殺人ウサギ、とうとう我慢の限界を迎える

 結局何があったのか概要を聞くと、色々あってレッドが『ふぎのこ』であることがバレたらしい。

 レッドは母親から自分の父親のことを聞いていてそれでも、「やめておけバレたら破滅するぞ」という母親の静止を押し切って自分の父親である王に仕える騎士になったらしい。

 鎧兜をかぶっていたのはあまりにも王に似ているその顔を隠すためだったのだとレッドは言っていた。

 レッドの両親のことがバレたことで、お城中がひっくり返るような騒ぎが起こったそうだ。

 本来ならただじゃあすまないような状況らしいけど、レッドが騎士としてとても優秀だったことと、そして肝心の王様が不在ということで、レッドの両親に関する問題は一旦保留となったらしい。

 それと人不足であるため、王が帰ってくるまではひとまず今まで通り騎士として働かされることになったらしい。

 そんなことをざっくりと話された後、私はふと気になったことを聞いてみた。

「王様の子、ってことは王子様?」

「…………いや、そうはならねーよ、姉弟の不倫の末に生まれた子が王子になれるわけねーだろ……まあ王妃様との子も長らくできていないし、後継のいない状況だから馬鹿な連中が俺を担ぎ上げようとするかもしれねーが……俺は王子にも王にもなる気はない。俺は騎士のままでいたいんだ」

「なんで?」

「ガキの頃からの夢だったんだ。馬鹿みたいな夢物語だったけどな……国のために戦って、誰かを助けて……それで……」

「それで?」

「……恥ずいからここまでで。まあ本当に子供が考えるようなありきたりの願望だったんだ。ありがたいことにもうほとんど全部叶ってるんだがな……だから、できればこのまま騎士でいたいんだが……難しいか」

 それからしばらく、レッドは何も言わなかった。

 実は私は具体的に何がどういうことかよくわかっていなかったので、その間に結局どういうことなのか色々と考えていた。

 少しして、レッドはこんなことを言ってきた。

「ひょっとしたら騎士を辞めることになるどころかこの国から出て行かなきゃならなくなるかもしれない……そうなったら、お前はどうしたい?」

「…………」

 どうしたいと言われても、どうすればいいんだろう。

 この人がここからいなくなるのなら私がこの国にいる意味はない。

 なら巣穴に戻るかと思ったけど、それはやっぱり寂しい。

 それならやっぱり、と悶々と考えていたら、レッドは小さな声でこう言った。

「……ついてこい、って言ったらついてくる気はあるか? かなり苦労を」

「つれてってくれるの?」

 バレないようにこっそりついていこう、けどどう誤魔化そうかと思っていたら、思ってもいなかった提案をしてくれた。


 とりあえずレッドと一緒にいられるのならそれでいいかと思っていたけど、そう簡単にことは運ばなかった。

 レッドが『ふぎのこ』であるという話はびっくりするほど早くに街中に広がっていった。

 レッドと一緒にお買い物に行ってるだけで遠巻きにひそひそと、一人でお買い物に出かけても『ねえ、あの娘って』という感じにひそひそと。

 兎だから聞きたくもないのに話は勝手に聞こえてくる。

 恥知らず、穢れた子、何故未だに騎士をやっていられるのか。

 王がいない間に反乱でも起こすつもりなんだろうか、呪われた子、なんであんなのが。

 レッドはそんな話が聞こえてきても毅然としていたけど、やっぱり堪えているようで、どんどん表情が暗くやつれていく。

 そして、私は我慢の限界を迎えようとしていた。

 ふざけるな、この人のどこが悪い、悪いというのなら姉弟同士で子供を作った王様とそのお姉さんの方だし、真っ先に悪だと断じられるのならそちらが先だろう。

 ふざけるな、この人がどれだけ頑張ってきたと思っているんだ、全部お前らみたいな口先だけの力のない凡人を守るためにそうしてきたんだよ、この恩知らず。

 殺してやる、と記憶を取り戻してから初めて本気でそう思った。

 殺してやる、殺してやる、殺してやる、この人に酷いことを言う人間なんて皆殺しだ、こんな酷いことを言う人間が蔓延る国なんて、この殺人ウサギが滅ぼしてやる。

 ああ、そうだった――人間はこういう生き物だった。

 だから私は殺人ウサギだったんだ。

 だから殺して……いいや、駄目だ、それはやってはいけない。

 それをした時にどうなる? あの人はきっと私を恐れるだろうし、絶対に許してはくれない。

 そうして許してくれないあの人をきっと私は殺すのだ。

 だからそれだけは駄目だ、絶対にやってはいけない。

 ああ、だけどもう耐えられそうにない、もう限界だ。

「なんとか、しないと」

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