳を引っこ抜こう……どうせすぐに治るのだろうけど。

 これは本当にどうしようもない時の対処法ということで、あの人の声が聞こえなくなるのは嫌だし、この耳はあの人のお気に入りだから、あんまり駄目にはしたくない。

 ならどうすればいい? どうすれば人間共を黙らせることができる?

 いっそ人間共の喉を潰してやろうか? いいやそれも結局さっきの恐怖政治作戦と根本的に変わらない。

 いっそもう問答無用であの人と一緒に国を出て行ってしまおうか。

 どこにいくんだよ、あんな暗くて冷たい洞窟にあの人を一生閉じ込めようっていうのか?

 それにきっとあの人は嫌がるだろう、どれだけ悪口を言われても騎士として働き続けていられるんだから、それだけこの国の人達が大事なんだ。

 それにこれだときっと私は自分の正体を話さなければならない、それは嫌だ、だって絶対嫌われるもの。

 ではどうするか、あの人が悪口を言われるのは『ふぎのこ』だからだ、じゃあそれが全くの嘘だったということにしてしまえばいいのでは?

 ……どうやって?

 私が話の上手いぺてん師だったらきっとできたんだろうけど、学のない殺人ウサギじゃ無理だ、これができたら一番良さそうだけど、殺人ウサギじゃ絶対に無理、できっこない。

 じゃあもうあの人が滅茶苦茶にいい人で格好良くて超素敵で素晴らしい人だっていうことを広めてしなえばいいのでは?

 親が誰であるかということがどうでも良くなるくらいの、とてもいい人であることをみんなが知ってくれれば。

 いいや駄目だ、だってあの人がいい人であることなんて誰もが知っているはずだもの、それでもあれだけ悪口を言われているんだから……

 ……なら、もっと凄い人だって証明できればいいのでは? それこそ王様の威光すら霞むくらいの英雄にあの人がなれれば、そうすれば?

 でもどうすればいい? あてなんてない。

 私がお父さんみたいにお手軽に世界中の危険生物を連れてこられるような手段を持っていれば、リヴァイアサンとかフェンリルとかとっ捕まえてきてこっそり国の中に放して、あの人が倒したことにできたんだろうけど……

 うーん、殺す前にお父さんにどこからああいうやばいの捕まえてきたのか聞いておけばよかったなあ……


 結局答えは出なかった、出ないうちにあの人が帰ってきた。

 家の中では鎧兜を外すようになったあの人の顔はまだ見慣れない、思っていたよりもあの鎧兜が馴染んでしまっていたのだろう。

 けど変わったことはそれくらいで、いつも通りに夕ご飯を食べて、お布団に入ることになった。

 お布団の中で眠らずにどうするべきなのかを考える、殺人ウサギなので別に眠らなくても問題はないのだ。

 そうしたらレッドの部屋からなんか変な音、というか雰囲気を感じた。

「……?」

 どうかしたのだろうか、と布団から這い出して部屋から出る。

 レッドの部屋のドアに耳を当てると、鼻をすするような音が。

 そうっとドアを開けてみた。

 くさい。なにこれ。

 部屋の中を見てみると、部屋中に瓶が転がっている、これってお酒の瓶なのでは。

 くさいのはどうもお酒のにおいだったらしい。

 動けずにいたらレッドに気付かれた。

「…………なんだよ」

 酒瓶を抱えながらレッドは泣いていた。

 顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れてる。

 何を言えばいいのか、全くわからなかった。

「おい、なんとか言えよ。それともあまりの情けなさに言葉も出ないのか?」

「……そ、じゃなくて、びっくり……して……どこか、いたいの?」

「……ちげーよ。酒でも飲みゃあ少しは何かマシになるかと思ったが、ぜんぜんだ、いくら飲んでも全く酔いが回らなかったし、やっと回ってきたと思ったらどんどん気分がわるくなってきやがる……なんであいつらこんなもんのんでわらってられるんだよ」

 少し呂律が回っていない聞き取りにくい声でレッドはそう言ってから、大声で笑った。

 人間って確かお酒飲みすぎると死ぬのでは?

 ならこれ以上飲ませるのは、多分危ない。

 レッドが抱えていた瓶に口をつけて一気に中身を煽ろうとしたので、慌てて瓶を奪い取る。

「……かえせ」

「やだ」

「いい子だからかえせよ」

「これ以上はしんじゃう」

「べつにいいよ。どーせ俺が生まれてきた価値も意味もねーんだから」

 その瞬間に暴れ回らなかった自分を誰か褒めてほしい。

 というかどうして耐えられたんだろう、ううん、耐えてすらいなかった。

 ただ、頭の中が真っ白になって、何にも考えられなかった。

「不義の子、不義の子、何をやってもどれだけ功績を積み上げても結局俺の評価は変わらねぇ……それって俺が結局その程度ってことだろう? ……ならやっぱり俺なんて……」

「ちが……」

「はっ……なんだよその顔、やめろよいまはそういう顔がいちばん、みたく……な……」

 レッドが唐突に後ろにひっくり返った。

 呼吸と心音は聞こえてくるので生きてはいるようだ、多分酔いが回って寝たか気絶したか。

 しばらく、動けなかった。

 なんにも考えられなかった、頭の中が白くて大きな塊に占拠されたような、そんな感覚。

 それでもフラフラと私はレッドに近寄った、自分が何をするつもりなのかもわからない。

 ――ああ、殺してしまうかもしれない。

 そうは思っても、それ以上に心が動かない。

 私はレッドの身体に触れて――

 よいしょと持ち上げて、ベッドの上にそっと置いて、しっかり毛布をかけた。

 ついでに涙と鼻水で汚れた顔をその辺に落ちていた布で拭いて、部屋を出る。

 それで自分の部屋に戻って、自分のお布団に潜り込む。

 しばらく何にも考えられなかった、本当に何もできなかった。

 多分一時間くらい心も頭も真っ白だったけど、不意にいろんなものがしっかりと考えられるようになってきた。

「――!!!!」

 大声で叫びかけた口を塞いで、それでも止まらなそうだったので腕を思いっきり噛む。

 両目からボロボロと涙が溢れて止まらない。

 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 どうすればいい、あの人はどうすればもう泣かなくていい?

 どうすればみんなを黙らすことができる? どうすればみんなにあの人のことをわかってもらえる?

 どうしよう、どうしようもない、だって私は所詮人を殺すことしかできない怪物だ。

 どうすればあの人を泣かせずにすむ?

 もう、みんなを黙らせることができたとしても……手遅れなのでは?

 だって、あの人は自分には意味も価値もないと思ってる、そんなことは絶対にないのにそう思い込んでしまっている。

 多分私がそんなことはないと言ってもきっと無駄なんだろう、だってその言葉すら言わせてくれなかった。

 ならどうすればいい、どうしろっていうんだ。

 真っ白だったさっきと違って、いろんな考えがぐちゃぐちゃと心と頭の中に渦巻いて、止まらない。

 みんなを黙らせる方法、あの人の生まれてきた意味と価値、殺人ウサギにできることはいったいなんなのか、もうめんどうだからまとめて全部殺してしんでしまおうか。

「あ……」

 ひとつ思いついてしまった、あの人の評判をひっくり返して、あの人に意味も価値もあったと思わせる馬鹿げた妙案が。

 私は殺人ウサギだ、多くの人を遊びで殺した極悪非道の化物だ。

 見た目は兎だけど、実は龍やら狼やら鳳やら獅子やら、その他いろんなやばい獣の血が混じったとんでもない怪物だ。

 ぶっちゃけ、王様が殺しに行ったというドラゴンでさえキック三発くらいで倒せそうだと思ってたりもする、だって六歳の誕生日にお父さんが持ってきたドラゴン、めっちゃ弱かったし。

 そんな殺人ウサギをあの人が倒したとする、そうすればあの人は間違いなく英雄だ、それも王様以上にすごいことをやった英雄だということになる。

 それならきっと誰もがあの人をすごいというだろう、それにきっとあの人も自分には意味も価値もあったと思ってくれる。

 聖なる武器以外では傷一つつかなかった私だけど、殺されようと思えばそんなことはないのでは、とも思う。

 だから。

 いやでもちょっと待てといったん考えを止める、これってちょっと前にお洋服やのおばちゃんが話してたまっちぽんぷ? とやらだと誤解されないか?

 第一、客観的にみるとあの人はせっかく死にかけている殺人ウサギの命を救うどころか国に入れたやばい人だ、下手したら殺人ウサギを利用して叛逆を企てていたのではと思われかねない。

 ならどうすればいい? これ以上あの人の悪口が蔓延るのは私が耐えられない、全部殺してしまう。

 だからこそ悪口をいう人を黙らせるようなあっというような出来事が起こる必要がある、そうでなければ私がいなくなる以外にこの国の滅亡の未来は変えられない。

「うーん……」

 そもそもあの人に私が素直に殺されるだろうかと思うと、実はそれも微妙だった。

 実は私があの殺人ウサギだといえば殺してくれるだろうけど、その時になんらかの負の感情を向けられたら私はまず間違えなく耐えられない、絶対に殺してしまう。

 ならどうすればいい。

 このままだと私が耐えきれずにこの国の人を皆殺しにすることになる、それは絶対に嫌だ。

 ならそうなる前にあの人に殺してもらおうとしても、嫌われたら返り討ちにして殺してしまう、それが一番嫌だった。

 どうしよう、どうしようと思っているうちに一つ思いついた。

 じゃあ、自分で死ねばいいのでは?

 それで殺人ウサギを死に追いやった原因があの人ということになれば、あの人を英雄にすることができるのでは?

 私は恐るべき殺人ウサギ、人の心を持たず、戯れで人を殺す悪逆非道の化物。

 その化物が人の心を持ち、罪を償うために、これ以上罪を犯さぬようにと自死を選んだ。

 そしてその人の心を与えたのがあの人であるのなら、あの人は剣を振らずに恐るべき殺人ウサギを倒した偉大なる英雄である。

 と、思われるといいなーと考えるけど、実際きっとそんなにうまくは行かない。

 それでも、私がこの国を滅ぼさずにすむ確率が高いのはこれだった。

 それにこれなら、死ぬまであの人に嫌われることはない。

 死んだ後にどれだけ嫌われても憎まれても、私はそれを知らずに済む。

 そう考えるとそれが一番の妙案のように思えた。

 殺人ウサギは、もうやめよう。

 人間の振りをする殺人ウサギであることは、もうやめよう。

 これから殺すのは『人間』ではなく『自分』にしよう。

 自分で自分を殺すことを、確か自殺というのだったか。

 なら、これからの私は殺人ウサギではなくて自殺うさぎと名乗り、呼ばれるべきなのだろう。

 どうせ殺人ウサギこんな名前は人間達が使っていた通称だ、お父さんは私に名前をくれなかったし、お母さんは名前をくれる前に死んでしまったので、実は私に本当の名前はない。

 だから、自分で自分に名前をつけよう。

 人殺しはもうおしまい、だからもう、自分のことを殺人ウサギと呼ぶのはこれきりにしようと思う。

 そうして、これからは自分のことを自殺うさぎと呼ぼう、自殺が成功するように願掛けする意味合いも兼ねて。

 そうして私は殺人ウサギから自殺うさぎになることにした。

 こういうのを確か、人間の言葉では『転職』って言うんだっけ?


 翌日、あの人が起きてきたのはお昼近い時間だった。

 なんだか凄く顔色が悪かったので、どうしたのかと心配したら、どうやら二日酔いという奴であるらしい。

「くそ……騎士の名折れ、だ……ヤケになって、のみすぎ、た……」

 とりあえず水を用意してみたら、ありがとうと受け取ってもらえた。

「だいじょうぶ?」

「あんまり…………なあ、昨日、お前俺の部屋に来た、か……」

「……?」

 何を言っているんだろうかと首を傾げると、レッドはバツの悪そうな顔でこう言った。

「いや……実はあんま昨日のこと覚えてなくて……」

「ああ……」

 そういえば人間ってお酒を飲むと記憶が曖昧になるって話を聞いたことがある。

 だから、覚えていないのか。

「……俺、お前に」

「いってないよ」

 だからそう言って笑った、覚えていないのなら思い出さなくていい。

 あんなこと言ったことなんて、忘れちゃえ。

「……ほんとうに?」

「うん。へんな夢でもみたんじゃないの?」

 そう言うと、レッドは納得しているようなしていないような微妙な表情をしていた。

 その後はレッドの看病をしつつ、ほとんどいつも通りの日常を送った。

 特別なことはしなかった、だってそんなことをしたらきっと躊躇ってしまうから。

 あの人は相変わらず憔悴していた。

 二日酔いの辛さもあるんだろうけど、それを抜きにしても元気がない。

 私が何を思って何をしようとしているかには気付いていないようだった、まあ当然だけど。

 夕ご飯の後、耳を触らせて欲しいと言われたので触らせた、これも最後なのだと思うと気が重くなったけど、涙は堪えることができた。

 あの人が寝た後、こっそりと起き出して、音を立てずに引き出しから紙とペンとインクを取った。

 元殺人ウサギなので人間の騎士を起こさないように動くのは簡単だったし、暗闇でもものが良く見える。

「拝啓、親愛なる騎士レッドさまへ……手紙の書き方ってこれでいいのかな……」

 そう思いつつもそれ以外にどう書いていいかわからなかったので、そのまま続きを書く。

『私は殺人ウサギです。少し前に思い出しました。なので死にます。あなたは恐ろしい怪物である殺人ウサギを死に追いやったえいゆいとして、いろんな人からいっぱいほめられてください。あなたが生まれた意味も価値もあったのだと自分をゆるしてあげてください。もうなかないでください。今までありがとう、さようなら』

 そこまで書いて一旦手を止める。

「……これ、読める……よね?」

 頑張って書いてみたけど、どれだけ頑張っても歪みまくったヘンテコな字しか書けなかった。

 書き直そうかとも思ったけどインクと紙がもったいないし、頑張ればなんとか読めそうなのでこれで問題なしということにした。

「えっと……敬具……殺人ウサギ改め自殺うさぎ、っと……」

 手紙の内容を一度読み直してみた、特に問題なさそうだったのでいつもご飯を食べている大きなテーブルの上にそれを置いて、重石がわりにインク瓶を置いておく。

「さてと……ばいばい」

 聞こえないように本当に小さな声でそう言って、私は音もなくレッドの家を出たのだった。

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